ミステリー好きの二人
ミステリーを好きな人間がいるとしよう。
彼は現実でもミステリーのような事件や事象を期待している。
しかし、当たり前だがそんな事は全く起きない。
事件が起きたとしてもそれに関わるのは犯人と被害者、そして警察ぐらいのものだ。
ミステリーの定番である探偵はもちろん居ない。
彼はどうするべきなのだろうか?
どうすればミステリーと出会えるのだろうか?
警察になれば簡単だ……
ともいかない。
実際に大掛かりな事件に携わるのは一部の捜査一課のみ。
なんならミステリー級の事件が起きることすら稀である。
起きたとしても関われる保証はないし、捜査一課に入れるかすら怪しい。
もしくは警察になれるすらも。
前置きが長くなってしまったが私が言いたいのはミステリーに関わりたいのなら自分で事件を起こせばよいということだ。
ー
俺の生活は大学生になっても変わりはしない。
楽しい青春、友達、恋人……
そんなものが俺には待っていなく、いざ大学に入ってみれば高校の時よりも虚無生活だっだ。
高校では、自分からでは無くとも人と関われる機会なんかは合ったし、規則正しい生活のおかげで元気もそれなりにあった。
しかし、大学に入ればそれらは消え失せた。
自分のことは自分で管理し、人との関わりすらも自分次第。
いつしか俺は、面白いことが起きないかと漠然とした考えを持つようになった。
高校の時に陽キャどもがあんなに騒ぎながら言っていた「面白いこと起きねぇかな」を俺も望んでいるのだ。
情けない話である。
もちろん、面白いことと言っても異世界に転生したり、いきなりゲームの世界に入ったりなんかは期待していないし、SFなんてのも期待薄だろう。
では、どういうことが面白いのだろうか。
恋愛系?
もってのほかだ。
恋愛なんてのは傍から見るのが面白いのであって、いざ当事者になれば何がしたいのか何が目的なのか分からない。
所詮は馬鹿の楽しみなのだ。
俺にはもっと知的な面白さが必要だ。
そう、例えばミステリー小説のような現実的でドキドキするようなものが。
しかし、現実は悲しいもので生きててこの方、ミステリーのようなことに巻き込まれたことがない。
いや…多分一生起きないだろう。
まぁこれも諦めるか…
俺はそう思っていた。
それでもミステリーという考えに惹かれる。
実際合わなくてもミステリーのネタを自分で考えれば少しは楽しみになるかもしれない。
俺はそんな考えを持った。
はじめに考えたのは子供の考えるような幼稚なトリック。
犯人が実は動物でしたとか、ただコケて頭を打っただけでしたとかそんなやつ。
しかし、段々と興が乗ってきた俺は科学や物理などの知識を取り入れてトリックを考えるようなった。
それらをスマホのメモに書いて一人で悦に浸るようにもなる。
別に誰に見せるわけでもない。
そんな、自己満の文章を。
大学にいても家にいてもトリックを考える。
そういう、生活を続けて数ヶ月が経った。
気づけば俺が考えたトリックの数は100を超えていた。
ー
ある日、俺のスマホのメールに一通のメッセージが届いた。
その文章は、簡潔にいい仕事があるとだけ…
俺は、不審に思ったが、ただトリックを考えるだけで発展のない生活にも飽きていたところだった。
そこでウイルスが無いかを注意深く確認し、メールを開いてみることにした。
するとそこには驚くべき、それ以上に面白いと感じる仕事内容が書いてある。
「「ミステリーのトリックを募集しています。もし、採用されたのならば賞金を差し上げます。」」
これだと俺は思った。
自己満で書いていたトリックが人に見てもらえる。
しかも、仕事になるかもしれない。
俺は興奮した。
そして、いくつか俺の一押しトリックを送りつけることにした。
ー
私の生活は社会人になっても変わらない。
お金を稼ぎ、それを散財しても。
趣味はミステリー小説を読むことだけ。
なんてつまらない人生だ。
一度だけミステリー小説を書いてみようとしたが、俺にはトリックを考えられる頭も小説を書く文章力も無かった。
そして、唯一の楽しみとも言えるミステリー小説も粗方読んでしまい、虚無だけが残る。
私の人生はなんなのか……
そんな事を考える。
とにかく、楽しみを見つけなければ……
でもそんなものミステリーしかない。
少し考えた後、私はあることを思いついた。
そうだ、いっそのこと素人にでもトリックを考えてもらえば、暇つぶしになるかもしれない。
無駄に金はあるし、面白かった人には賞金を送ろう。
そうだ、それがいい。
募る方法は、私が前に作ったミステリー小説をまとめたサイトに登録してくれた人にメッセージを送ろう。
ミステリー小説が好きな人たちだ。
きっといいトリックを考えてくれるだろう。
ー
私のもとにいくつかのトリックが届いた。
送ってくれたのはメールを送った人の1割にも満たない人だが、それでも数にすればかなりある。
私は一つ一つワクワクしながら、読むことにした。
………
………
つまらん。
なんて、つまらないトリックなんだ。
ミステリー小説好きの人たちならばと思ったが…
大抵は、他のミステリー小説のパクリ。
たまに、オリジナリティがあるやつも完全性に欠ける、矛盾だらけのトリック。
最後に一人だけ残っているが、どうせこいつも同じなのだろう。
私は期待せずに読むことにした。
………
………
面白い、面白いぞ。
しかも、オリジナリティがあり、筋も通っている。
こんなトリックを考えられるなんて……
この人の名前は確か、無色の大学生とかいったか……
この人に賞金を送ろう。
ー
俺はメールに信憑性をあまり持っていなかった。
トリックには自信があったし、人に読んでもらえるならと送ったが、賞金なんてのは正直期待していなかった。
そうだったのだが……
そんな気持ちとは裏腹に俺の家にはAm〇zonカード5万円分も届いた。
あるメッセージとともに。
「「無色の大学生さん。あなたのトリックは素晴らしかった。そのためにこの賞金を贈らせてもらう。良ければ他のトリックも考えつけば私に贈ってほしい。」」
そう書かれていた。
俺は嬉しくなり、それからはメール相手である、ミステリー乞食の社会人さんという方と多くのやり取りをした。
すべてのトリックを絶賛してくれる。
しかも、たまにお礼と言ってAm〇zonカードも送ってくれる。
俺の人生に色がつき始めた。
ー
私の人生は、無色の大学生三のトリックにより楽しいものとなった。
しかし、何かが物足りない。
このトリックにはストーリーがないのだ。
一度、小説を書いてみてはと聞いてみたが残念ながら、彼も文章力は乏しいらしい。
ストーリー、そしてリアリティを私は求めていた。
………
………
こんなに素晴らしいトリックがあるのに、そこから何も発展できないなんて、これはもはや世界の損になってしまう。
時代に、世界にこの素晴らしさを教えるにはどうすれば……
私が犯罪を起こすわけにはいかない。
残念ながら、そんな勇気もない。
悩んでいた私は、なんとなくでテレビをつけることにした。
そこでは、一つのニュースが飛び込んでくる。
「「最近流行りの闇バイトについて」」
闇バイト……
最近話題になっているそうだが、詳しくは知らない。
何故か、その言葉に惹かれた私はニュースに食らいついた。
そこでわかったのが闇バイトは、謎の人物が若者をお金で釣り、指示を出して犯罪を促すというものだ。
これなら私にもトリックを世間に、世界に広められるかも。
過激なミステリー小説、そしてトリックに触れていた私の感性はバグっており、そんな考えを持たすまで至っていた。
ー
何か、面白いニュースやってないかな……
そう、ミステリー小説に出てくるような事件が。
俺はそんな軽い考えでテレビをつけた。
そこで飛び出てきたのは「「令和の闇バイト。ミステリー犯罪級に!!」」
そんな見出しだった。
俺は期待を膨らませ、そのニュースに目を奪われる。
「「今回、捕まった犯人はある人物に指示を出され事件を起こしたとのことです。警察は、初めこの事件を自殺と処理しましたが、部屋に他の人物が居たと思われる証拠を……」」
そのようにニュースキャスターは説明をはじめ、今回の自殺に思った経緯や、犯人が吐いたトリックなどを説明した。
このトリック見覚えがある……
いや、見覚えがあるも何も俺が考えたトリックだ。
なぜ……
他の人が考えた可能性もあるが……
ー
今回の事件は上手く行かなかった。
トリックは完璧だったし、私の指示も完璧だった。
しかし、雇ったやつがヘマをして証拠を残しやがった。
幸い、私のことはバレていないし、世間にもいい感じに噂されている。
この調子で続ければ、もっと世間に評価されるべきトリックを世に知らしめることができそうだ。
私は、別の人を雇い、違うトリックを使わせることにした。
ー
最近どうもおかしい。
ニュースに出てくる事件はどれもこれも俺が考えたトリックが使われている。
前までは犯人が捕まったおかげでトリックの全貌が明らかになっていたが、今では犯人が捕まらないようになった。
それでも、ニュースで説明している状況は、俺が考えたトリックと完璧に一致している。
もし、俺のトリックが使われているなら警察に解き方を教えられるかもしれない。
しかし、俺が疑われてしまったら……
それに、俺のトリックを知っているミステリー乞食の社会人さんが黒幕の可能性がある。
その場合、尚の事警察に説明したほうが良いのかもしれないが、俺のトリックを唯一賞賛してくれた、人だ。
本当にそうだとしても捕まってほしくはない。
ー
順調だ。
最近では、ヘマをするような奴もいない。
私の計画は完璧だ……
いや、完璧ではない。
なんせ、トリックの全貌を知っている人間が私以外にもいるからだ。
そう、無色の大学生さんだ。
彼も感づいているはず、私が犯人かもしれないことに。
まだ、警察に通報していないようだが、時間の問題だ。
何とかしなければ……
もし、万が一にでも私にたどり着かれては困る。
彼が居なくなれば、新たなトリックは生まれないが……
仕方ない。
彼の住所は知ってるし、これからは私一人でやっていけるだろう。
世間の事件のミステリーの中心は私なのだから。
ー
"ピンポーン"
なんだろう……
俺に訪ねてくる友達はないんだけど……
少し、怪しく思うも玄関の鍵を開け、俺はドアを開く。
そこで、俺は意識を失った。
ー
ここは……何処だ……
俺は知らない倉庫にいた。
この状況、俺が考えたトリックに似ている。
最悪だ。
どうやら、俺の考えが当たっていたのだろう。
トリックの全貌を知る俺をミステリー乞食の社会人が殺すことにしたに違いない。
残念ながら、俺のトリックは完璧だ。
逃げ出すことは出来ない。
それに彼のことだ。
俺の部屋にあるメッセージのやり取りなどの証拠を消させているのだろう。
それでも、せめて……
世間を恐怖に貶めている、ミステリー乞食の社会人さんを止めるため……
そして、そのトリックを考えた男の償いとして、何とか情報を残さなくては……
しばらくして、俺の命は尽きた。
ー
これで完璧だ。
私の事を知る人間はいない。
トリックの全貌を知る人間はいない。
彼の部屋にある私につながる情報も全てこの世から消した。
これで、私は安心して……
"ピンポーン"
チャイムがなる……
私を訪ねてくるものなど少ないのだが。
もしかして警察か……
いや、それはない。
私を突き止められるはずなど無いのだから。
玄関のドアを開けると、そこには警察……
では無く、黒ずくめの男が立っていた。
そして、その男は私にナイフを突き刺してくる。
私は、そこで命を落とした。
ー
「「続いてのニュースです。今朝、一人の男性が玄関先で刺され亡くなっていました。さらに驚くことに彼の部屋からは、現在世間を賑わわせているミステリー闇バイト殺人の犯人と思わしき痕跡が……」」
ー
俺は、ここで死ぬのだろう。
警察に情報を残したいが直接彼の個人情報を知っているわけではない。
一体何を残せば彼を止められるのだろう……
俺は特技なんてないつまらない人間…
幸いにもトリックを考える才能はあったらしいが。
トリック……
そうか、彼には申し訳ないが、多くの命を奪ってきたのだ。
俺と一緒に天国でミステリーを楽しむことにしてもらおう。
俺は自分の指を噛み、地面にトリックを書くことにした。
これは、警察でもなければ、彼に宛てたものでもない。
この後、俺の死を確認しに来るであろう犯人に宛てたものだ。
そいつが来る頃には俺は死んでいるだろうが、この文章をトリックをみればきっと上手くいくはず……
トリックと言えば彼に笑われるかもしれないが、こんな言葉でもトリックになり得るのだ。
彼との答え合わせはあの世でしよう。