千史 章好 (せんじ あきよし)
「さあさお立合いお立合い!今からかの哲学者ディオニシスの言葉をこの‘箱神様’が代弁するぞー!」
なんでもこういうと足を止める人や、わざわざこれを見に来るいわゆる『箱神様』信者がいるらしい。この巨大な箱の中は空だ。ついでに言うとディオニシスなんて哲学者もいるかどうかなんて分からない。多分いても全然有名じゃねえ。
「…人が集まったようです。では、‘箱神様’、代弁お願いします」
俺はそういって箱の後ろにボイスチェンジャーを持って隠れる。渡された紙に書かれた言葉…つまり今回で言う『哲学者の言葉』をさも箱の中から言ったように読むのが俺の仕事だ。箱に近づかれすぎるとばれるから、神具のようなものを置いてもしもの時隠れられるようにしておいた。
「…びおのいじょjmfりおb…ヴぇおいふぇをいg………gvjれおいbg」
えー…なんだよこれどうやって読めっつーんだよ。ぜってーワープロの鍵適当に叩いただけだろ。しかもこれで信者様は喜んで金払ってくれるんだ…ほんっと馬鹿だろ。
「ぇうhbヴィン…いうd…f…この世界は…今…終焉を迎えようとしている」
意味不明な言葉が終わったと思ったらこれかよ。何とんでもないこと言っちゃってんの?しかも信者もこれでマジに怯えるとか………引くわ。
「しかし…人々が怯え竦む中に一人の…‘英雄’が現れる。世の終焉を望まぬものは其の者に供物を与え…崇めよ…さすれば世界は救われん…」
読みながらつい笑いそうになっちまった。吹いたらばれちまう。そうなったらクビになるどころかこの信者たちにどんな目にあわされるか…。てか考える人も結構適当だよな…。
「そのものの名は…×××××」
名前のとこは書いてなかったんで適当にごまかした。これで‘箱神様’の代弁とやらは終わりだ。哲学者の言葉とか言ってる割には単なる『お告げ』じゃねーか。これで泣いて喜んでる信者たちが哀れに思えてならねーな…。
「‘箱神様’有難うございました。では、皆様に‘箱神様’のご加護があらんことを…」
これで俺の仕事は全部終わり。あとはお金を信者からもらって‘箱神様’を祀ってる教団「染光会」に
活動報告をするだけだ。
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「ただいま戻りました」
「おー、お疲れ様」
そういって出迎えてくれたのは教団幹部の風中 涼志さんだった。この人が実質の染光会のリーダーのようなものらしい。確かに、なんてことはない姿恰好なんだけど、何というかカリスマのようなものを感じる気もする。
「信者様の御慈悲です。」
「ああ、よくやったな。これがお前の分だ。じゃあ、行っていいぞ」
そういわれて、俺は教団の奥へ向かう。『本物の』箱神様がおられるところへ。
あの話を聞いて泣いて喜んだ信者共は本当に馬鹿だ。だって、本物の箱神様がわざわざあんな奴らの為に『お告げ』なんかしてくださるわけがないだろう?
本物の箱神様は、ただ「見ているだけ」だ。世界中の全ての善を、悪を。
そしてすべてを許してくださる。全てのことを寛容に包み込む。
「…箱神様…」
俺は恍惚の表情を浮かべているのかも知れない。箱神様を見上げ、拝む。
『箱神様』が、俺を見てくださっているような気がした。
副題は、「空箱様」です。