王女の暗殺
「女王の命を狙う男か」
俺は父に相談をした。こんな情報を手に入れたはいいが俺がそんな事を言っても誰にも信用されないだろう。
むしろ「王宮の兵士達に対する侮辱である」などと言われ、王宮からつまみ出される未来が俺には見える。
「この王宮から追い出される事自体は大歓迎だが……」
下手をすれば不敬罪も適応されるかもしれない。追い出されるだけで終わりではなく何かの前科をつけられる可能性もある。この王宮から逃げるにしてもこの方法は賢くない。
今俺は父に与えられた個室にいる。俺の部屋とはえらい違いだ。
ベッドは天蓋付の高級ベッドである。本棚も彫刻が彫られたインテリア風の家具になっているし、部屋の前には常にメイドが一人ついており、ベルを鳴らせばメイドが父の部屋に参上する。
これが、将軍の扱いというものだ。
「うちの女王は、そりゃ邪魔に思う者も多いだろう」
父が言うにはあの王女はもちろん傀儡である。
王女を傀儡としているのは穏健派の大貴族で、この情勢でも必死になって戦争が起こらないように交渉をしている。
「もう戦争は起こっているけどね」
「王女と大臣はあれを戦争とは思っていない。ラルファル帝国の一部の人間が、戦争状態にないのに先走って攻め込んでいっただけなんだって事にしたいらしい」
なるほど、ラルファル帝国としては、戦争に負けたという事を認めたくない。我が国としても、あの戦いが原因で戦争の火蓋が切って落とされるような事になっては困る。
幸いあの戦闘に参加した者は大半が戦死したり捕縛されている。
無能な兵士を切り捨てることでメンツが保たれるのならばラルファル帝国にとっては都合がいいし、我が国としてもまだ交渉の余地はある。
「だがそんな悠長な事を言っていられないという考えを持った人間もいてね」
俺の父はそういう言い方で言う。悠長も何も戦うしかない状況だ。この言い方には含みと諦めが感じ取れる。
この状況を上手く使い早く兵力を増強してせめて敵を迎え撃つ事ができるだけの兵力を蓄えるべきであるのだが、問題があるようである。
「大臣を信じていれば大丈夫だ」
俺の父はそう言う。その大臣が問題なわけだ。
大臣の方針にそぐわない事を言うわけにはいかない。この辺はうちの父の処世術だ。今『戦争の準備をしよう』などと言えばこの国の大臣の怒りを買う事だろう。
ラルファル帝国が攻め入ってきたとき『大臣の御不興を買って投獄されていました、戦いには全く参加していません』なんて事になればそれこそ意味がない話だ。
そういう事を言いたいらしい。
「タカ派の人間はその大臣と王女を殺したいだろうな」
「まったく不届きな人間もいるもんだ」
俺の父は言う。
口ではそう言っているが、父は王女には死んでほしいと思っているようだ。そうすれば、新しい王を立てて戦争の準備を始める事もできるだろう。
「王女に罪はないだろう」
俺は言った。
「とは言うけど、あの子は王の権力を振りかざしてお転婆をしている。お前だって彼女のために時間を割く事になったのだろう?」
話が伝わるのが早い。
確かに王女に向けてアイスなんかを作らされている。
「こんな事されちゃあ、いくら傀儡として立てられただけの何も知らない女王と言っても、命を助けようなんて思わない人もいるだろうなぁ」
最後の部分の言い方に俺はイラついた。誰かがやるなら勝手にやらせればいいと言っている。女王を助ける気はないと。
結局父も自分の地位と名誉が最優先だ。
「女王に危険が迫っているとはいえ。女王には深い思慮があるはずだ。我々がでしゃばる事ではないよ」
よくも「このまま女王を見殺しにしろ」という言葉をそこまできれいな言い方で言えたもんだ。
だから出世をできたんだろうが……
「もう父には頼みません……」
俺は言う。女王は見殺しにした方がこの国のためなんだろう。
だが、あの子は大人たちに振り回され殺されようとしている。そんな理不尽なんてあったらたまらない。
彼女のために俺は一肌脱ぐ覚悟であった。
とはいえ、おおっぴらに王女の事を助ける事はできない。それは王宮の兵士を疑って犯人捜しをすることなのだから。
ただの兵士といえどいろんな功績や家柄があって王宮で働く事を許された者達だ。俺よりも発言権の高い者もいくらでもいる。
「誰か権力を超越した組織の力でも借りねばなりません」
シィがそう言う。王宮警察か親衛隊にあたるだろうな。この国で考えれば。
「まずは、親衛隊に話をつながないと」
俺は考える。無論親衛隊に対するコネクションなどまったくない。
まずは内情を調べなければいけない。
「俺が王女を毒殺しようとしているという噂を流せるか?」
俺はシィに向けて言う。
「それはいくらなんでも体を張りすぎかと」
シィは言う。俺の考えを理解したようだ。
そんな噂が流れれば俺は親衛隊にマークをされるだろう。
そして俺の事を調べるはずだ。
「その時、もしかしたら親衛隊は俺に接触をしてくるかもしれない。その時が勝負だ。俺が清廉潔白で品行方正な男である事をしっかり分かってもらい親衛隊の人間と仲良くなる」
「まあ、つっこみたいところはありますがいいでしょう」
いちいちそう言ってくるシィ。いいんだったら余計なこと言わないでくんないかな。
そして、俺が親衛隊と知り合いになれば親衛隊に頼んで本当の犯人を捜してもらえるだろう。
ここまでが俺の考えだ。
「上手くいきますかね?」
フェリエが言う。なんか拗ねたような顔をしていた。俺が他の女の子を優しく助けようと考えていたら機嫌も悪くなる事だろう。
「上手くいかせるんだ」
俺はフェリエが乗り気ではないのを分かったうえでそう言った。