ネリフスの考え
あれからネリフスは俺とは全く口をきかなかった。フェリエは自分の役のために外に向かっている。シィがいるのが救いだ。背中を睨まれながらアイスを作るのはなかなかキツい。
それも当然だ。子供の夢や希望を踏みにじる言葉を言ったんだから。
「そういう考えをもつところがダメなんですよ」
シィが言う。相手を子供だと見て甘く見るところに問題があるのだと言いたいのだろう。だが俺はその言葉に反論がある。
相手を子供と見くびるのは当然の事だ。親衛隊の人間が来るのを期待したのだが、やってきたのはこんな子供。そして、親衛隊の空気は女王の毒殺を希望しているという事が分かった。
俺が王女を毒殺しようとしているという噂はむしろ親衛隊達に迎合をされている。俺を含めて、ここにはひねくれものが多いものである。
そう考えるとシィは白い眼で俺を見ながら言う。
「あなたがひねくれている事は、今に始まったことではないでしょう?」
そうは言うがそれ以上の反論は無いようだ。
ネリフスは俺の方を見る。明らかに敵意がこもっている様子だ。彼女の視線に気付いて、目をそらした。
気まずいな。ネリフスは俺の監視のためにここにまでやってきているんだし、女王に食わせるソフトに毒が入らないかを監視する義務がある。
『こんなんになるんだったら、ネリフスに真実を話すのはもっと後にするべきだった』
俺はそう考える。
シィは俺の考えを読んでいるので何か言いたいことがあるようだが、口には出さなかった。
「言いたいことがありますが、言葉にできないといいますか」
言わんでいいっつの。
「たぶん、どこの誰であっても納得できないと思いますよ」
シィはもっと大人びた考えを持っているとから理解してもらえると思ったが、、やはり十歳の女の子なのだろうか。
「あなたがひねくれすぎなんですよ。私が原因みたいに言わないでください」
「いったい何を一人で言っているんだ?」
ネリフスは不思議そうな顔で言う。視線は俺たちを射抜くような鋭い視線である。
シィはネリフスに詰め寄られた。やり取りだけ見ればシィが一人でしゃべっているように見えるのだ。
「すまないね、彼女なりに何かのシュミレーションをしているんだ。何についてはかは知らないけど」
「いったい何のシミュレーションを?」
「それは聞かないであげて。彼女も時間が空けばいろいろな事を考えるんだ。やっぱ普段からそうやって爪をといでおかないと、ボクの副官は務まらないんだよ」
結構適当な事を言う俺だがネリフスはそれで納得をしたようだ。
「邪な事を考えていないならよいがな」
ネリフスのその嫌味を聞くが今はシィが人の心を読む能力を持っている事を隠さないといけない。これから先この能力には役立ってもらわないといけない。
「ところで、あのフェリエ=ドロランドという子はいるのか?」
ネリフスはいきなり話題を変えた。
「フェリエなら新兵達の教官に」
あれからまた応募者が出て人数は三十人くらいに増えたらしい。大して変わらねぇけどな。隊というからには千や二千くらいの数が欲しいところだ。
今はフェリエがその三十人をみっちりしごいている。まずは基礎体力だ。明日にはまともに動けなくなるくらいにしっかりと体を鍛えてもらっている。
難しい動きをを仕込むのはこれから先の話だ。
「彼女と手合わせをしたいのだが?」
ネリフスはそう言った。騎士の言葉と分かる感じの陳腐な言葉だ。強い相手と戦いたいなどと、そんなところだろう。
この子がどれだけ強いのか知らないがフェリエに勝てるとは思えない。
フェリエはデタラメに強い。フェリエなんかと戦ったらネリフスは骨すら残らないだろう。
「ならボクに勝ってからにしてくれ」
そう言うとネフリスは不機嫌そうな顔をした。俺と手合せをするのが心底嫌なようだ。彼女のような騎士には、俺のような裏で何をたくらんでいるか分からないような参謀型の人間は嫌いだろう。
これは俺に何か邪な考えがあるとかそういう事ではない。ネリフスのためである。
俺に勝てないようならフェリエと戦ったらボロ雑巾にされる。ネリフスが俺の事を騎士の本能といえる部分のサインから嫌っているというのも要因の一つだ。
俺の事を嫌っているネリフスに対し、フェリエは絶対に容赦はしないだろう。
『叩き潰す』という表現はかなりマイルドな表現であるのはなんとなく分かるだろう。そんな言葉では説明できないくらいのヒドいめにあうかもしれない。
「お前を叩き伏せる機会をもらえるという事か?」
ネリフスは俺を挑発するような事を言った。
正直ウザいだけだ。
こんな子供の挑発に乗る俺ではないし彼女と戦えば必ず勝てる。ネリフスにかまっている時間は本当はないのだ。
「私が代わりに出ましょうか?」
シィは前に進み出ながら言う。さっきからネリフスの頭の中を読んでいるためフラストレーションが溜まっているのだろう。
この子は女王の幼馴染なんだぞ。彼女に傷を負わせたら女王が不機嫌になるかもしれない。この状況で女王を敵に回すような事はできない。
ほのと適当に遊んでもらえばいい。俺は一瞬そう思った。だがほのの様子を見てその考えを改めた。
俺は部屋の隅で犬の姿で丸まっているほのを見た。今はネリフスの事をむっちゃ睨んでいる。ネリフスはその眼光に全く気付いていない。
部屋の隅にいる犬がただの俺のペットであると思っているのだろう。ネリフスが俺に噛みついたら、ほのが八つ裂きにする未来が見える。
そんな事にもならないようにしないといけない。どうして俺の周りの女たちは男よりも喧嘩っ早いのか。
ここまで周囲から敵意を向けられているのにまったく気づきもしないネリフスは、俺の役にも女王の役にも立たないだろう。
こんなやつにかまわないといけないという事実に心底心労を募らせた。