傷付いた黒豹
ここはマトワール市から西に150kmほど離れたネジマ共和国の首都キャピタル・ネジマ。
その市街の中心部にある軍司令部の最奥にある司令室で、司令官が若い男性士官を詰問している。
「それで?栄えある我らがネジマ共和国が誇る特殊部隊黒豹の2個分隊が、反乱軍の輸送部隊を仕留めそこない、さらには2名の負傷者を出して…とんだマヌケではないか。そうは思わんかねハインツ・デイグナー大尉」
事の発端は昨日、俺達の部隊が反乱軍の輸送部隊への襲撃を失敗したことにある。
「し、しかし司令、反乱軍には優秀な狙撃兵がいました。それに、反乱軍の人数も情報よりも増えていましたし―――」
たかが反政府軍と傭兵であれば、いつものように楽に成し遂げられる任務であった。が、彼の反論する通り、そうではなかったのだ。
「馬鹿なことを言うな!奴らが直前に立ち寄ったマトワール市ではドライバー1名と荷台に3名との報告が情報部から上がっている!どこで増えたというのだ!?…いや、違うな。仮に貴様の主張が正しかったとしよう。それで、いったい反乱軍は何人いたのだね?」
「それは…5名です」
「そうか5名か!たった1名増えただけではないか!それに、君があのとき率いていたのは2個分隊だ。1つは通信に割り振っても残る1つは純然たる戦闘分隊だろう?たとえ反乱軍が優秀な狙撃兵を有していたとして、何の問題があったのかね?」
たった5名の烏合の衆に、正規軍特殊部隊の俺達2個分隊は歯が立たなかったのだ。そして攻撃分隊に2名の負傷者が出てしまい、俺達は撤退した。
「しかし、戦闘教義では部隊の損耗率が3割となった時点で撤退すべきとあります。よって私は、既に輸送トラックの破壊には成功していたため損耗が増大する前に撤退すべきと考えました!」
「…それで?デイグナー、貴様の言い分はそれだけか?」
「はッ!以上であります」
すると、先ほどまでデイグナー大尉を怒鳴りつけていた司令がトーンを下げて喋り始めた。PCのキーボードをタイプする音が聞こえてくる。
「では、貴様のためにたった今情報部から届いたばかりのホットな報告書を読み上げてやろう。内容はこうだ―――
本日7月28日1542時。襲撃を受けた反乱軍の輸送部隊が、同救援部隊の車両にて反乱軍キャンプに帰還。
輸送部隊のドライバー1名が上半身に重度の火傷を負うものの、同乗していた正体不明の医師の治療により一命を取り留める。
他、輸送部隊と救援部隊への人的損害無し。
反乱軍は輸送車両を1台失ったものの、積荷の8割の回収に成功した」
報告書を読み終わった司令が再度、大尉へと口調を尖らせる。
「―――どうだね?我が国の情報部は優秀じゃないか。それに比べて君は、積荷のたった2割しか損害をあたえていないじゃないか!?輸送トラックの破壊に成功したぁ?そんなもの内戦の終わったリビアからいくらでも流れて来るんだよ!いいか!貴様は失敗したんだ、今回の作戦で貴様は何一つ成功していない!わかったか!?わかったらさったと出ていけ!」
「…失礼しました」
大尉が激昂した司令に追い立てられるように、そそくさと退室してきた。
「………」
司令室から出てきた私を無言のバラクラバ姿で迎えたのは、私の副官のメリッサ・バートン少尉だった。
彼女は我が国には珍しく海外留学も経験したことのある、いわゆるインテリなのだが―――
「………」
無口だ。
とりあえず、懸案事項だけでも歩きながら質問する。
「バートン少尉、負傷したハールカスとナーセルの容体はどうなっている?」
「ハールカス軍曹は幸いにして軽傷だったため1週間で部隊に復帰できます。しかし、ナーセル曹長は弾を受けた右腕が搬送時には既に壊死していたため二の腕から切断したとのことです」
「そうか。…ナーセルもか」
「ナーセル曹長は“特務”を熱望しています。いかがされますか」
「承認するしか、ないだろうよ…」
司令部の建物を出ると、熱帯の暑い陽射しが照り付けてきた。雲など欠片も無い。
停め置いたままの幌付きジープの助手席に乗り込み、しばらくして火を点けたばかりの煙草を咥えたバートン少尉が運転席に乗り込んでくる。
いつものことだが、煙草に火を点けるために上官を待たせるのはどうかと思う。…まったく、この国じゃ高級品だというのに。
少尉がジープを発進させ、もう一つの目的地へと走らせる。
「着きました。首都病院です」