おひさまを食べる
幼い頃の思い出。
「これは『おひさま』なんだ!」
俺は目玉焼きを指して二歳下の妹、玉(たま)にそう言う。
「おひさま?」
「そう! おひさまを食べればなんだってできる! 強くなれるんだ! だから玉もおひさまを食べるんだ!」
「うん!」
可愛い妹は俺の言葉を素直に信じる。
「兄ちゃん、ほら、今日はおひさまだ。強くなれるね」
「……そうだな」
幼い頃なら微笑ましい光景。けれど中学生にもなって真面目に『目玉焼きおひさま信仰』をしているのは少々心配だ。
だが、玉が元気に過ごせているならそれでいいか。淡々としていて少し変わっているが、優しい玉が俺は好きだ。
大学の受験シーズンになって俺は夜遅くまで勉強する日が続いた。
そんな日は決まって夜食を食べる。ダイニングに行くと、テーブルの上にベーコンエッグが置いてある。かけられたラップの上には紙が乗せられている。
『おひさまを食べて大学合格!』
玉の字だ。玉は毎日俺の為にベーコンエッグを作ってくれている。
俺はくすりと笑う。本当に優しい子に育ってくれた。
だが……。
「空(そら)……大丈夫よ……。一回落ちたからってそんなに落ち込まなくても……」
「死んだりなんかしない。だから出てきなさい」
「うるさい!! 放っといてくれ!!」
俺は自室の扉に枕を投げつける。父さんと母さんは無言で去っていった。
俺は受験に失敗した。あんなに頑張ったのに全部無駄だった。
それから俺は自暴自棄になって部屋に引きこもった。
コンコン。
ノックの音がする。
「兄ちゃん」
玉の声だ。
「あのね、おひさま持ってきたよ。これを食べればなんだって……」
俺はお決まりの言葉を吐く玉に苛立ち、声を荒げた。
「何がおひさまだよ!! 現実見ろよ!! 高校生にもなってバッカじゃねえの!? おひさま食べて受験はどうなった!? お前のごっこ遊びに二度と巻き込むな!!」
少しの間の後、玉は言った。
「……ごめんね」
それから玉が去っていく足音が聞こえた。
俺は体育座りの膝に頭を埋める。わかってる。父さんも母さんも玉も俺を元気づけようとしてくれてるだけだ。なのに俺は子供みたいに駄々をこねて。挙げ句、俺が教えた事をずっと純粋に信じている玉に酷い事を言って……。
俺はベッドから立ち上がり、そっと扉を開けた。誰もいない。
ふと、扉の横に置いてある物が目に入った。ラップがかけてあるベーコンエッグ。上には紙が乗せられている。
『おひさまを食べて強くなろう!』
涙が溢れてきた。
俺は泣きながらベーコンエッグ……おひさまを食べた。
次の日、俺は家族の集まるリビングで土下座した。
「今まで八つ当たりしてごめん。俺、バイトしながら浪人するからもう一度チャンスをください」
やや経って、父さんが言う。
「空、顔を上げなさい」
言われた通りにすると、そこには優しい顔をしたみんながいた。
「強く、なったな」
父さんは俺の肩に手を置く。
「もちろん、父さんは空の頑張りを尊重する」
「父さん……」
「今日の晩ごはんは何が良いかしら」
母さんはウキウキで話す。
「ベーコンエッグがいい」
俺は玉を見る。
「兄ちゃん、おひさま食べて強くなるから」
そう言うと玉は満面の笑みで言った。
「うん!」
これからも俺達兄妹はおひさまを食べ続ける。なんだってできる。そんな気がした。




