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愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第2章 穏やかな日々で、温もりを知った
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13/55

④

謁見が終わると、背後に控えていた護衛騎士が声をかけてくる。


「お疲れ様でした、キース様、ルーナ様」


ロイだった。


整った所作で一歩前に出るその姿は、騎士というよりは静かな影のようだった。

王城の喧騒の中でも、彼の声だけが妙に澄んで聞こえる。


「なあロイ、これから三人で街にでも行かないか?」


キースの言葉は軽い。

まるで、重い責務の合間に差し込む一瞬の遊びを見つけた子供のように。


「今ですか?」


ロイは一拍遅れて瞬きをした。


「三ヶ月も籠ってたんだ。息抜きくらいしたいだろ?」


「……キース様、公務が山のように残ってますけど」


淡々とした忠告。

けれどそこには遠慮も諦めもない、“慣れた距離”があった。


「……あ」


その一言だけで、キースは固まる。

ほんの数秒の沈黙のあと、彼は小さく肩を落とした。


「仕方ない。執務室に戻る」


つまらなそうに踵を返すその背中は、王子というより不満げな青年そのものだった。


その姿が見えなくなるまで見送りながら、私はようやく息を吐く。


張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。


「王族って、本当に忙しいんですね」


ロイがぽつりと呟く。


「そうね」


私は小さく笑った。


その笑みは、昔よりずっと軽い。

“守るための笑い方”ではなく、“ただそうしてもいいと思える笑い方”だった。


ふと視線の端にいるロイを見る。


その瞳の色に、気づいてしまう。


アイスブルー。


キースと同じで、そして——自分と同じ色。


理由のない既視感が、胸の奥をかすかに撫でた。

けれどそれは、不安というほど鋭くはない。


ただ、ほんの少しだけ心が揺れる程度だった。


「ルーナ様、王城には慣れましたか?」


ロイの声は変わらない。

距離を詰めすぎず、離れすぎない、絶妙な位置。


「まあまあ、ね」


私は肩を軽く伸ばす。


天井の高い王城は、かつてのどの屋敷よりも広いのに、不思議と息が詰まらない。

むしろ、胸の奥に溜まっていた何かが少しずつほどけていくようだった。


——二度目の王城暮らし。


“閉じ込められる感覚”はなかった。


ここには逃げ道がある。

しかし、それを探そうとする自分はもういない。


「さて、私は図書室に行くわ」


「休まなくていいんですか?」


ロイの声には、わずかな心配が滲む。


「何かしてないと落ち着かないの」


その言葉は、私の癖だった。

逃げることも、期待することもやめた人間の、生きるための習慣。


そとそも帰る場所はない。

逃げる気力もない。

そして、死ぬ勇気もない。


だから私は、生き延びるために“知る”ことを選んでいた。


「努力しないと身につかないタイプなの」


「……その姿勢、キース様にも見習ってほしいですね」


「ふふ。あの人は天才型でしょうから」


その瞬間だけ、少しだけ空気が柔らかくなる。


キースという人間を語るときだけ、世界の輪郭が少し曖昧になる気がした。


ロイは小さく頷いた。


「どうか無理はしないでくださいね」


「ありがとう、ロイ」


その言葉に、理由はわからなかったがなぜか少しだけ安心した。




図書館に入ると、外の音がすっと消えた。

紙の匂いと、静かな空気だけがそこにある。


私は机に向かい、書物を開いた。


文字を追う。

知識を積み上げる。

そうしていれば、余計なことを考えずに済む。


しばらくすると、視界がゆっくりと滲んでいった。


——眠っていたらしい。


「ルーナ」


耳元で、低く柔らかい声が落ちる。


反射的に身体が反応する。


「お腹すいた。起きて」


「……キース様」


目を開けると、すぐそこに彼がいた。


至近距離なのに、圧ではない。

ただ、当然のようにそこにいる距離。


「執務は?」


「うん、まあまあ」


少しだけ困ったように笑う。


その表情は、王子というより“約束を後回しにしてしまった人”のそれだった。


「でも、ルーナに会いたくて」


その言葉は軽いのに、妙に真っ直ぐだった。

誤魔化しも、飾りもない。


私は一瞬だけ言葉を失う。


——まただ。


この人の言葉は、いつも“軽いのに逃げ場がない”。


私はゆっくり立ち上がる。


「行きましょう」


それだけでいい。

それ以上は必要ない。


キースは当然のように私の手を取った。


指が絡む。

迷いも確認もない。


ただ、最初からそこにあったかのような自然さで。


離される気配はない。


そのまま、彼の歩幅に合わせて図書館を出る。


廊下の光が少しだけ眩しい。


——気づけば私はもう、ずっと一人ではなかった。

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