未読既読
初めましての人は初めまして。
この小説は、東方Projectの二次創作になります。苦手な方は御退出下さいますようお願い致します。
また、Rが付く程の表現はしませんが、若干ガールズラブとも取れる表現が出てきます。苦手な方はお戻り下さりますようお願い致します。
それでは、物語をお楽しみ下さい。
「アリスー!」
蔦が所々にまいついた、少し古めかしい洋館の主に、館の外から大声で声を掛ける。ノックをするなんてまどろっこしいことを私がするはずもない。こんな瘴気漂う森の中に訪ねてくる奴なんていないだろうし、これもいつものことだ。アリスだって、中で溜息を吐いている頃に違いない。
ふと気付くと、窓から人形が私を眺めていた。確か名前は蓬莱だったか、あいつは様々な名前を付けるから、こちらとしては覚えられない。もっとも覚える気も更々ないのだが、蓬莱と上海だけは、印象深いというかいつも見る顔というか、覚えている。そんな蓬莱は、ふよふよと浮きながら、私を眺めている。
……本当に、アリスは自立人形の実験に成功していないのだろうか。確かに、一人で動き、しゃべり、魔法を使うと言うまでを追い求めると、難しい話なのかもしれない。しかしあの人形を見ていると、どうにも自我が芽生えていそうで怖くなる。人形は人の形と書く。呪術にも用いられることもしばしばだし、アリスはそんな人形と暮らしていて、怖くはならないのだろうか。いや、もう慣れてしまったのかもしれないし、何よりそんな感情を持ち合わしていない可能性もある。無口、人見知り。そんなアリスが心開くのは、人形以外にはないのかもしれない。
そんな事を考えていると、ドアが少々軋みながら開いた。しかし誰かが立っているという訳では無く、ただドアが開いたように見える。それだけであれば怪奇現象だが、ドアのノブの所に人形が一体いて、こちらを見ていると言うことで、いつも通りということを悟る。あれは上海だ。蓬莱以上にアリスと様々な所に出掛けている、ストーカー(どちらがストーカーか、は突っ込まないことにする)のような存在だ。そんな人形が、私の方を向いてじぃっと浮かんでいる。
そういえば、迷いの森に迷い込んできた人間が、勝手に動く――と言っても操作しているのはアリスだが、その人形を見て驚き、腰を抜かしたと言う事件すら聞いたことがある。私も初めて見た時には少しなり驚きはしたが、見慣れてきてしまえば、それが当たり前の光景にも見える。
そう、アリス――アリス・マーガトロイドの能力は、人形を操ることである。魔法を使う、という根本的な部分に関しては私と同じであるが、私が星を目指すのに対して、彼女は情を目指している為、タイプとしては全くの別物である。おまけにあちらは本当の魔法使い、こちらは魔法が使える人間と、種族からして違うのだ。だからこそ、話が合うこともあれば衝突することも度々である。もっとも、それが悪いと言うことではなく、お互いに良い意見交換となっているため、面白いと言えばそうなのだが。
一応上海に手を上げて挨拶をしてから、荷物を上海に持たせ、箒を玄関に置いてから遠慮することもなくお邪魔することにした。
「全く……。いつになったらノックってものを覚えてくれるのかしら」
少々不機嫌そうに、アリスは愚痴をこぼした。ソファに深く腰掛けて腕を組むアリスは、怪訝そうな表情で私を見つめる。だがそんな事は気にする必要は無い。何と言っても、いつもアリスはこうなのだから。
「悪い悪い。つい、いつもの癖でな」
そう言いながら、私はアリスと対面するようにソファに座る。柔らかめの素材で出来たソファは私を包み込むように受け止め、純白の生地は鈍く光を反射している。私は帽子をすぐ脇の空いた席に置いて、もう一度ソファに座り直した。
「それで? 今日は何の用?」
人形(名前は知らない)が持ってきた、暖かそうな湯気を立てるティーカップを手に取ると、やや甘い香りを放つ紅茶を一口啜る。まだ熱い紅茶は心地良く私の舌を刺激し、鼻に息を抜くと、微弱であった香りが鮮明なものとなって、鼻孔をくすぐる。遅れて紅茶独特の渋みが口いっぱいに広がるが、それも渋すぎず丁度良い。ゆっくりと嚥下して一息吐くと、ずっと私を見ていたアリスも、同じように紅茶を啜った。しかしその瞬間に、一瞬だけ、それもほんの少しだけアリスの表情が歪む。
「……アリス、この紅茶の種類、好きだったっけ?」
確か、甘い香りの紅茶は苦手と言っていた気がする。味も好みに合わないらしいし、何よりもこの甘い香りが、気分を害するらしい。とにかく、アリスはもっとがっちりとした紅茶を好む筈だ。
「……好みが変わったのよ」
しかし、アリスはもう一口程紅茶を啜ると、若干手荒にソーサーへとティーカップを戻した。陶器同士がぶつかる独特な音が響き、紅茶がゆらゆらと波立つ。
「別に、いつも押しかけるからって、私の好みに合わせる必要は無いんだぜ?」
口一杯に広がる香りを楽しみながら、とりあえずアリスをからかってみた。どうしても素直に聞くことは出来ず、回り諄い聴き方になってしまったが、またそれも、私らしいかもしれない。
ただ、本人が好みが変わったと言っているのだから、その可能性も完全には否定出来ないが、何よりもアリスが一瞬見せた嫌な表情が、それが嘘だということを物語っていた。
「そんなのじゃないわよ。紅茶を買いに行ったらいつものやつが売り切れていたから、久しぶりに別の紅茶でも飲んでみようかと思って」
「それで? 久々に飲んだ紅茶の感想は?」
「……美味しくない」
その言葉に、思わず大声で笑い声を上げてしまった。
とは言っても、別に何かが可笑しい訳でも、アリスをからかいたい訳でも何でも無い。だが、どもりながらも小声で反論するアリスの姿が何とも言えず可愛らしく、微笑ましかった。
しかしそんな事をアリスに伝える訳も無く、笑い声にまたも怪訝そうな表情を浮かべるアリスに言葉を繋げた。
「いやはや、好みってのは別れるものだな。私はこの香りが何とも言えず好きなんだけどな」
怪訝そうな顔はどこへやら、アリスは一瞬で頬を赤らませ、はにかんだ笑顔を見せてくれた。
「美味しかった?」
「あぁ、美味しかったぜ」
「……ありがとう」
アリスはそう言いながら、にっこりと微笑んだ。それは近来稀に見る、アリスの笑顔と言える笑顔だった。
その後、二人はいつもの行動に従った。すなわち読書であるが、アリスの所持する魔術書は中々興味深い。アリスは(パチュリーもだが)本を貸してはくれないので、私が知識を得ようとすれば、必然的にアリス亭にきて読書をするしかなくなるのだ。それを知ってか知らずか、アリスは私が読書している時には特に話しかけてくることも無く、ただ二人で読書をしていることが大半だった。部屋に響く音と言えば、暖炉にくべられた薪がぱちぱちと爆ぜる音ぐらいのもので、集中して読書をすることが出来る。有り難い限りだ。
魔術書という物は、魔術を扱う者にとって切っても切れない関係にある。もっとも、他分野にしても本という物は重要な位置付けであるのだろうが、こと魔術に関しては、新たに発見される魔法の数があまりに微々たるものなので、先人の残した知識はとても役に立つ。知識として得ていれば、同じことを何度も繰り返して時間を無駄にすることもないし、危険な失敗も回避出来る可能性が上がる。それはとても重要なことで、推察を要求される実験では欠かせないものである。
それでも、きちんとした魔女であったり妖怪、妖獣なんかは人間と比べて遙かに身体能力の秀でた部分がある為に、例えば時間だったり、例えば重傷を負ったりした場合においても、全てが有利に働くことは間違いない。そんな魔法の実験を、たかだか人間である私が行おうというのだから、周囲から野卑が飛んでくることも珍しいことではない。しかし、それをはねのけ、カバーする為にも、本を読んで知識を得るということはとても大切なのだ。
とはいえ、生まれてまださほどの年月すら経ていない私が所有する本や知識は、周囲、それも多種族から見れば子供騙しでしか無いが為に、私はアリスやパチュリーの持つ本や知識をちょくちょく拝見しに来ている。何度か身に覚えのない窃盗罪で立ち入り禁止になっているので、それを回避する為にも、私は他人の家を回ることに精を出しているのだ。しかし、そうしていることによって、変化してきたことも多々ある。例えばアリスなら、初めは玄関先でいきなり扉を閉められるなんてことは再々あったし、家に上げてくれるようになった後も、少なくとも紅茶が出てくることはなかった。そもそも会話すらない日もあったし、それから比べれば、今はとても優遇されていると言える。
まぁ、ああ毎日来られて無理矢理押し入られると嫌でも慣れるよな、なんて思うと、嫌な性格だな、なんて思わないこともないが、これも私の性格である。今となって直す気は更々、ない。
時間の感覚がなくなっていたことに気付いた。夢中になれば辺りに注意がいかなくなる、私の悪い癖だ。時計を見上げれば、昼過ぎに来たにも関わらず、もう夕刻が近い。アリスも夕餉(歴とした魔法使いなんだから食事を取る必要は無いのだろうが、アリスは決まって三回の食事と睡眠を欠かさない)の準備があるだろうし、何より私も帰らなければ、夜になって帰るのはとても面倒だ。どうでもいい妖怪やらがわんさか出てくるし、何より視界が制限されるのが辛い。やはり、人間は夜寝ることに限る。
膝の上に開いていた本をパタンと閉じ、腕を頭上に突き上げるようにして伸びをする。同じ姿勢を取り続けていた為に、背中や肩の関節が、軽い音を立てながら鳴った。
その音に気付いてか、はたまた伸びをしているのを見てかは知らないが、アリスも本に落としていた視線を上げて、時計を確認している。金色のショートカットをかき上げる仕草に、何故か惹き込まれる。それ程までに、アリスの髪色は綺麗だった。それに付けている赤色のフリルが付いたリボンがまた、可愛らしい。
「……もう夕方だなんて、時間が過ぎるのは早いわね」
「全くだ。まだこれっぽっちしか読んでねぇのに」
手に持つ本をアリスに突き出し、挟んである栞の位置を見せつける。その位置は表紙からおよそ数ミリ程度しか進んでおらず、そのことが如何にこの本が難しいかを表していた。
少し大きめの紙に、かなり細かな字で更には作者直筆おまけに癖字ときたものだから、別に私の読む速さが遅いとか、読解力が無いとか、そんな事ではない。はずである。
「あぁ、その本は特に難しいからね」
「全く、実験とか結果とかをもっと解りやすく書けば良いのに! それにもっと字を綺麗に書け!」
伸びをしていたアリスは、にやりとこちらを見やると、やや楽しげな声色で反論する。
「別に複雑難解な文章であることは、読者に正確に術を理解して欲しいと思うからだし。それに字の汚さは、誰かさんの方が上だと思うんですけど」
アリスの言葉に、まるで返す言葉がない。
「アリス、まるで私が悪いみたいな言い方をするなよ」
「あら? 本の作者には罪はないし、それにそんなに嫌ならもう読まなくても良いのよ」
アリスは如何にもわざとらしい笑みを浮かべながら、私に向かって手を差し出した。私の読んでいた本を没収する為だ。
折角ここまで読んできた本を没収されるのも嫌だが、ここへの立ち入り禁止を防ぐ為にも、今は返すほか無いだろう。私はべーっと舌を出しながら、アリスに本を差し出した。
「栞は抜いてくれるなよ」
受け取った本をぱらぱらと捲るアリスに、とりあえず釘を刺しておく。こうでもしておかないと、アリスなら本当にやりかねない。いや、言った方がやりかねないが、多少の不安を感じるからには、言わずにはいられなかった。
その最中、アリスは私が読んでいた本と自分が読んでいた本を、無言で本棚に返していた。
荷物を整え、玄関へと向かう。その後ろをアリスはただついてきた。最近では出迎えこそない(いつ来るか解らないのだから当然だが)ものの、見送りは恒例の行事となっていた為に、そんなアリスの行動も何となく予測がついていた。
「それじゃあな! また近い内に来るから!」
少し離れて立つアリスにそう声を掛けると、魔法で僅かに浮かせてある箒に腰掛けた。
「……別に。本の続きが気になるなら、泊まっていっても、良いのよ?」
呟くように、しかしはっきりと、アリスはそう言った。夕焼けの赤が支配する中に立つアリスだが、それとは別に、頬が紅潮している。
……今まで、それこそ数え切れない程に見送りをして貰ったが、泊まりの誘いを受けるのはこれが初めてだった。いつも『次に来る時には盗んだ本を持って来い』とか『その鞄の中に本を隠し持っていないか』などと意地悪く聞かれるだけだったが、それらの言葉なら曖昧な返事をしてその場を立ち去ってしまえばこちらのものだった。アリスは、私より飛ぶのが遅い。
しかし、『泊まっていって』と言うような言葉を聞いてしまうと、いつも通りにあやふやにして良いものか、迷う。
決して、アリスの家に泊まりたくないと言う訳ではない。ただ、明日の都合上、、今日は何とも間が悪かった。だが、折角誘ってくれたアリスを前に断るのも気が引けるが……。
「あーっと、ちょっと明日は人に会う約束があってな。泊まるとかなり朝早くの出発になるんだが……。またの機会じゃ駄目か?」
その言葉に、あからさまにアリスが慌てる。
「も、勿論魔理沙にも事情があるでしょうしね。……こんなこと言って、私ったら……」
アリスは肩をすくませて少しおどけたようにみせたのだが、どこか落胆しているように見える。仕方の無かったことといえど、どこからか湧いてくる罪悪感を拭うことは出来なかった。
「……もう暗くなるから。魔理沙ももう、帰らないと」
遠慮がちに、アリスが帰宅を促す。
「それじゃあな、アリス」
「じゃあね、魔理沙」
お互いに手を振りながら、私は罪悪感を忘れ去るように地面を力強く蹴って、空中へと舞い上がった。冷たい風が頬を切り、手を振るアリスはどんどん小さくなる一方で、遂には見えなくなった。
……もしも、私がアリスの家に泊まったら、どうなるだろうか。邪魔するものも何もない空中で、考えに耽った。
多分、アリスとは何事も無く終わるに違いない。夜が更けるまで本を読み、ソファか何かで眠る。夕食も出るだろうが、普段のアリスの料理からして、特に危ないような物は出ないだろう。そして朝起きて、また小難しい本にかじりつく。……何か、勉強会を開いているようだ。
そんな中、霊夢のことが頭を過ぎる。
私が泊まり込みでアリスの家に行ったことが彼女の耳に入れば、様々な方面から弄られるに違いない。あることないことを根掘り葉掘り聞かれて、大笑いされる。淡泊というか、さっぱりした彼女の性格から考えると、その話題を後々まで引っ張ることは考えられないが、それでも、自分が槍玉に上げられている姿を想像すると、きっと顔から火が出る程恥ずかしいに決まっている。
霊夢――博麗霊夢は、博麗神社という神社の巫女さんで、私達が住むこの幻想郷の結界などを管理している。故に自然と彼女の周りには人や妖怪が溢れ、情報も集まる。そんな彼女に隠し事をするなんて、とてもではないが、無理だ。
私自身を例に取るならば、魔法で裏山の半分を吹き飛ばしたことも、霊夢のおやつをこっそりつまみ食いしたことも、アリスやパチュリーから本を勝手に借りたことさえも、霊夢は正確に把握していた。その情報をどこから仕入れているのかは定かではない、というより霊夢は絶対に教えてくれないが、霊夢に知られないようにするには、何かの工夫が必要なのだ。まぁ、そんな方法を知る人になんて、出会ったことすらないが。
そんな莫大な情報を持つ彼女だが、それを元に誰かを脅したり、せしめたりはしない。他人に暴露することも滅多に無いし、仮にあったとしてもその情報を教えることが最善の策であると思った時だけだろう。実際、私も彼女に弄られてはいるものの、その背景には『二度とその失敗を繰り返さないように』という戒めが含まれているのだと、勝手に解釈している。だからこそ彼女は信用され、それによって新たな情報を得るのだろうが。
そういえば、最近は博麗神社に顔を出していない。ことあるごとに用事があるとか、アリスやパチュリーの所で本を読んでいた。
暫く考えた結果、アリス宅にある読みかけの本を読破したら霊夢に会いに行く、と決めると、箒に魔力をかけ、飛ぶスピードを上げて帰路を急ぐのだった。