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愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第6章 二人で一緒に、背負っていくもの
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⑤

キースがソラに出会ったのは、まだ剣を握り始めたばかりの頃だった。


自分は強いのだと、どこかで信じていた。

若さゆえの傲慢さだったのかもしれない。


折れないと思っていた。

自分なら、何でもできるのだと。


その思い込みを、たった一言で砕いたのが――騎士団を率いていたソラだった。


「遅いですね、殿下」


淡々とした声。


だがそこには、一切の迷いがなかった。


悔しかった。

胸の奥を、鋭く抉られたようだった。


けれど同時に、目を逸らせなかった。


そこにあったのは、ただ“正しい強さ”だったからだ。


勝つためではない。

誰かを守るために、無駄を削ぎ落として辿り着いた強さ。


迷いを抱えたままでも、前へ進める人間だけが持つ静かな強さだった。


だからこそ――キースは、その背中を選んだ。



ソラの剣は、美しかった。

激しさではなく、静けさで圧倒する剣だった。


誰かを傷つけるためではなく。

誰かを守るためだけに振るわれる剣。


無駄な力みはなく。

見栄もない。


ただ、“守る”という意思だけが研ぎ澄まされていた。


キースは、そんなソラに惹かれていった。


師として。

憧れとして。

いつしか、“こうなりたい”と思うほどに。



そして、ソラから剣の訓練を受け、数年が経った頃。


キースは、ソラに大切な存在がいることに気付く。


それが――ルーナだった。


ソラに迎えられた、一回りも年下の婚約者。


最初に彼女の話を聞いたとき、キースはただ静かに耳を傾けていた。


「……ルーナは、全然笑わないんです」


ソラは、どこか苦しそうな顔をしていた。


「閉じ込められて育ったせいで、人の顔色ばっか見ている」


その声音には怒りも滲んでいた。


彼女をそんな風にした環境への、抑え込んだ怒りが。


ルーナは、長い間、壊れた環境の中で生きていた。


愛情という名の執着に閉じ込められ。

誰にも助けを求められないまま。

ただ静かに耐え続けていた。


それでも、完全には壊れなかった。


傷つきながらも。

怯えながらも。

それでもなお、生きようとしていた。


ソラは、そんな彼女へ惹かれていた。


最初、ソラはその話を淡々としていた。


義務として始まった婚約なのだと。

そう言い聞かせるみたいに。


けれど、話を重ねるたび、その声音は少しずつ変わっていった。


「……最初は、私はただの婚約者であろうと思ってました」


窓の外を見ながら、ぽつりと零す。


「でも、気づいたら彼女を救いたいと思うようになっていた」


その言葉だけが、やけに静かだった。

静かでーどうしようもなく、本気だった。


ソラはルーナを救おうとしていた。 


壊れ物へ触れるみたいに、慎重に。

閉ざされていた世界を、少しずつ広げるみたいに。


その話を聞くたび、キースの胸の奥には、説明できない感覚だけが残った。


知らないはずなのに、なぜか、引っかかる。


名前を聞くだけで。

話を聞くだけで。

胸の奥が、妙にざわついた。


まるでー遠い昔に、一度失ったものを思い出しかけるみたいに。



そして――数年後。


貴族の夜会で、初めてルーナと出会った。


ソラの隣に立つ少女。

美しく着飾っているはずなのに。

その身には、どこか静かな危うさが残っていた。


華やかな灯りの中にいるのに。

まるで、一人だけ別の場所に立っているみたいだった。


誰かに怯えているわけじゃない。

けれど、“傷つかないように存在している”空気があった。


周囲へ気を配り。

空気を乱さないように笑って。

けれど、その笑みの奥だけが、ひどく遠かった。


そして、ソラがルーナを見る横顔は、剣を握る時とはまるで違っていた。


あれほど静かで、あれほど優しい顔を、キースは他に知らなかった。



キースは、ルーナと視線が合った瞬間。

息が、止まりそうになった。


――似ている。


それは顔立ちなんかじゃない。

もっと曖昧で、もっと深いものだった。


かつてのティアも、そうだった。

ー王女として、誰からも愛されて育った人。


太陽みたいに真っ直ぐで。

笑うことを疑わず。

人を信じることを、当たり前のようにできた人。


その笑顔だけで、周囲まで明るくなるような存在だった。


しかし、両親を亡くし、王座を継ぎ、一国を背負うようになってからー。

ティアは、少しずつ変わっていった。


誰よりも気丈に振る舞いながら。

誰よりも弱音を隠すようになった。

泣きたいはずなのに笑って。


苦しいはずなのに、人を安心させる側でいようとした。


平気な顔で立っているくせに、一人になると、静かに息を吐く癖があった。


“自分が崩れれば国も崩れる”と知ってしまった人間の顔だった。


ルーナを見た瞬間。

その“壊れ方”が、あまりにも似ていた。


痛みに慣れようとしているのに。

本当はまだ、誰かに助けを求めたいままの目。


――もう限界まで孤独なのに。


それでも周囲を気遣ってしまう優しさ。


そして何より。


――自分を後回しにする癖。


全部、知っていたー前世で。


ずっと、近くで見ていたから。


その瞬間、キースは理解した。


ルーナは、ティアだ。


そして同時に。

自分は、またこの人を愛してしまうのだと。


そして――ソラもまた、気付いていた。


キースが、理由もなくルーナを目で追っていることに。

そこにある感情の輪郭に。

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