↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第6章 二人で一緒に、背負っていくもの
PR
54/55

⑦

キースの告白が終わったあとも、長い沈黙が続いていた。


離宮の空気は、まだ過去を抱えたままだった。


キースは動かなかった。

いや――動けなかった。


長い年月。

誰にも触れさせず。

誰にも伝えられず。


たった一人で抱え続けてきた後悔が、ようやく言葉になってしまったから。


「……っ」


喉の奥で、何かが詰まる音がした。

キースの肩が、わずかに震える。


それを見た瞬間。

私の胸は、痛いほど締め付けられた。


この人は、どれだけ長い間。

自分を罰し続けていたのだろう。


愛した人を救えなかったことをー、全部自分一人の罪だと思い込んで。


キースは俯いたまま、小さく息を吐く。


「……私は」


掠れた声だった。


「ただ、ティアに幸せになってほしかっただけなんだ」


その声音は、あまりにも弱かった。


王族でも。

前世の宰相の子でもない。


ただ、大切な人を愛してしまった、一人の人間の声だった。


「なのに……」


指先が、震える。


「結局、私は何一つ守れなかった」


ぽつり、と落ちた言葉。


その瞬間だった。

キースの中で、何かが崩れた。

張り詰めていたものが、音もなく砕ける。


肩が、大きく震える。

堪えていた呼吸が乱れ。

押し殺していた感情が、とうとう溢れ出す。


「……っ、あ……」


うまく息ができないみたいに。

喉の奥から、壊れた声が漏れる。

泣いていた。


キースが、まるで子供みたいに静かに泣いていた。


ルーナの胸の奥で、何かが切れた。


気づけば、身体が動いていた。


ゆっくりと近づき。

震えるその背中へ、そっと腕を回す。


キースの身体が、一瞬だけ強張る。


私はキースを離さなかった。

まるでーずっとそうしたかったみたいに。


「……ルーナ」


掠れた声ー壊れそうな声だった。


私は、その背中へ額を寄せる。


広い背中だった。


ずっと、自分を守ろうとしてくれていた背中。

でも今は誰よりも孤独でー誰よりも傷ついて見えた。


「……貴方だけじゃありません」


静かに、言葉を落とす。


「罪を抱えているのは」


キースの肩が、わずかに揺れる。


私は目を閉じる。


前世の記憶。

王座。

アランへの恋。


そして国を捨てた夜ーあの時、自分は確かに愛を選んだ。


国よりも。

責任よりも。

”愛されたい”と願ってしまった。


その結果、多くのものを失った。


「だから、私も同じです」


声が震える。


それでも、逃げなかった。


「私は……愛を求めて、国を滅ぼした」


静かな告白だった。


誰にも言えなかった罪。


女王でありながら。

民を守るべき立場でありながら。

一人の女として、愛を選んでしまった。


その結果ーたくさんの人を傷つけた。


「貴方の罪なんて……」


私はゆっくりとキースを抱きしめる腕に力を込めた。


「私が犯した罪に比べれば、大したものじゃありません」


その言葉に、キースの呼吸が、止まる。


ルーナは続ける。


「だから……もう、一人で背負わないでください」


涙が、静かに頬を伝う。


「前世で犯した罪も」


「失ったものも」


「苦しかった記憶も」


全部、消えたりなんかしない。

きっとこれからも、一生残る。


「それでも一緒に、生きていきましょう」


その言葉は、赦しではなかった。


忘却でもない。

罪を抱えたまま。

傷を消せないまま。


それでも隣で生きると決める、覚悟だった。


キースの肩が、再び震える。

その震えは、さっきまでとは違っていた。


張り詰めていた孤独が。

長い時間閉じ込めていた痛みが。

少しずつ、溶けていくみたいだった。


「……っ」


キースは顔を覆うように俯く。


声にならない嗚咽が漏れる。


私は何も言わず、キースを抱きしめ続けた。


もう二度と、この人を一人で泣かせたくないと思った。




やがて離宮の窓から、柔らかな光が差し込んでいた。


静かな午後の光だった。


けれどそれは、ただ部屋を照らしているだけではなかった。


長い長い孤独の果てに。

何度もすれ違い。

何度も失い。


それでもなお、辿り着こうとし続けた二人を――静かに包み込むような光だった。



涙の痕が残るまま、キースはゆっくりとルーナを見る。


その瞳には、もう誤魔化しも、拒絶もなかった。


過去に囚われたまま閉ざしていた感情をーようやく、差し出そうとしていた。


「ルーナ……私の気持ちを伝えてもいいだろうか?」


その声は、ひどく静かだった。


しかしそれは王族としてでも。

前世の罪を背負った男としてでもなく。

ただ、一人の人間として。


愛した人へ届いてほしいと願う声だった。

 


私は、涙の滲む目を細める。


胸の奥が、熱く痛んだ。


この人はずっと。

言いたかったはずなのに。

失うことが怖くて、口にできなかったのだ。


ルーナは、泣きそうなまま微笑んだ。


「……ずっと、待ってましたよ」


その瞬間ーキースの表情が、静かに崩れる。


張り詰めていたものがほどけるみたいに。

ようやく、“許された”みたいに。


キースは、そっと手を伸ばした。

壊れ物へ触れるみたいに。

けれど今度は、もう迷わなかった。


「愛してる。もう、絶対に離さない」


その言葉は。

前世では伝えられなかった想いだった。


守るだけでは届かなかった感情。

失ってから気づいた願い。


何度生まれ変わっても。

結局、たった一人しか愛せなかった男の、痛いほど真っ直ぐな告白だった。


キースは私を自分の胸の中へ引き寄せる。


強くーけれど、確かめるように抱きしめた。


私もまた、その背へ静かに腕を回す。


もう、逃げなかった。

もう、手放さなかった。


前世で背負った罪も。

失ったものも。

消えることはない。


それでも二人は、互いを選んだ。


痛みを知ったまま。

傷を抱えたまま。

ーそれでも隣で、生きていくために。


離宮の静かな部屋で、ようやく二人は――

“同じ場所”へ辿り着いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。