プロローグ
ポタ…ポタ…。
染みが付いた天井から、水滴が落ちるの見た。
水滴の落下地点には、鼠の頭。
水滴を浴びた鼠は、慌てるように何処かへ駆け出して行ってしまった。
次に聞こえてきた音は、足音だった。
約一秒毎に、鳴り響く。表現するならば、小気味良い音とするのだろう。
足音は徐々に近づき、やがて去って行った。
監視を請け負っている警官が歩いてできた足音だ。
脱獄者がいないか、変な行動を起こそうとしてる奴はいないか、囚人を見張り続けるだけで金を貰う、家畜みたいな野郎だ。
もっとも、この牢に入ってる奴等の方が相当な屑共なのだが。
固い石で出来たベットの上に寝そべりながら、ただ耳を済ませる。聞こえてくる音は、水が滴り落ち床にあたる音と、囚人の苦しむような呻き声だった。
「汚い音色だな」
静かに目を閉じる。
目を閉じたからといって、すぐに眠れるわけではないが、疲れを癒すために目を閉じた。
今は、何時なんだろうか。そもそも、今は昼なのだろうか、夜なのだろうか。まさか、朝だったりするのだろうか。
此処に居る限り、決して外の明かりを拝む事も、感じる事も出来ない。明かりと言えば、弱々しい照明の灯りだけだ。
しかし、囚人と言っても人は人。人権は一応あるらしく、唯一の灯り、照明の色が毎日変わる。
今日の照明の色はオレンジだった。
目を瞑ってから何分経過したのか。
再び目を開けた。
もしかしたら、自分は寝ていたのかもしれない。少し、クラッとする頭を不愉快だと思いながら、寝返りをうつ。
この檻には、自分一人しかいない。
と言うより、一人しか入れないスペースの檻だった。これを独房というのかどうか、頭が壊滅的に悪いのでよくわからない。
もう一度寝ようと考え、目を瞑ると、また足音が聞こえてきた。今度は、二人か三人分くらいの足音だった。正確な人数までは、判断出来ない。
確実に言える事は、一人分の足音では無いって事だ。
その足音は、この、今自分が居る、檻の前で止まった。
気になって、そちらに体を起こした。しかし、誰が立っているのか、思わず目を細めてしまって、顔を見る事は出来なかった。
強烈な白い光。
懐中電灯というやつであろう。この牢にぶち込まれる前、一度だけ目にした事がある。特に興味は惹かれなかったし、使う事もないと思った。
「これが、156番です」
聞き慣れた男の声がした。この声は、いつも自分達囚人を監視している警官だと分かった。
「ほう。聞いていたより、随分と若いな」
聞きなれない男の声だ。顔を拝もうとするが、まだ目が慣れない。
「ヒャッハー。良い目付きしてるじゃねェーか。コイツするわ」
女の声だ。何故、女の声がと考えつつも、目を慣らすため瞼を何度も開閉する。
「しかし、156番は…」
警官の困った声から察するに、この男女には逆らえないのだろう。
囚人は、何の話をしているんだ?と思った。彼らの言っている事を理解はできるが、意味がわからない。話についていけない。
それから、数分の問答の末、警官が折れた。
「分かりました。では、手続きをしていただきますので、こちらへ」
警官が案内しながら、歩き出す。男も女も、後へ続いたが、女の方は去り際に一言、言ってきた。
「テメーは今から、私等の仲間だ」
結局。最後まで会話から取り残されたこの囚人は、考える事を止め、再び石のベットに横たわった。
これから起こる、合唱祭を予測出来ないまま。