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死神

作者: 中原純軽
掲載日:2026/04/14

「僕」の体験談。

短編ホラーです。

 彼女は死神が見えると言った。

 ぴったりとくっついて私の元からまるで離れないと、よく話していた。

 彼女に出会ったのは、ある地元の総合病院の病室だった。

 あまり予後の良くない患者の集められたその一室に彼女はいた。

 彼女はよく外を眺めていた。

 僕はその光景を今でも思い出す。

 窓際に置かれた彼女のベッドからは外の景色がよく見えた。

 僕は彼女の枕元に立って、その憂いを含んだ後ろ姿をいつも見ていた。

 正直に話すと、彼女の余命は短かった。

 それが僕にはよく分かった。

 日に日に衰えていく彼女の体は、僕の耳元でその残酷な真実を囁きかけていた。

 その息吹が僕の耳朶を撫でていく度に、僕はどうしようもない無力感に襲われた。

 そして僕は彼女の名前を何度も無意味に呼んだ。

 ナツミ。

 それが彼女の名前だった。


 ナツミはいつも笑っていた。

 病室には彼女の澄んだ鈴の音のような笑い声がいつも響いていた。

 隣のベッドの暗い顔をした男も、彼女の笑い声を聞くと心なしか和らいだ表情を見せた。

 たまらず彼女に尋ねた時があった。

 彼女は答えた。

 だって楽しいんだもの。

 楽しいものはいつだって楽しい。死ぬ間際だったとしてもね。

 そう言って笑う彼女を見て、僕と男は言葉が出なかった。

 胸が詰まる思いがした。

 僕も男も彼女には死んでほしくなかった。

 俺が先に死にたいなあ。

 男がぼやく。

 僕と男はふと目が合った。

 彼女に生きていて欲しい気持ちは同じだった。

 だめですよ。あなたが死んだら私泣いちゃいますから。

 彼女は悲しそうな顔をして言った。

 しかし、その三日後、本当に男は亡くなってしまった。

 みんな寝静まる深夜、誰にも知られることなく男は静かに息を引き取った。


 そうして日々が続いた。

 いろいろな形で人はこの部屋を去っていった。

 色々な病気の名前があった。

 彼らは決まって早朝か深夜に去っていった。

 何気ない会話が最後の挨拶になった。

 中には快復して家族の元へ帰る人もいた。

 そういう人はこの病室では稀であったが、退院の日になると彼らの家族がやってきた。

 みんな抱き合って、外の世界へと帰っていった。

 彼女は誰とでも仲良くなれたから、彼女の元にはお別れを言う人がいつも集まった。

 屈託のない笑顔で彼らを見送る彼女を見て、僕は俯いたままだった。

 彼女の元に面会に来た親族は一人もいなかった。

 僕には彼女の孤独を完全に拭い去ることはおそらく出来ない。

 僕に出来ることは、ただ彼女の側にいることだけなのだ。

 ありがとうと呟く彼女を見て、僕は固く心に誓うのだった。


 死とは唐突に訪れる。

 その男が病室に現れたのも突然だった。

 ひどく背の高い痩せぎすの男だった。

 今にも破けそうなぼろぼろの服、ごわごわとした黒髪、落ち窪んだ目元、歪んだ唇。

 どこか鋭利さを感じさせる視線が僕たちを射抜く。

 まるで死神だ。

 僕は身構えた。

 男は自分を腕利きの医者とだけ名乗った。

 あなたのご友人からの頼みで、あなたの病気を治すように来ました。

 ご友人……?

 彼女が不思議そうに尋ねると、男は何人かの名前を挙げた。

 この病室で亡くなっていった人たちの名前だった。

 ですが今日は挨拶だけしに来ました。

 治療などはしないのですか?

 彼女が聞くと、男は言った。

 ええ、今日は上手くいきそうにないので。

 男はそう言って、その日は帰ってしまった。


 それからと言うもの、男は毎日のように彼女の元に現れた。

 男は昼夜を問わずに現れた。

 きっかり朝の九時、昼の一時、夜の七時の三回、彼女の元を訪れた。

 しかし何か特別な治療をするわけでもない。

 二、三言体調の良し悪しを聞いて部屋を出ていくのだ。

 同じ部屋の患者たちは、みんな男のことを訝しがっていた。

 彼女もやはり不審がった。

 病状は日増しに悪化していくのに、男は一向に何もしない。

 僕は苦しそうに咳き込む彼女のために、何度も吸い飲みの水を汲んできた。

 それではまた明日の九時に来ます……。

 そう言って男は今日も病室を後にする。

 一人になった僕は彼女の顔を見つめる。

 彼女の顔は苦痛に歪んでいる。

 僕の顔も悲哀に歪んでいく。

 彼女の額に浮かんだ汗を拭うと、水を汲みに僕も部屋を出た。


 夜の廊下はとても冷ややかで、僕は少し背筋が寒くなった。

 彼女がいなくなってしまったらどうしようと言う思いが、足元から僕の脳内までひっそりと這い上がってきた。

 僕は彼女のことが好きだ。

 いつまでも一緒にいたい。

 片時も離れたくない。

 死という存在が二人を分つものだというのなら、僕は一体どうしたら良いのだ。

 そんなことを考えながら、僕が彼女のベッドまで帰ってくると、彼女は布団を頭までかぶって寝ていた。

 僕は彼女の枕元に吸い飲みを置く。

 少しでも飲んだ方が良い。

 僕はそう言ってそっと布団をめくる。

 そこには彼女の足があった。

 僕の背後で声が聞こえる。

「ア……カ……テ…………」

 僕は理解するのを拒む。

 しかし僕の頭がその言葉を理解し始める。

 ーーまるで消えゆく炎のように。

 その時には僕の姿は跡形もなく、この世から姿を消していたのだった。

落語「死神」を題材に書きました。

ああ、消える……。

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