表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

動物企画

動物企画「迷って転生」@もり

作者: もり

 

 私が極度の方向音痴だって自覚は十分あった。

 人生にも常に迷っていたし、今も迷っている。

 私は恐らくあの世と言うものにいるのだけど、逝くべき場所がわからないのだ。


 このまま浮幽霊となるのかな?


 そもそも私が死んだのは、人生に三回あると言うモテ期が二十四歳にしてやっと来て、三人の男性から告白され、迷った挙句選んだ彼氏がずいぶん自分勝手だった事が原因だった。

 彼はアウトドア大好き人間、私はひたすらインドア派。

 それなのに強引に山だの海だのと連れ出され……って、そこまでは良いとしても、慣れない私を夏山登山に誘っておきながら、どんどん彼だけ先に行ってしまい、遅れた私は遂に遭難してしまったのだ。


 ええ、そうなんです。ぷぷ。

 おっと、失礼。


 とにかく夏山を馬鹿にしてはいけない。

 だって、きちんとした装備で入山した私でも結局こうしてあの世へと逝く羽目になったのだから。

 あの時、私がいない事にも気付かずに先へと登って行った彼に腹が立って、化けて出てやろうとしたら、また迷った。

 彼の家がわからない。

 仕方なくあの世へと逝こうとしたら、これまた三途の川とやらがわからない。

 しばらくフヨフヨしていたら、なんだが光る球体がやって来た。



『やっと、見つけました! もう、ちゃんとついて来て下さいよ! こっちです』


 え? 私の事かな? まあ、いいや。憑いて逝こう。


「あの~? これからどこへ逝くんですか?」

『はい? ああ、貴女は前世で良くも悪くも何も成し遂げなかったので、このままもう一度転生してやり直して頂きます』

「ええ~? なんかもっと大業を為せばよかったってことですか? でも、そんなの無理じゃありません?」

『何言ってるんですか! 大業じゃなくても、何か生きた証を残して下さい。やれば出来ない事なんてないんですから、しっかり頑張って下さいね!』

「そんなあー」


 やっぱり生きるのって大変なんだ。死んでからも、こうしてもっと頑張れって言われるんだから。

 そう落ち込んでいると、光る球体さんを見失っていた。

 要するにまた迷ってしまったのだ。


 どこへ向かったら転生が出来るのかな?……とにかく、こっちに進んでみよう。

 だって、なんだかあったかくて、子供の頃、お母さんに抱かれた時のように気持ちいい感覚に……。



 * * *



「ギャ~ス!!!」


 産まれた~!! 転生出来た~!! やった~!!

 って、あれ?……私、前世の記憶があるみたい。

 というか、何か変な感覚なんだけど……?


 自分を見下ろせば、硬い鱗に覆われている。

 これ、私の体かな?

 ヨイショと……あ、動く。うん、私の体だ。


「まあ、なんて綺麗な子が産まれたのかしら?」

「本当だな。見事な赤胴色の鱗だ」


 上から大きな声が聞こえたので見上げると、ビックリ仰天、驚いて声が出ない。

 私を見下ろしているのは大きな牙を持った二匹のドラゴンだった。

 東洋の龍じゃなくて、西洋の(ドラゴン)


 んん? これは一体どういう事?

 もう一度自分を見下ろせば……やっぱり私の体は鱗に覆われていて、手には鋭い爪もある。その下には私が今まで包まれていたらしい卵の殻。

 どうやら私、迷った挙句に間違ってドラゴンに転生してしまった!?



 * * *



 最初はちょっとばかり嘆いてみたりもしたけれど、意外とドラゴンも悪くなかった。

 優しい両親と愉快な兄弟達に囲まれて、満ち足りた幸せな生活を送れていたから。

 そう……ほんのちょっと前までは。

 そして今、私は再び迷っている。

 兄弟達と住処のある山でかくれんぼをしているうちに、調子に乗って遠くまで来てしまったようだ。

 どうやったら帰れるのか全くわからない。


 山で遭難した時には動きまわらずに見つけてもらえるまでジッとしていないと……で、前世はそのまま死んじゃったんだけどね。

 ははは…………クスン。

 お腹すいたな。でもまだ狩りってした事ないし。

 困って辺りをキョロキョロ見回していたら、何やらガサガサと茂みが動く音がした。


 ん? 何かな? おいしそうな熊だったらいいな。

 って、人間だー!!!

 久しぶりに人間を見た!! 何十年ぶりかな? なになに? ここに何しに来たの? 

 あれ? そう言えば、前にお母さんに人間は怖いから近付いちゃダメよって言われなかったっけ?……どうしよう?


『おい! 子供のドラゴンがいたぞ!!』

『親は? いないか!?』

『いないみたいだぞ!! チャンスだ! 捕まえろ!!』


 あれれれれ??? 縄で縛られるなんてそんな! お兄さん達、優しくしてね!

 じゃなくてー!!

 なんで捕まっちゃうのー!? おかあさーん!!


『おい! 親を呼んでるぞ!!』

『早く口を縛れ!!』


 んぐぐぐ!! マジで!! 人間怖い~!!



 * * *



「クスン、クスン……」

「おい、お前。さっきから煩いぞ。いつまでメソメソ泣いてんだ?」

「だって、人間に捕まって……気がついたらこんな所にいるし。お母さん達いないし……」

「あー、お前まだ子供だもんな。まあ、捕まっちまったものはしょうがないさ。諦めてそのメシしっかり食って元気出せ」


 人間歴二十四年+ドラゴン歴四十二年(推定)だけど、ドラゴン年齢で言うならまだ小学生レベルの私は、やっぱり親元からいきなり離されたりしたら心細くて悲しい。

 しかも、囚われの身なわけで、なんだか頭も痛い。

 で、泣いていたら、隣の小屋? にいるおじさんが慰めてくれた。

 良い人……良い竜だな。


「おじさんは? 食べないの?」

「おじさんって失礼だな。俺はまだ花の二百十六歳だ。まあ、今日はちょっと傷が痛むから、あんまり食欲がなくてな」


 筋肉ムキムキでなんだか渋い雰囲気だからおじさんかと思ったけど意外と若かった。

 ドラゴンは千歳くらいまで生きるらしく、二百歳代なら人間で言うと二十代後半なのだ。

 というか、大丈夫なのかな?


「怪我しているの?」

「ああ、この前の戦でちょっとな」

「戦!?」

「ああ、そうだ。……残念ながら、お嬢ちゃんももう少し大きくなったら戦に狩り出されるな」

「戦争なんていや!!」


 信じられない!

 戦うなんて出来るわけない!! 人がいっぱい死ぬなんて……。


「……諦めるしかないさ。お嬢ちゃんが寝ている間に額に宝呪(ほうじゅ)を埋め込まれたようだし。これで人間には逆らえない」

「宝呪!?」


 思わず額に手をやろうとしたけど……届かない。

 苦心して体を動かすと、足なら届いた。

 って、レディのする格好じゃないよ!!


 慌てて姿勢を正した? けれど、何か額の中心辺りで足の裏に硬いものが当たって、やっぱり何かが埋め込まれたのは本当なんだと実感してしまった。


「俺達ドラゴンが人間に逆らえないようにする為に魔術師が埋め込んだ呪いさ」

「呪い……。頭が痛いのはこのせいかな? ずっとこのまま痛いのかな?」

「いや、そのうち落ち着くさ。まあ、戦では怪我をする事はあっても、俺達は硬い鱗に覆われていて致命傷を負う事はそうそうない。死ぬのは人間だけだし、大丈夫だ」

「そんな……」


 そう言って眠る体勢に入ってしまったおじさん(じゃないけど)を、これ以上煩わせる事は出来なくて、私はただ呆然とするしかなかった。

 戦争に加担しないといけないなんて……。

 すごく悲しくて辛いけど、やっぱりドラゴンになっても何か為さないといけないということ? 頑張るしかないのかな?

 仕方なく用意されたご飯をもそもそと食べて、私も眠る事にした。



 * * *



 それから月日が経って、気が付けば私ももうドラゴン年齢六十三歳、人間で言うなら高校生くらいには成長した。

 もうお母さんもお父さんも私の事は諦めちゃっただろうけど、親不孝をしてしまったと、二十年以上経ってもまだ後悔してしまう。

 きっとこの気持ちは一生抱えて生きて行かないといけないんだろうな。

 って、何を追想してるんだって話だけど、実は明日、いよいよ私の初陣なのだ。

 あれから二十年以上経った今でも人間達の間では断続的に戦が続いている。

 なんて愚かなんだろう。


「ルル、緊張しているのか?」

「む、武者震いだから!」


 私の返事に「ククク」と笑うおじさん――グシオンは、あの日から何かと私の面倒を見てくれている。

 いつの間にか『お嬢ちゃん』じゃなくて、私のドラゴン名の『ルル』って呼ぶようになったグシオンは、空を飛ぶ練習にも付き合ってくれ、戦闘訓練でよく迷子になる私を探して見つけてくれたり、若いのに他のドラゴンからも頼られていて、リーダー的存在なのだ。


「とにかく、俺達の鱗は頑丈で、剣だの槍だのは役に立たないからな。注意すべきなのは同じドラゴンに乗った魔法騎士や下にいる魔術師からの攻撃だ。わかったな?」

「はい!」


 もう何度も聞いた事だけど、やっぱり身を守る為には大切な事だから、何度でもちゃんと返事をする。

 なぜなら、私の背に乗る魔法騎士はマーカスっていう金髪碧眼のまさに王子様って感じの素敵男子なのだ。

 人間年齢二十三歳の独身! 

 ああ、人間として出会いたかった……。

 マーカスは訓練で私が失敗しても怒らないで『次は頑張ろうな』って優しく慰めてくれる。

 今日も、『明日は一緒に頑張ろうな』って背中をくすぐるように撫でてくれた。


 ムフフ……ゲヘヘ……。

 おっと、失礼。

 とにかく! 私が怪我なんてしたらマーカスに迷惑を掛けちゃうし、彼を守る為にも絶対頑張るんだ!! 




 って、決意も虚しく緊張している。

 ガクブルだ!

 あ……今、サーチェスに鼻で笑われた。ムカつく!!


 サーチェスは銀色の鱗が綺麗に輝いていてドラゴンとしてかっこいいけど、能力がすごく高いからか威張ってて嫌い。

 しかも女の子に人気があるからって調子に乗っていると思う。

 今から戦場に行くと思ったら、誰だって震えるよ。 

 だって初めてなんだから。優しくして!! 痛くしないで!! って、叫びたくなるよね? 

 あ、はい。テンパって変なこと言ってごめんなさい。


「ルル、何をお前はさっきからブツブツ言ってんだ? 大丈夫か?」

「なんでもない! 大丈夫!!」


 グシオンに心配されて我に返った私は、近付いて来るマーカスに気が付いた。


「マーカス!!」


 急いで駆け寄り、猫のようにスリスリと頭を擦りつける。

 マーカスを一飲みに出来そうなほど私の頭は大きいけど、マーカスは笑ってその頭を撫でてくれた。

 くうっ! 今日のマーカスもかっこいい!!


『ルル、今日はよろしくな』


 うん! 私、マーカスの為に頑張る!!




 って、決意も再び虚しく、今は非常に恐怖を感じている。


 こわいー!! 殺意がいっぱい!! 戦争きらいー!!


 どうしようもなく体が震えて、飛ぶだけで必死でマーカスの言うように動けない。

 必死でマーカスに謝る。

 それでも、グシオンが今までなぜ敵対するドラゴンについては言及しなかったのかはわかった。

 私達は同種を傷付けられない。傷付く姿を見るのも本当は嫌なのだ。

 だから、私達はひたすら人間を攻撃する。そして人間の攻撃から身を守る。

 人間歴が二十四年あっても、やっぱり私はドラゴンで。

 同種が傷付くくらいなら、人間を傷付ける方を選んでしまう。

 そんな自分が酷く怖い!


「もう、いやぁー!!」

「ルル!! 落ちつけ!!」


 マーカスの声も聞こえない程に混乱していた私の耳に、グシオンの声が届く。

 半べそ状態の私を見て笑ったグシオンは「昔みたいだな」と呟いて、背中に乗せた王子殿下の命令通りに陣形を変えて少し離れた所に飛んで行ってしまった。

 グシオンのあの笑顔を見て落ち着いた私は、どうにかマーカスの言葉を聞いて指示通りに動けるようになった。




 結局、日没と同時に一旦両軍とも引いたので勝敗はその日には着かなかった。

 だけど、どちらかと言うと私達の国の方が優勢で、宿陣では明るい雰囲気が漂っていて私もようやくホッとしていたのに……。


「情けねえな、お前。いくら初陣でもあれはねえだろ?」

「な、何よ! うるさいな」


 むっかー!! サーチェス!!

 今日のあの無様な姿を見られていたのか!! それにしても持ち出さないでもいいのに!! ちょっと能力高くて……皇太子殿下を背中に乗せてるからってエリートぶってて嫌味なやつ!!


 この戦は皇太子殿下までが出陣する程の大きな戦なのだ。

 なんでも長きに亘る隣国との領土争いに決着をと、力を入れてるようだけど、そんなのジャンケンで決めればいいのにと思ってしまうのは安易すぎるか。


「お前の背に乗ってる騎士もいい迷惑だよな。気の毒に」

「うるさいって言ってるでしょ? 明日はもう今日みたいな事にはならないから!!」

「へ~? じゃあ、賭けるか?」

「はあ? 何言ってんの? そもそも賭けるって何を?」

「そりゃ、お前――」

「サーチェス、ルル、下らない事はやめとけよ」

「あ! グシオン!!」


 グシオンは私が困っているといつも助けに来てくれるから大好きだ。

 人望……じゃなくて、竜望? 厚いグシオンにはサーチェスも逆らえなくて、黙ってどっかに消えて行った。


「グシオン、昼間はありがとう。私、混乱しちゃって……」

「ルルは十分頑張ったさ。初めてにしては上出来だ」

「でも、サーチェスが……」


 ぼやいた私にグシオンは苦笑いする。


「あいつの事は気にするな。いや、気にしてやった方がいいのか?」

「何それ? 意味わかんないし」


 グシオンは益々笑みを深くしたけど、本当に意味わからない。

 でも、そんな事よりも……。


「グシオン、怪我は大丈夫なの?」

「ああ、こんなのは掠り傷だ。大した事ない」


 答えたグシオンは、今日の戦で怪我をした腕を軽く振って見せる。

 出会った時から、グシオンの体にはたくさんの傷があったけれど、今日また増えてしまった。

 でもそれは、全て誰か別のドラゴンを庇っているからなのだ。

 今日だって、背に乗せた騎士(王子殿下だったけど)の言う通りに動きながら、なおかつ他の危険な目に遭っているドラゴンを庇うのだから怪我をするのも当然だと思う。


「……グシオンは無茶をし過ぎだと思う。そんなの駄目だよ。もっと――」

「俺はこれでいいんだよ」


 グシオンは穏やかにそう言うと、尻尾で私の背中を軽く叩いて去って行った。

 心配する私の身にもなって欲しい。

 今日のような情けない自分が心配なんておこがましいかもしれないけれど……面倒見がいいのも度が過ぎると身を滅ぼしてしまうと思うから。



 不貞寝した私は、翌未明に陣の騒がしさに目を覚ました。

 まだ夜も明けていないのに、敵国が奇襲攻撃をしかけてきたのだ。

 混乱する陣営の中、マーカスが急いで私に走り寄って来た。


「マーカス! 無事でよかった!!」


 マーカスが騎乗しやすいように体を伏せながらも、安堵の声を洩らす。

 指示に従って飛び立ち、竜騎士達の陣形へと合流しようとしたその時――。

 敵の魔術師が地上を飛び立つ竜を狙って放った光の矢が私目指して飛んできた。


 よけれない!!


「ルル! 危ない!!」


 思わず目を瞑った私の耳に、グシオンの切迫した声が届いた。

 それから受けるはずの衝撃がいつまでも襲って来ない事に、いやでも現実を直視せざるを得なかった。


「グシオン!!」


 だから駄目だって言ったのに。無茶だって言ったのに。

 なんで私の代わりに傷を負ってるの? なんで羽ばたかないの? なんで地面に落ちて行くの?

 いやだ! もういやだ!! 気持ち悪い!! 吐きそう!!


 胃からせり上がって来る異物感。

 もういやだ!! 吐いてしまえ!!

 グシオンを傷付けた奴らに向かって、思いっきり吐き出す。


 オエー!!! 


 って、なんか火が出たー!!?

 燃えてるー!!?


『ルル! お前、炎竜だったのか!?』


 背中から驚愕に満ちたマーカスの声が聞こえる。

 え? 炎竜? 何それ?

 サーチェスが水竜だってのは知ってたけど……って、山火事―!!!


「サーチェス!! 山火事になっちゃった!! 消してー!!」


「バカ言うな! 見てみろ! あいつら散り散りになって逃げて行ってるだろうが!! グシオンの敵だ!! もっとやってやれ!!」


 グシオン!!


 私は急いで地上に落ちて行ったグシオンの姿を探す。

 あ、いた! よかった!! なんとか無事そうだ……。

 それでも傷付いたグシオンの姿を見ると、サーチェスの言葉通りもっとやってやらなければと言う思いが強くなる。

 当然だ。

 相手は人間だけど、それでも私の大切な同種を、大切な仲間を、大切なグシオンを傷付けられたのだから。しかも、私のせいで!!

 やってやる!! オエーって!!!



 その後、上空からの炎攻撃は予想していなかったらしく、敵軍はあっという間に撤退して行き、なんとか私達の国はこの戦では勝利を収める事ができたようだった。




「グシオン! グシオン!!」


 マーカスを降ろしてから急いでグシオンを探して走り回る。

 そして見つけたグシオンは治療師に傷の手当てを受けていた。


「グシオン!!」


「おお、ルル。大活躍だったな。まさかお前が炎竜だとは気付かなかったなあ」


「うん……。私も知らなかった。でも、そんな事より大丈夫なの? すぐに治るよね? また飛べるんだよね?」


 今まで見た中でも一番に酷いんじゃないかってくらい、グシオンの傷は深かった。しかも翼なのだ。


「……ああ、心配するな。今までもこれくらいの傷はいくらでも受けてるよ」


 そう言って、グシオンはいつもの笑みを見せてくれたけど、それでも痛みを堪えているように少しだけ顔をしかめていた。


 やっぱり戦争なんて嫌いだ。

 なんで人間達の醜い争いに私達が傷付かないといけないんだろう。

 お互いの国境に接する肥沃な土地を巡って始まった争いは、いつの間にか国のくだらない威信をかけた争いに発展して、肝心の土地はたくさんの兵士や馬や竜たちに踏み荒らされ、今はもう乾いた荒野と化してしまっている。

 本当に愚かとしか言いようがない。


 早く平和にならないかなあ……。


 だけど、そんな私の願いも虚しく、再び戦争が始まった。




 * * *




「ルル、殿下は優しい人だから心配するな」

「うん……」


 希少種のドラゴンの中でも更に希少種らしい炎竜の私は、マーカスじゃなくて王子殿下を乗せる事になった。

 以前なら、本物の王子様だって喜んでいたかも知れないけど、今はもう喜べない。悲しいばっかりだ。

 グシオンがもう空を飛ぶ事は出来なくなってしまったから。……私のせいで。


 飛び立つ前に危険がないか、魔法の気配がないか探るのは翼竜の常識なのに。

 あの時の私は焦るあまり、それを怠った。

 それでマーカスを危険に曝して、グシオンが傷付く事になってしまったんだ。

 王子殿下を乗せていてのグシオンの行動は褒められる事じゃないけれど、ドラゴンの習性だからって人間達も諦めている。

 でもグシオンは特に仲間意識が強すぎる。


 それで飛べなくなってしまったグシオンは地上で輸送とかの後方支援に回るらしい。

 何を輸送するのかは、今まで地上の事はあまり見ていなかったから、よくわからないけど。


「ねえ、グシオン……」


 なんて謝ればいいのかわからくて、結局「ごめんなさい」さえも言えてない。

 何度も言いかけて、言えない。もうずっと。


「グシオン……」

「なんだ? さっきから何が言いたいんだ?」

「うん……。あのね、ごめ――」

「ルル」


 やっと勇気を出して「ごめんなさい」と言いかけた私の言葉を遮ったグシオンは真剣な顔をして私を見た。

 そしてニヤリと笑うから、鋭利な牙が口から覗く。


「飛べない翼竜は、ただのドラゴンさ」

「……何それ?」


 どっかで聞いたセリフな気がするけど、いや、そんな訳ない。うん、それよりも。


「意味わかんないよ」

「そうか? 俺はこれから地上の星となって大地を駆け抜けるからな!」

「……豚の方がかっこいいもんなんだね……」

「何言ってんだ? しかも、知能の高いドラゴンを豚と比べるなよ。でもまあ、豚は美味いよな」

「うん、おいしいね」


 それからなぜか美食談義になってしまった。

 なんとなく、グシオンに話を逸らされた気がするけど、結局それ以上は触れない事にした。

 ひょっとして男のプライドってやつかも知れないから。



 そして、いよいよ王子殿下を乗せて飛び立つ時が来た。

 マーカスはまた新米竜に騎乗している。

 大丈夫かな? と心配しつつ、新米竜が若い男の子な事に安堵している。

 って、余所見している場合じゃなくて。

 ずっとグシオンとパートナーを組んでいた王子殿下の指示に集中しなきゃ。

 グシオンの分も頑張るぞ!!

 そう意気込んでいたんだけど……。



 なんか集中攻撃されてるし!!

 そんなに炎竜は邪魔ですかー!!?

 逃げろ! 逃げろ!! とにかく逃げろ!!

 


 殿下の指示通りに必死で逃げる。

 だけど、ちゃんと逃げながらも炎は吐いている。

 人間さん、ごめんなさい。

 でもそっちだって多勢に無勢で集中攻撃って卑怯だと思うし!!

 やっぱり人間を傷付けるのは嫌だけど、それ以上に生存本能が自分を守る為に働いている。



 あっ! グシオンだ!!


 上空から見かけたグシオンは心配どころじゃない顔で私を見上げている。

 大丈夫!

 そう叫ぼうとした瞬間、グシオンを狙っている魔術師に気付いた。


 ダメー!!


 グシオンを守る為に炎を吐く。

 それに気を取られていた私は、光の矢が放たれた事に気付くのが遅れた。

 光の矢は私の翼を貫く。


 熱い!!


 翼から伝わる感覚は痛みよりも熱さ。

 そして私は地上へと落下していった。


 メーデー!! メーデー!! 墜落してます!! 脱出願います!!

 って、ムリだしー!!

 こうなったら殿下だけでも助けなきゃ!!


 傷付いた翼を必死で羽ばたかせ、急降下しながらもなんとか無事に着地できた。


 うわーん!! 足がジーンって痺れてる!! だけど、今のちょっとカッコよかったかも!? 満点じゃない? 金メダル級だよ!!

 ……って、ここ敵陣ど真ん中―!!?


『ルル、大丈夫か? 無理させてごめんな。だが、ここから逃げないと……。走れそうか?』


 殿下の言葉に一つ返事して……一気にダッシュ!!

 逃げろー!! 逃げろー!! 退却だー!!



 私は恐らくテンパリ過ぎてたんだと思う。

 だって、殿下の指示通りに走ったつもりなのに、殿下の声はどんどん焦っていって、そして……。


 敵の本陣に到着していました。

 また迷っていたようだ。

 そして囲まれてしまった。


 ムムム……弾切れっていうか、どうも炎はしばらく出そうにない。

 ゲップがせいぜいだ。ゲプー!

 困った……。


『ルル……』


 殿下はなんだか泣いているような笑っているような、よくわからない声で私を呼んで、それから優しく頭を撫でてくれた。


『私が飛び降りたら、すぐに走り出すんだぞ?』


「殿下……」


 その言葉に殿下の覚悟を感じた私は、体の奥からムラムラと……いや、違う。メラメラと何かが燃え上がって来た。


 殿下は自分を囮にして私を逃がそうとしてる?

 でも、ここで殿下を死なせるわけにはいかないよ!

 だって、グシオンがずっと守ってきた人だから!!

 もう、こんな無駄な争いは終わらせたい!!

 その気持ちを、その勢いのままに体から吐き出した。


 オエー!!! 


 って、なんか青い炎が出たー!!?


 それからの事はよく覚えていない。

 ただ、遠のく意識の中で、グシオンが必死で私を呼ぶ声が聞こえていた。




 * * *




 で、私は今、表彰されています。

 なんて言うか……国民栄誉賞? 違うな。

 競馬で言うなら……桜花賞・オークス・秋華賞の牝馬三冠を制した女王って感じ?……やっぱり違うな。


 正直、よく覚えていないんだけど、あの時私が吐いた青色の炎は命を奪うものじゃなくて、邪な醜い心を奪うものだったらしい。

 そしてそれは戦場だけでなく大陸中に広がって……って、どんだけファンタジーなんだと思うけど、もう今更それは驚かない。うん。

 人間達は争う事を止めて話し合いによる解決に乗り出した。

 遅いよね!? でも、やっぱりもう争いは嫌だから素直に嬉しい。


 もう一つ、あの炎によってドラゴンの額に埋め込まれていた宝呪はみんな消えてしまった。

 それで自由を求めて自然へと帰って行ったドラゴンもいるけど、人間の元で産まれたサーチェスなんかは今更自然には戻れないって人間と暮らす事にしたらしい。

 私は両親の許に帰ろうかとも迷ったけれど、この先、また再び人間達が争いを始めないように出来るだけ側にいて見守ろうと思う。

 いや、決して……両親の住んでいるお山が分からないからじゃないよ? うん。

 いつかなんとかして、顔を見せにだけでも帰ろうとは思ってる。……迷わないように頑張って。


 そんな感じで、全てが幸せな結末になったかと言えば、そうでもない。

 すごくショックな事があったのだ。

 なんと! マーカスに婚約者がいたんだよー!! 知らなかったー!! この戦が終わったら結婚しようって約束してたって……。くう、ロマンチックじゃないかー!!

 しかも! 王子殿下ってば三人も奥さんがいたんだよー!! 何それ、ハーレムか!!


 いっその事、私も逆ハーレムを……なんて企んだけど、結局それは駄目みたいだ。

 あ、私はこれでもモテてるんだけどね! 負け惜しみじゃないからね!

 サーチェスからだって、この前告白されたんだから……ゲフフフ。

 おっと、失礼。


 でもサーチェスには悪いけど断った。

 だって、やっぱり好きな相手と(つがい)になりたいから。

 ドラゴンはどうも同じ相手と一生を添い遂げる習性みたい。両親も仲良かったしね。

 で……私の番はと言うと……まだ、いません。ガックシ。

 だけど狙いはもう定めている。

 これから猛アタックする予定。

 と言う訳で、行ってきます!!



「グシオーン!!!」

「ああ、ルル……って! ぐほっ!! ルル!! なんでお前はいきなり突っ込んでくるんだ!? 危ないだろうが!!」

「猛アタックしてみた」

「確かに、見事な攻撃(アタック)だったな」

「うん。恋には危険な駆け引きがあるといいんだって」

「ルル……それ……」


 なんだかグシオンは呆れているようだけど、私は本気だ。

 今度は迷うことなど少しもなかったし。

 私の生涯の相手はグシオンで間違いないから。

 だから絶対、落として見せる!!

 それから……きっと、この生涯を終えたら、私は極楽浄土に逝けると思う。

 ううん、無理矢理にでもグシオンと逝ってみせるんだから!!

 だから、光の球体さん。次はちゃんと迷わず憑いて逝くので、また迎えに来てね!!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ