あくる朝の物語
20XX年、人類は進化の時を迎えることとなる。
その進化は同時刻、世界中のあらゆる人間に起こった奇跡で、数百年経った今でも、そのきっかけや原因は解明されていない。
それまで当たり前だった日常が、非日常的になったその日。それは十二月七日の朝のことだった。
「…んあ?」
初めにその異変に気づいたのは、日本に住む深夜バイトの帰りの兄ちゃん。
ビルの隙間から昇ってきた朝日を浴びた瞬間、体の中からえたいの知れない力が溢れてくるのを感じた。
「……は?…………何だコレ?!何だこれっ!!!……力が、力がわいてくるよおぉ~!!」
力瘤をつくれば、がりがりだった筈の二の腕には立派な筋肉がついている。見れば身体全体が理想的な細マッチョに。興奮のあまりか、疲れきった身体は瞬時に回復した。
「やばっ!やばいよこれ、俺どうなっちゃったの?!」
何でもできちゃうんじゃね俺?!と身体の命じるがままに両手を突き出して思い切りジャンプすれば、なんと空を飛べる。
「母ちゃ――――ん!!俺、スーパーマンになったば――――――い!!俺っ、大学落ちたけどヒーローになれたど―――――!!!」
顔中涙と鼻水でどろどろにしながら満面の笑みを浮かべる兄ちゃん。…その母ちゃんも、同時刻に細マッチョ、スーパーマンになっていたことなどつゆ知らずに。更に、ビルの間を飛び回る彼のはるか下でも、同じようなことが起こっていた。
同時刻。自宅のベッドで寝ていた祐ちゃんは、体がむずむずするのを感じて起き出した。まだ5歳の祐ちゃんにはまだ眠い時間だ。
祐ちゃんは目をしきりに擦りながら、両親の元へと足を進めた。
「ママ、なんか目がへんなの~」
リビングでニュースを見ていた両親に、やたら夜目が利くようになった祐ちゃんが訴える。
「あら、祐ちゃん!その姿、私たちとお揃いね~」
ソファーに座っていたパパとママが揃って祐ちゃんを振り返った。その瞳孔は猫のように縦に細く裂け、細くてしなやかなしっぽがお尻のあたりから生えていた。
「ひっ………ひぎゃあああ~~~~!!!!!」
祐ちゃんの短い尻尾がぼっ!と太くなったかと思うと、祐ちゃんは外に飛び出した。
祐ちゃんははだしのまま屋根へと飛び乗り、本能的に安全を確保する。落ち着いた所でようやく外の状況を見渡し、再び尻尾を膨らませた。
各自の家から外へと、わらわらと出てくるパジャマ姿の人間たち。それも多種多様な姿で、髪と眼の色が赤や緑とカラフルな人が半分ほどを占めている。
他には空を飛ぶ人間や地面の土を盛り上げさせている女の子、次々と金属を他の物体へと造り替えている青年もいれば、自分の家のデザインをカスタマイズし続ける男など、とても自由な光景だった。
祐ちゃんが呆然とする中、マイペースな夫婦は平然とこの状況を受け入れ、コーヒーをすすっていた。リビングにあるテレビからは、ニュースが絶えず生中継を送っていた。
『………政府の発表によれば、この現象は世界中で観測されており、家族単位での変化が起こっているようです。その原因は今だ不明ですが、専門家の話によると………』
それから数時間がたった。人間たちはそれぞれに与えられた自分の力を大体使いこなせるようになり、外の人口も半分ほどになった頃、全国に放送が入る。
『政府から、国民の皆様にご連絡があります。本日は混乱を避ける為に、いつも通りの場所にご移動をお願いいたします。学生、会社員など以外の方々は地域ごとの所定の場所にお集まりください。』
放送した人間の能力だろうか、なぜかその男の声にはだれも抗えず、素直に大多数が帰っていく。
そしてその放送を怯えて聞く家族が、一組。
「今の放送……!どうしましょう、あなた!」
「分からないよ、俺だって家を出たくないよママ!」
「私なんて高校行かなくちゃいけないのよ!この先どうすればいいのー!!」
三人は体を寄せ合い、リビングの端で縮こまっていた。決して、壁に掛かっている鏡の方は見ない。その高さは天井まであり、壁の三分の一ほども占めている。部屋を大きく見せる役割をしていた。
「あなたがインテリアに、なんて取り付けるから…!外してきてよ!」
「俺の姿が映るじゃないか!いやだあー!」
夫婦はお互いの顔から目を背けつつ、罵る。娘が泣き始めた。
「私たち、これから自分を見るたびに緊張して生きてくしかないんだあ~!うわ~ん!」
そんな娘を、可哀想がるどころか利用しようとする母。娘にハンマーを持たせ、そっと背中を押す。
「マイコ、もっと泣くのよ!今なら涙で見えないわよね?チャンスだわ!さあ、鏡を割ってらっしゃい!」
「おいやめろ、あれは数十万したんだぞ!」
父親の言葉を無視して、ふらつきながら鏡にむかっていく娘。しかしハンマーを振り上げたところで瞬きをしてしまい、涙のベールは流れ落ちた。鏡の中の自分と目が合う。
「きっ………きゃああああ~~~~~!!!!」
悲鳴を上げながら倒れる娘。
「しまった……マイコー!」
慌てて父が娘の足を掴み、鏡の前から引きずり剥がす。父も鏡を見るまいと必死だ。
「さて、どうするべきか……」
俯いたままの家族会議が始まった。父が暗い声で切り出す。
「私たちは今まで、ほんとうに普通の、どこにでもいる中流階級な家族だったはずだ。」
うんうん、と二人が頷く。
「そしてパパをはじめママ、マイコも静かでありふれた生活を送ってきた。」
再び二人が頷き相槌を打つ。
「それからこれが重要なんだが、私たちは侘び寂び、彩りより味重視の食事や、しょうゆ顔に慣れたなんか茶色いイメージの日本人だ。そのために物が溢れた現代でも、きらびやかな(ゴールドな感じの)物に免疫がついていない。」
二人が激しく同意。父も私もだ、と頷いた。
「さっき外を見たんだ。でも皆、髪と眼の色が変わるか特殊な力を身につけているかのどちらかだった。」
「だから……………、その中にいても、この顔は、とても目立つ。」
「………うん。」
そろそろと、二人が顔を上げる。そして見た父の顔は、やっぱり何回見ても身体の芯に衝撃が走った。一見黒髪黒目の人形のような、どこを取っても完璧なパパの顔。それを見つめる二人もまた、動かなかったら世界最高峰の職人が作り上げた人形のようだった。
「………!!パパ、無理!ちょっと慣れてきたけどやっぱ無理!」
「マイコ!よく見なさい、これがこれから一緒に暮らしていくパパの顔よ!」
ぶはー!と顔を背ける二人の言葉に、なにげに傷つくパパ。
「…いいんだママ。パパだって、まだ二人の顔を直視できないもんな」
「ねえ、これから外に出るだけで注目の的よ、嫌ねえ。おちおち買い物もしてらんないわ」
ママがため息をつきつつ言う。ただ座っているだけで絵画のようだ、とマイコは見とれた。二段腹だった昨日のママを知っているだけに、目の前の美女が母親だとは信じがたい。
どうやら元の顔の面影のみ残して、体型もろとも理想的な姿に変わってしまったようだ。
「パパなんてな、元が普通なだけに、男で顔のいい奴がとっても苦手なんだ!これから鏡を見るたびに背筋が凍るなんて……元に戻してくれえ~!」
父が男泣きに泣く。バランスの良い姿なだけに、なんだか色気がある父の顔は、どんな顔をしてもかっこいいままだった。その分よけい可哀想にみえる。
「私なんか、年頃の人間が詰め込まれてる学校に通わなくちゃいけないのよ!あと1年もあるのに!これまで目立たずクラスに混じれていたのにー!」
マイコの言葉に、母が優しく慰める。
「大丈夫よ、どうせもう今までの学校なんて潰れるだろうから。政府って組織が新しい能力の出現で崩れるでしょうから、中世みたいに親戚まとめて一族って呼ばれたり、使える能力が高い順に身分制度が出来たりするかもしれないわね!」
「そうかなあ?なら大丈夫ね!」
マイコが見慣れてきたママの顔を見上げる。切り替えの早い母はすっくと立ち上がると、パンパンと手を叩いた。
「さあ、皆立ち上がって!放送の通り、出かける準備するわよ!」
「あなた、これでばっちりよ!」
「逆に目立たないかなあこれ…?」
父はスーツにサングラス、マスクの明らかに不審者装備だ。
「大丈夫よ、眼が合うと石になりますって誤魔化しなさいよ」
「パパ、いってらっしゃい!気をつけて!」
初めて玄関で見送ってくれる娘と妻。父はちょっと感動しながら出かけていった。その後姿は、隠しているにも関わらずスマートだ。
「さっ、マイコも行って来なさい!」
「うん、私なんだか吹っ切れた!どうせ貰うなら超能力みたいなのが欲しかったけど、むしろこの顔を武器にして学校を乗っ取る勢いよ。じゃあ、いってきま~す!」
マイコは意気揚々と外に出て行った。昨日まであった日常な風景はもうそこにはない。
日本中の人が外に出たため空は人間で半分埋まり、地上でも屋根から屋根へと身軽に移動する人や、歩いている人もカラフルだったり身体にもやのようなものを纏っていたりして、まるでファンタジーな世界だ。
そんな目立つ人々の中でも、マイコは注目の的だった。歩いている人々は皆釘付けだが、吹っ切れたマイコは気にしない。途中で会った、話したことも無い同じ高校の男子生徒の背中に乗って、びゅんびゅん進む。
高校では講堂に集まり、これからどうするのかの政府と先生からの話を聞いた。
雷を起こせる人がいるから電気会社はいらない。これからは、能力別で仕事が決まるだろうということだった。また、授業の半分はこれから通じなくなるので義務教育も縮まるらしい。
学生は落ち着くまで自宅待機を命じられ、その日は解散となった。
見た目が変わってしまったマイコ。仲のいい友達すら、緊張してなかなかいつも通り喋れない。クラスの女子はあの子とは比べられたくないと遠巻きに眺め、男子は自分の能力を見せびらかし、なんとかマイコの気を引こうと奮闘していた。
「俺、飛べるんだ!乗せてあげるから、これから遊びにいかない?」
「………………ぼ……ぼくは心が読めるんだな…………き、君の心も、よ、読めちゃうんだな………」
「…いやゴメン、あなた近づかないでくれる?」
……だれも居なくなった教室には、激しくショックを受けたおでぶが一人、取り残されていたという…。
「ただいま~」
マイコが家に入ると、マイコが帰り道までに引き連れてきた男たちがばらばらと散っていった。
「あら、おかえり!ねえ、聞いて聞いて!」
母がマイコに走りよってくる。その後ろに見えるリビングの机の上には、溢れんばかりの食料が積んであった。
「今日ね、これからどうなるか分かんないから、非常食を買いだめしようと思って、商店街行ってきたの。そしたらね、私の顔見たとたん、無料でいいって!あっ、半額のところもあったけど。この顔って意外と使えるのね!千円も使ってないのよ、お得だわ~!」
「ただいま!」
父が帰ってきた。サングラスとマスクはしていない。ネクタイを外しながら満面の笑みを浮かべている。
「聞いてくれよ!今日会社に行ったら、ちょうど他社の会長がうちに来てて。それであいさつした俺の顔を見た途端、君に決めた!って叫んだんだ。
ちょうどその会社ってのが世界的に有名な企業だったらしくて、あっという間に今の会社からその会社の顔に昇格したんだ。初めてこの顔に感謝したよ!」
「そう、なんやかんやで皆よかったんじゃない。」
母が締めると、二人が賛同した。
「ほんとね。」
「そうだな。」
『これからは、最大限に生かしていこうじゃないか…!!万歳!』
三人の声がハモった。
こうして、後に世界的にモデルとして活躍、おまけに政治面でも頭角を現して日本を動かしていく超セレブな一家が誕生したのだった。でもそれはまだ、数年後のこと。
おしまい。