親衛隊のネリフス
「親衛隊の方から来たネリフスだ」
俺はいきなり部屋のドアを開けてやってきた人を見た。
『早すぎ!』
シィの流した噂がこんなにも早く効果を発揮したのだ。流してから一時間しか経っていないぞ。
シィはあれから俺の発行した階級章を胸に取り付けて場内を回った。階級は剣兵この国では一番下の階級である。
俺がこの階級章を渡すと『私の事を正しく評価していただけないのですね……』などといいながら泣きまねを始めたシィ。
お前に権力与えると何するかわかんないんだよ。
俺はもちろんシィの訴えを無視して階級を上げるような事はしなかった。
そのネリフスが来たのにも関わらず、俺はさっきからしていたフェリエに対する熱弁をつづけた。
「十歳の子供に階級章が渡される事がおかしいのだ。そして、十歳の俺に部隊一つを指揮する権限をもたされるというのもおかしい。功績なんて金一封でも渡せば十分それに答えることができるはずだ。功労者には地位を与える事しか頭にないというのは、やはり頭の固い子供の考えである。女王はやはり為政者としての素質はない」
「完璧に正しかったと思いますよ。あなたは金一封だけもって逃げ出しそうですから」
フェリエも鋭い。なぜわかる。
今となっては勝手に逃亡したら追手が差し向けられてしまうような地位だ。戦闘には勝つしかなく逃げ帰れば多大な罰則を食らう。
「なんで状況は悪い方にばかり転がっていくんだろうか? 神様。私が何か悪いことをしましたか?」
「驚きの白々しさですわ」
フェリエの言葉には呆れが入っていた。
「お前ら。何を相談している?」
話を聞いていたネリフスが言う。このアホな会話の意味が分かっていないようだ。そりゃそうだろう。ネリフスにとっては将軍にしてもらって不満があるなんて感覚はわかりっこないだろうから。
「君みたいな子がこの王宮で働いているとは驚きだよね。ボクの言えた義理じゃないけど」
そのネリフスは見た目俺と年が変わらないように見える女の子だ。その子が特注で作られた親衛隊用の豪華な鎧を着ている様を見ても騎士には到底見えない。むしろ七五三を思い出す。
下はミニスカートのような服で上は固い鎧を着ている。髪はきれいに整えてあり妙齢の女性のような雰囲気をかもちだされようとしているが、それは子供が背伸びをしているようにしか見えない。
目をキリリと油断なく細めているがそれもいつまでもつことだろうかという印象だ。
「なれ合うつもりはない」
ネリフスは俺の言葉を聞きもせずにそう言った。
「はいそうですか。一応聞くけどいったい何をしにこちらまで?」
ネリフスから無言で、密命で俺の事を監視するという内容が書かれている女王からの書状を見せられた。
そんなあたりじゃないかと思っていたけどさ。
明らかに俺がシィに流させた噂の件だろう。親衛隊の人間がやってきたのはいいけどなんでこんな子供がやってくるのだろうか。
しかも会話一つしようとしない。これでは親衛隊の人間とお近づきになるなんて夢のまた夢だ。
「ネリフス様はお菓子を食べられますか?」
俺は言う。だがなんとしても会話の糸口は掴まないといけない。そう言い出来上がったばかりのアイスクリームを渡してみた。
「なんだこの変な色をしたものは?」
ネリフスも結局は年端の行かない女の子。お菓子には興味があるようである。
「ちょっと失敗をしてしまったんです。ですが味は保証しますよ」
とにかく子供相手にはまずは餌付けだ。
木製の器に盛ったアイスクリームをネリフスの前に出す。失敗とはいえ、これでも十分食べられるものだ。
「そんなもので騙されるか」
そう言いツンと顔をそらすネリフス。だがその顔はソフトクリームに興味津々といった感じで横目でソフトの事を見た。
「陛下のための毒見。しないんですか?」
俺は言うそう言うとネリフスは俺の事をきっと睨んだ。
「なんだ? 知っていたのか?」
ネリフスは俺を敵視する目で言う。
「なんでなのか? そんな根も葉もない噂が立っていましたよ。困ったものです。分かりますよ。この年齢では周りからも色眼鏡で見られます。『こんな子供に将軍なんて務まるのか?』と」
俺は続ける。そうしながらネリフスの顔色をうかがった。俺はネリフスの前で見せつけるようにしてソフトを食う。
「うーん。砂糖の量がやっぱり少ないな」
甘味が弱いアイスクリームを食べながら言う俺。俺は本題の続きを言い出した。
「これは仕方のないことを割り切らないといけません。王宮は嫉妬の渦巻く世界ですから」
「何を言っているか全然わからん」
今更シラを切ろうとするなんて、頭弱いのかなこの子。とりあえず、さりげなーく説得作戦を続けてみよう。
もうちょっとネリフスの事を知ってからこういう事を言うべきであるのだが、チャンスは今しかないしこれから他の親衛隊の騎士がやってくるとも思えない。
「あなたみたいなのが適任なんですよ。女王の暗殺を企てる人間の監視なんて」
そう俺が言うとネリフスは俺を睨んだ。
『上手く挑発に乗ってくれたな』
俺はそれを見て心の中で頷いた。
「私は自分の意思でここに来ている。お前が女王を毒殺しようとしているという噂だって、他の大人たちは信用しようと思っていなかった」
「本当だったら止める理由がないですからね……」
そう言う俺ネリフスは呆然とした顔をした。
「だってそうでしょう? わがままで傍若無人の女王の事をみんな消したいと思っていますよ」
「お前も消したいと思っているという事か?」
ネリフスは言う。俺の言葉はネリフスの勘に触りまくっているようだ。俺の言っている言葉の意味は分かっていないらしい。
言葉の意味を理解しないくせに言われた言葉だけ覚えられても意味がないんだがな。
「女王はただの傀儡であるのは分かっているでしょう? 女王が死んでも変わりの傀儡を立てればいいだけで私は何も意味はないと思っていますよ」
そう言うとネリフスは鼻を鳴らした。今の言葉で『自分には女王を殺す意思はない』と言ったのを理解したようだ。まあ、その言葉を信じているかどうかは別として。
「あなた、女王を助ける気はないですか?」
俺は言う。
ネリフスは俺が女王を殺そうとしていると思っている。その俺からこんな事を言われて頭の中は混乱している事だろう。だがそれをおくびにも出さずに俺の言葉を聞いている。胆力はあるみたいだ。