マトワール空港小話
とんでもない厄介事が起きてしまった。
ここはネジマ共和国、マトワール空港の到着ロビーだ。…ああッ、クソッ!
この国は内戦中だから外務省が退避勧告を出しているというのに、そんな危険な国に旅客機の緊急着陸によって126名もの邦人が一挙に乗り込むことになっちまった。
「まったく、何もなければ良かったのだが…」
「岡田 武様~、岡田 武様~!どちらにいらっしゃいますか?!夕食をお受け取りにいらして下さい!」
先ほどから客室乗務員が呼び掛けているが、乗客の1人が見当たらないのだ。
しかも、その乗客の座席は私の隣だったという。つまり、離陸前に携帯ゲーム機で遊んでいた少年が行方不明なのだ。
「新藤さん、空港の建物内をかなり捜索しましたが、行方不明の乗客の少年の行方はまだ見つかっていないようです」
「そうか、…まだ見つからないか」
「それと、もう一つ…」
「なんだ?」
副機長の顔色がとんでもなく悪い。とても嫌な予感がする。
「CAの1人が捜索中に見つけたのですが、発着ロビーと外を隔てているはずの通関ゲートが一カ所、無人のまま開放されていたとのことです」
「それは、まさか…」
「少年が空港の外へと繰り出してしまった恐れがあります…」
「な、そんな…。内戦中の、何時何処で戦闘が起きてもおかしくないこの国で?この空港でさえ安全とは言い切れないのに、その外に出て行ったって?!」
「その可能性があります」
「なんということだ…」
空港の大きく取られた窓の外へと視線を向ければ、空港から漏れる光で照らされた地面が僅かに見える程度。その向こうは何も見えない暗闇だ。
今頃、何も無ければフランスで防衛駐在官として着任する予定だったが、そんな展望は脆くも崩れ去っていた。