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暮乃 仁 (くれの じん)

「時間を巻き戻す方法…。 なんだよそれ」

家のエアコンが壊れてしまい、暑さから逃れようとやってきた図書館で、そんなことが書かれた本を見つけた。 退屈だったこともあり、ひやかしがてらに読んでみることにした。

「ふーん…。 すっごい簡単だな。こんなんならやってみてもいいかも」

本当に本当に簡単で、何を用意する必要もなく、何か長い呪文を覚えたりでもない。 ただ、目と耳を塞いでどこまで戻りたいのかだけを考えればいい、というものだ。 他の事は考えてはいけないらしいが、多分いけるだろう。

今度テストの時にでもやって点数稼げねェかなーとか考えつつ本を元の場所に戻し、他の本を漁っているうちに記憶も時間もガンガン上書きされていって、帰るころには何故図書館に来たのかという根本的なところから完全に忘れ去っていた。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

「そういえばさー、いつの間にか涼しくなったよね」

「そういやそうだな。もうエアコン壊れたことも気にならなくなったし」

「あははっ、なにそれ。ちゃんと冬までには直しといた方が良いよ?」

「そうするよ。次どこ行きたい?」

残暑もいつの間にか過ぎ去って木々も色づいてきた街を、俺は友達と二人で歩いていた。傍目から見たら恋人同士にでも見えるかも知れない。 自分も少しだけそれを望んでいたり。まあ多分、ずっと友達以上にはなれないんだろう。それでも、思うくらいは自由だし、今はそばにいるだけでも十分に楽しいから、大丈夫。多分、こんな淡い思いなら永遠に残り続けることもないだろうし。


そんなことを考えていた時だった。


唸るような轟音と悲鳴、ゴムみたいなものが焼ける嫌な臭いが、すぐ横を通り過ぎた。 車?ハンドルミスで、こんな所に突っ込んできた?木をなぎ倒して。 っていうか、ちょっと待てよ。 すぐ横ってことは。 隣には誰もいない、じゃあどこに。 車を探す。 あった、壁にぶつかって潰れている。見る影もない。 その下に、え、下? 潰れてるよどうしてこんななんで。 見たくない見たくない悲鳴も遠く流れる。 見たくないから目を閉じる。 当たり前だ。 ブレーキ音が耳に張り付く。 うるさいから耳を塞いだ。 どうしてこうなったんだよ。なんで、彼女が。 頼むからやり直させてくれ。彼女が死なない未来を。 戻してくれ。戻れよ。 戻れ戻れ戻れ―――――


「………あれ?」

目を開いたら自分の部屋だった。気を失ってしまっていたのか? だったら今は何時だ。 ベットから降りて携帯を見つけ、時間の確認をした。

「×月×日  午前9時…。 いやおかしいってなんで時間が戻ってるんだよ」

勘違いじゃない。 確かにこの日の午後3時に彼女は事故で死んで…。


『時間を巻き戻す方法…。 なんだよそれ』


急に図書館で見つけたバカみたいな本のことを思い出した。 方法は確か、目と耳を塞いで戻りたい時間のことだけを一心に考える、だったはずだ。 

「あ」

やっていた。 じゃあアレは本当だったのか? そんなわけ、

『――――――――――――』

電話の音。全く同じの。 じゃあ、相手は。

「…もしもし」

「あ、仁君? 私だけどー」

「      」

「あ、そうだね。ごめんごめん」

本当に、本当に時間が戻ったっていうのか? 無意識に前回と全く同じ回答をしてしまう。

外に出る。全く同じ景色、人、鳥の声。ここから先もきっと同じだろう。

 じゃあ、やり方次第では、もしかしたら。

「そういえばさー、いつの間にか涼しくなったよね」

「そういやそうだな。もうエアコン壊れたことも気にならなくなったし」

「あははっ、なにそれ。ちゃんと冬までには直しといた方が良いよ?」

「そうするよ。 次あっち行こうぜ」

通る道を変える。これで、車に轢かれることはなくなるだろうか。それとも、結果は同じ?

「それでさ、 ……どうしたの? なんか元気ないよ?」

「いや、大丈―――― !」

強く彼女の腕を引いたが間に合わず、彼女は運転のミスで横転したと思われるトラックの下敷きになってしまった。 残った彼女の左腕を掴んだまま、ただ茫然と立ち尽くす。

まただ。 また駄目だった。 なんでだよ。 頭が真っ白になった。


また無意識のうちに戻ってしまっていたらしく。日付は×月×日を指している。

今回は彼女と会わないことにした。

駄目だった。 ニュースに彼女の死が映った。

何回も何回も繰り返した。 そのたびに色々なことを変えた。 10回目くらいから日記に細かくその時の行動を記すようにした。じゃないと記憶は簡単に薄らいで消えてしまう。

彼女は何回繰り返しても死んでしまう。或るときは飛び降り自殺者に巻き込まれ、ある時は電車のホームから落ち、ある時は通り魔に殺され。


彼女の死の感覚が麻痺して薄らぎ、日記帳が部屋を埋め尽くすほどの数になるほど同じ日を繰り返したころ。

俺は、一つの解決法を残酷な日々から見出した。

一回しかチャンスはない。 絶対に失敗するわけにはいかない。


「そういえばさー、いつの間にか涼しくなったよね」

「そういやそうだな。もうエアコン壊れたことも気にならなくなったし」

「あははっ、なにそれ。ちゃんと冬までには直しといた方が良いよ?」

「そうするよ。次どこ行きたい?」

一回目と全くと言っていいほど同じ。 このままでは午後3時に彼女は死んでしまう。


だから。

「それでね、 ……どうしたの?」

あと5秒。

「………ゴメン」

彼女を強く突き飛ばす。軽い彼女は簡単に遠くまで行った。 あと2秒。

「痛っ。 ちょっと、何す―――― っ!」

目の前に轟音と焼けつくような臭いが走ってきた。軌道も全く同じみたいだ。

つまり、突き飛ばされた彼女には車は届かない。  まあ、自分にはぶつかってしまうのだが。

強い衝撃。視界が赤く染まる。 ゴメン。君にこんなに痛い思いを何度もさせてしまって。頼むから成功してくれ。 最後に、なってくれ。

世界が暗転した。

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『本日未明、奈倉町で運転を誤った車が歩道に侵入するという事故が発生しました。 通行人7人を巻き込む大事故となりましたが、奇跡的に死者はおらず―――――――――』

副題は「落ち葉の悼み」です。

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