説得も効かず
「毒見は済みましたか?」
俺はネリフスを見て言う。俺が声をかけると、さっきまでしあわせそうな顔をしていたネリフスが一気に不機嫌そうな顔になる。
「いや、まだだもっと食べないと分からないな」
「あなたねぇ」
ネリフスはそう言ってまだ食べようとする。このまま、用意してあるアイスを全部食いつくしてしまいそうな勢いだ。
もっと食べたいというのなら食べさせればいい。どうせ失敗作である。作り直すつもりだ。
「昔からこんなものを食べているのか?」
ネリフスは言う。こんなものばっかを食べられてうらやましいって感じの顔だ。
親衛隊の人間とは言うが食い物につられるなんてまだまだ子供だ。俺はそう考えると隣でシィがクスリと笑った。
「それはもう。もうお聞きとは思いますが、私には異世界の知識があります。このようなものであればいくつも作る用意がございますよ」
そう言うとネリフスは俺を羨望するような目で見た。
『わかりやす』
もっと俺においしいお菓子を作ってほしいようだ。ネリフスを陥落させる糸口になるだろう。そう考えると俺はつい口の端が吊り上がってしまう。隣のシィも顔がニヤつくのが抑えられないようで、クスクス笑った。
「まあ、私はお前の監視のために来ているんだ。なれ合うつもりはない」
ネリフスはそう言い出す。だがこんな言葉一つで火がついてしまったネリフスの食欲を抑える事なんてできないだろうと踏んだ。
ちょっと理性が働いてきたのである。ちょっと押してみるかな。
「ですが毒見のためにお菓子を食べるのも立派な任務」
俺はクスクス笑いながら言う。
「私の身の潔白のためにも、あなたには食べていただかないといけません」
そう言い俺はポテトチップスをネリフスに出した。
「どうかお召し上がりになってください。私の身は潔白ですよ」
そう言うとネリフスは言う。
「まったくどれだけ料理を作ったんだ。すべてに毒見が必要だな」
こいつも上手い言い訳を考えるものだ。結局菓子を食いたいだけだろうに。
またもや理性がとびかかっている。ネリフスは平静を装っているが心の中はお菓子に夢中だ。
「まだまだあります。大豆という豆を発酵させて作った大豆ソースと砂糖を混ぜると、何とも言えない味になるのですよ」
大豆ソースとは言ったがこれはつまるところの醤油だ。醤油はこの国ではまだ開発されていないため作るのに苦労をした。
個人的にはスーパーで作っている安物の醤油と比べても味が段違いに悪い失敗作だが、初めて食べた人間にとっては、初めての感触だろう。
「これをですね。米をこねて作ったお菓子に塗って食べると絶品ですよ」
つまるところのおもちである。未知の食べ物にネリフスの顔は輝いている。子供を手なずけるにはお菓子が一番手っ取り早いな。やっぱり。
「そのお若さで親衛隊に入るなど何か事情があるのですか?」
「私はだな」
ネリフスは言う。こんな質問に答えてくれるなんてかなりの上機嫌だ。これからいろいろ聞き出してやろうと思う。
ネリフスはお餅をビヨーンと伸ばしながら言う。
「女王陛下の御付として育てられた。女王の一番の親友は私だと自分では思っている」
よく聞くお友達兼、護衛という役目をしていたようだ。女王に危険がせまったら何をしてでも女王を守るだろう。
本来なら女王はこのまま英才教育を受けて育っていき、どこかの国の王子と結婚をして死ぬまで優雅な暮らしをする事になっていたはずだ。
だが、大人たちの都合で女王になってしまった。女王自身は戦争のない国を作る事を願っているらしい。
「だから、軍人から見ればけむたい女王に見える。そうなのだろう?」
俺はそのネリフスの嫌味に答える。
「平和のために戦うのですよ」
「戦っているのなら。平和ではないだろう?」
「それはうわべだけを見ています。ただ、戦を避けるだけの事で本当の平和は手に入りません」
俺がそこまで言うと、ネリフスは俺の事をギロリと睨んだ。
「お前もあいつらと同じか。ただ戦を起こして戦果を取りたいだけだろう?」
戦争嫌いの鳩派の人間の考え方だ。こういう輩には何を言っても考えを改めてはもらえないだろう。
普段ならこれ以上の会話を諦めるところだが、ネリフスは唯一の親衛隊とのつながりだ。
もともと疑われているうえ嫌われているのだ。これ以上機嫌を損ねても、彼女の俺に対する評価が下がる事もないだろう。
すでに最悪なんだからな。
「女王は外交というものをよくわかっておられない」
外交なんて結局は国益を優先した美味いところの取り合いだ。
大臣は必死になって戦争を回避しようとしているが、そんな事をしてもむしろ敵に付け入られるだけだ。
「今まで大臣は何をした? 土地を敵に明け渡したり、要求のままに軍縮をしたり、帝国の精密な地図まで渡したらしいじゃないですか」
軍縮をするのも地図を渡すのも戦争で勝てるようにするためだ。こっちが軍縮をしたらなぜラルファル帝国がうちに攻め込みやすくなるか、まさか分からないわけではあるまい。
そして地図を渡してしまったのも重要だ。
地図をよく見ればどこが攻め込みやすいか? どこが我が国の急所か? がまるわかりだ。
これらの要求は完全にうちに攻め込むつもりで言っている。
「向こうは完全にうちに攻め込むつもりだ。大臣と女王は戦争に関してうとい。何があろうと我が国に攻め込むつもりなのがまるわかりだというのに気づいていない」
「消耗する兵と略奪できる金品の事を考えると、ラルファル帝国がうちに攻め込んでも得るものよりも、被害の方が大きいのは明白だ」
ネリフスもさすがに勉強はしているらしい。もっともな事を言う。
「被害とか略奪とか関係ないんですよ。国土を広げるためだけに戦う国の存在など、歴史を見ればいくらでも見つかる」
俺はそう言う。ネリフスはそれから何も言い返さなかった。これからだぞ。子供に理屈は通用しないからな。絶対このタイミングでゴネ始める。
俺は身構えた。
「敵の使者も言っていた。いろいろな物を差し出すなら、うちには攻め込んでこないと」
「そんなのを信じるのがどうかしている。明らかにこちらに攻め込む気なんだよ」
「だがラルファル帝国の使者は言ったんだ」
「水掛け論だ」
俺は頭をかかえながら言う。やはり、こうなった子供は始末に負えない。理屈なんて関係ないからな。子供にとっては、
だが説得をしてネリフスの信頼を勝ち取らないといけない。そうでないとどんどん政略的に、この国を弱らされておいしくなったら食われるだけだ。
「国が負ければ、女王も殺されます」
そう言うとリフスは俺の事を『きっ……』と睨んだ。
「お前と話してもらちがあかない」
そう最後に言うネリフス。
『失敗か……』
俺はそう思い悔しくなった。これでは、この国は絶対にラルファル帝国に食われる。