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愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第2章 穏やかな日々で、温もりを知った
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⑥

平民のワンピースに着替えた私は、キースに手を取られ城下町へ出た。

護衛達は本来なら厳重に同行するはずだったが、キースが制止した。


「俺がルーナを守れるから。二人きりにしてほしい」


その言葉に護衛達は渋々引き下がり、影のように距離を保つ。

完全に消えるわけではない距離感が、逆に“この人の本気”を感じさせた。



街に出た瞬間、空気が変わった。


香ばしい匂い。

焼きたてのパンの甘さ。

鉄板の上で弾ける肉の音。

遠くで鳴る子供の笑い声。


そのすべてが、王城とは違う“生きている音”だった。


王城の静けさは完成された秩序だったけれど、ここには雑多で、温度のある“日常”があった。


私は思わず小さく息を吸う。

胸の奥に、知らない風が入ってくるようだった。


「おや、今日はいつもの友達はいないのかい?まさか彼女?」


「そう、彼女とデートなんだ。」


「あらまぁ、女の子連れてくるなんて初めてじゃない?」


屋台の人たちはキースをよく知っているらしく、気軽に声をかけてくる。

王子というより、顔見知りの青年に向けるような距離感だった。


そのたびにキースは迷いなく答える。


私はというと、その“彼女”という単語にいちいち心臓が跳ねて、手を離せなくなる。


(こういうの、慣れてない……)


でも、不思議と嫌ではなかった。

むしろ、握られている手の熱のほうが気になってしまう。


キースの手は、驚くほど自然だった。

引っ張るでもなく、縛るでもなく、ただ“そこにいるのが当然”みたいに繋がれている。


逃げる理由はないのに、なぜか離されたくもなかった。



途中、小さな花屋の前で彼が足を止める。


「これ」


そう言って、淡い白い小花を一輪だけ買う。

そして何も言わず、私の髪にそっと差した。


「……何ですか、これ」


「ルーナに似合うから。」


それだけ。


たったそれだけなのに、胸の奥が少しだけ落ち着かない。


誰かに何かを“飾られる”という感覚は久しぶりだった。

それが嫌ではないことに、私は一番驚いていた。




そして最後に入ったカフェ。


木製の扉を開けた瞬間、ふわりと甘い香りが広がる。

焼き菓子とミルクティーの匂いが混ざった、やわらかい空気。


私はカップを両手で包みながら、ゆっくりと息を吐いた。


「キース様…とても楽しそうですね。」


「あぁ。私は小さい頃から、ロイやリュートと身分を隠して城下町を回っていたんだ。」


リュートは、宰相の息子であり、キースの友人。


その言葉を聞いても、もう驚きはなかった。

むしろ、“この人ならそういうことをするだろう”という納得のほうが強かった。


「ルーナは少し気分転換になったかい?王城に来てから、忙しくしていただろう。」


「そうですね……なんだかこうやって街で気兼ねなく遊ぶのは初めてだったんです。もし…、平民として生まれていたらなんて、想像もしちゃいました」


言ってから、少しだけ苦笑する。


「王城だけの生活も窮屈だろう。平民の生活を見るためにも、時々こうやって城下町でデートをしよう。あと今度、私の友人達と飲みに行こう。」


「……前に言ってた、祝杯ってやつですか?」


「そうそう。」


「そうですね。外でお酒……飲んでみたいです。」


「じゃあ計画しておこう」


軽く笑い合う。


そのやり取りは、あまりにも自然で。

“王子と婚約者”という肩書きが、少しずつ形を失っていく。


代わりにそこにあったのは、もっと曖昧で、でも確かに温度のある関係だった。


気づけば、私はキースの手を握ったまま笑っていた。



日が傾き、空がゆっくりと橙に染まっていく。


パン屋の煙、遠くの鐘の音、行き交う人の影。

すべてが少しずつ夕暮れに溶けていく。


護衛達に守られながら王城へ戻るその道のりで、私はふと気づく。


(今日、私とても安心していた)


その事実が、静かに胸に落ちた。


そしてそれは、ほんの小さいけど――

確かに、“世界が変わり始めた感覚”だった。

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