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毎日声を聞かせてあげる

作者: HORA
掲載日:2026/07/18

その男はこだわりが人一倍強かった。

自身で決めたことは必ず達成する。

こだわりは彼にとって命よりも重かった。


高校時代に所属していた部活動の陸上。

こだわりを達成し続けることで全国大会に出場し良い成績を収める。

いくつかの大学からスポーツ推薦を受けつつもそれらを蹴り、

一般入試で偏差値の高い第一志望の大学へ合格。

大学ではできるだけ早く必要な単位を取得し、

大学3年の在学中でありながら起業をして成功を収める。

ミスコンのグランプリ女性への猛烈なアプローチにより伴侶を得て、卒業後にそのまま結婚。

順風満帆とも言える男の生活の裏には強いこだわりとその膨大な努力があることは言うまでもない。


新婚生活が始まるタイミングで男は妻に突然変なことを言い出す。


「小さい頃からずっと思ってたことがある。」

「母は妊娠期間中は胎内で子を育てられる。」

「ずっと一心同体であるのはもちろん、酸素も栄養も子宮も全てが子に貢献できる。」

「だが妊娠期間中に父として子に直接できる事は何か?」

「僕は声を聞かせたい。」

「僕は1日も欠かすことなく我が子に声を届けて愛していることを示したい。」

まだ妊娠しているどころか性行為すら行っていない段階でのこの宣言。

妻は男のこだわりが始まったのだなと感じた。


毎日子がなる可能性を見越して自身の睾丸と妻の下腹部に話しかける。

1年程その不思議な期間が続いたのち、妻の妊娠が発覚。

話しかける対象は妻のお腹に限定される。

語り掛ける内容は端的に言えば

「僕は君の生涯を愛し続けるよ。」

というような、まぁありきたりな表現。

まだ姿形も見えないのに、よくもそこまで愛せるなと妻は思ったが、

世の中には妻子に全く愛情が無く家に寄りつかない旦那が存在する事も分かっている。

変わった男だと分かりつつ結婚したのでこの奇行には目を瞑っていた。


月日が流れ夫は当然のように毎日息子に愛を直接語り掛けた。

妻は反抗期や修学旅行で遠く離れた時にはどうするのだろうかと疑問に思っていたが、

その心配は杞憂となる。

息子7歳、夫31歳になる頃に妻の浮気が発覚した。

「あなたは子ができてから私の事を見てくれた事はあった?私は息子の方針や教育に口を出せないし、ご飯作ったり、送り迎えしたり、掃除したり、洗濯したり、家の事だけしか許されてない。私は都合の良い家政婦じゃないのよ!」

「うん。いいよ。全然。離婚したいならどうぞ。慰謝料も取らないし、財産も半分渡すから。

でも…

息子は絶対に渡さないからね。」

「…っ。それは…、、分かった。私は家を出ていくからね。息子とも月に1回は絶対会わせてね。息子をお願いね。」

「もちろん。それは君の権利だし、僕の義務だからね。」


夫は子を引き取りシングルファザーとなる。

家政婦を雇うことで夫の生活になんら変化は起こらない。

1つだけあるこだわりを毎日淡々と続けている。


ところがその僅か2年後、

息子が9歳、夫が33歳の時。

夫に末期癌が発覚する。

余命3カ月。


夫は体が動く内にと息子と無理心中をした。

そして最期のこだわりを貫いた。


元妻は元夫と息子を亡くし、涙ながらにこう語る。

「あの男は死ぬまでこだわりを貫いた」

「あの男のこだわりの中に私は関われなかった」

「こだわりが無い方が私のように人生を楽に生きられたのにね」

「あなたもそう思うでしょう?」

元妻のお腹は膨らんでおり、新たな命が誕生しようとしていた。

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