名無しの砂漠
名前も知らない、名も無いようなだだっ広い砂漠で、
逃げながら、追いかけながら、
盛んに銃火を、そして命を散らしていく。
パララララララララララララッ
パララララララララッ
前を逃げる3輌の簡易武装車両からばら撒かれる機銃弾、だがその勢いは決して強い訳では無い。
むしろ、段々と衰えてきている。
それに対して、俺ら追撃している側の簡易武装車両は20輌を超える。
火力の差。その彼我は圧倒的だった。そして―――
ボムッ!
「また1台やったぞ!あともう少しだ!」
味方の誰か、他の簡易武装車両に同乗している誰かが叫ぶ。
俺の乗っている簡易武装車両の荷台の縁から顔を覗かせると、敵の簡易武装車両の1輌が炎上しながら安定を失いスピンするところだった。
それと同時に銃座に据え付けられた重機関銃のリロードが完了する。
まだ前を逃げるガンシップを照準に収め、トリガーを押し込むと、
ドドドドドドドドドド
14.5mm弾の凶悪な破壊力が、敵のガンシップに引き寄せられていく。
敵の簡易武装車両の即席銃座の装甲板を障子紙のごとく貫通し、その中で爆ぜる。
きっと運転席にも穴を開けたらしく、よろよろと道を外れていく。
そして、めらめらと炎が上がり始めたところで最後の1台に視線を、砲口を向ける。
弾がまだ十分にあることを確認して、もう一度トリガーを―――
トントン
いきなり、肩を叩かれた。
「え?」
叩かれた方へ振り向くと、戦場には似合わないスーツ姿のオッサンが顔をしかめていた。
「そろそろ離陸するんだから、ゲーム機の電源切って。携帯もだよ」
まあ、そのはずだ。
ここは戦場じゃなくて成田空港で離陸待ちの旅客機の中だから―――だけれども、その言葉の理由が分からなかった。
「え、なんで?」
「なんでって、そりゃあ飛行機は―――」
ピーンポーンパーン
唐突に、アナウンスがオッサンの声を遮った。
『こちら、当機の機長を務めさせております高峰です。
現在、当機と管制塔との間に重大な通信障害が発生しております。
お客様方につきましては、一旦、携帯電話やゲーム機、音楽プレイヤーなどの電子機器の電源をお切り下さるようお願い致します』
「―――と、いうことだ」
「す、すみません」
ここ2年間高校に行くだけの、それ以外で家から出たことなんて無かった引きこもりの俺には、大分一般常識というものが欠如してしまったようだ。
ピーンポーンパーン
『こちら、機長の高峰です。通信障害は解消されました。ご協力ありがとうございます。当機はまもなく離陸を開始致します』
そして、ゆっくりと機体が動き出し、離陸した。
子供の頃に味わったようなあの感動が来ることは無かった。
ポーン
また、この音がして電光掲示板のシートベルトアイコンが消えた。
目的地までの10時間もゲーム機のバッテリーが持つはずも無い。おとなしく寝ていよう。
ポーン
7時間ほど経っただろうか、そんな時にまたあの音がして目が覚めた。
『こちら機長の高峰です。当機は機体のトラブルにより、付近の空港に緊急着陸することになりました』
そんなせいで、ざわざわと辺りが騒がしくなり始めた。
『繰り返し申し上げます。当機は機体のトラブルにより、付近の空港、ネジマ共和国のマトワール空港に緊急着陸することになり―――』
「お、おい!エンジンから煙が出てるぞ!」
アナウンスの途中、そんな声が聞こえた途端にパッと辺りが静まり返った。
どうやら、右窓際の客が気付いたらしい。おかげで、さっきよりも騒がしくなった。
例のマトワール空港とやらに着いて調べたみたらどうも燃料が漏れていたらしく、明日の朝に代わりの飛行機が来るまでこのネジマ共和国にカンヅメの様だ。
にしてもこの空港、至る所全ての売店が閉まっている。
ココの現地時間、時計では午後2時半ほど。とても閉店時間には程遠いはずだ。
それでも、やっと見つけたのは飲料自販機と現地通貨との両替機。
日本で替えておいたユーロ札を一枚両替機に突っ込み、出てきた札をそのまま自販機へと。
何を飲もうか迷おうとしたのに、全部が某Cの字の赤いコーラだったのには呆れた。
さて、喉は潤したが腹は減っている。
多分、空港の外になら店があるだろうと追加で替えた現地通貨を財布に納め空港の外に繰り出すことにした。
空港を出てしばらく、かなり市街地を歩いたと思うがどこも閑散としている。
雰囲気としては戦争映画でよく見るような中東の町だ。だが人が見当たらない。
「―――っと、第三種接近ってか?」
唐突に、後ろから車のエンジン音が聞こえてきた。
ちょうどいい、どこか飯の食える所を教えてもらおう。
近づいてくる車、ゲリラ御用達でもあるTOYOTAのピックアップトラックに向かって手を大きく振る。
「おーい! すとっぷ! すとーっぷ!」
幸運なことに、こんな英語モドキでも車はちゃんと止まってくれた。
「へい! わっとゆー?」
ドライバーの何だか気前の良さそうな兄ちゃんも英語モドキだった。
「あいむ はんぐりー! うぇあー きゃん あい いーと?」
「ゆあ はんぐりー? おーけー おーけー! らいど らいど!」
後ろの荷台を指差しながら、らいどってことは乗せて行ってくれるらしい。
なんて気前の良い兄ちゃんなんだ!
そう嬉々として荷台へと這い登ると…
「え?」
いかついお兄様方が3名。そして隅の方に置かれた、黒いビニールシートで覆われているモノの凹凸が気になるのは僕だけじゃ無いはずだ。
だって、とっても金属質な物体が下からはみ出てるんだよ!?
呆然とする俺を乗せたまま車は走り出し、そして市街地を抜け、砂漠へと出た。