3.モテるって大変そう
春休みが終わり学校が再開した。僕たちは3年
生になった。愛菜は少し離れた場所からうちの地域に引っ越しをしてきたので僕と同じ高校に転校することになった、もちろん登校は別々である。学年が変わるという事はクラスも変わるため、自分の新しいクラスを確認している時後ろから声をかけられた。
「みなとぉぉぉ!」
「おはよう!」
走りながら近づいてきた少女は柊紗奈という名の女の子。僕の幼馴染である。綺麗な茶髪を背中くらいまで伸ばし、底抜けに明るく容姿も整っている。
親同士が仲が良く、その影響で物心つく時から遊んでいることが多く、そのまま小中高と同じいわゆる腐れ縁というやつだ。僕の女性経験が全くないと断言できないのは彼女の存在が大きいだろう。
「おはよう紗奈」と挨拶を返す。
「湊はもうクラスの確認した?」
「ちょうど今来たばかりだからこれからだよ」
「そうなんだ、じゃあ一緒に探そうよ!」
そういい2人は自分の名前を探し始めた。
「あ、僕は3のBだ」
「おぉ!えーっと私は」
「あっ!私も3のBだ!今年も湊と同じだね!」
紗奈が飛び跳ねて喜んでいる。
うちの学校は3クラスほどあるので2年連続同じになるのはとても珍しいので紗奈が喜ぶのも良くわかる。もちろん唯一会話ができる女子が同じクラスになったのだから僕も嬉しい。
そのような考えていたとき
「ねぇ湊、あの名取愛菜って名前初めて見たよね?」と紗奈は不思議そうに見ていた。
3ーBクラスの名簿の中に名取愛菜という名前がある。
名字が千歳に変わったが、混乱を避けるために旧姓を使用することを学校側が容認してくれたので名取のままである。おそらく僕と同じクラスになったのは一応兄である僕がいる方が安心できるかも、という配慮だろう。正直ありがた迷惑な気もするが…
すると、見知らぬ名前に気がついたのか周りがザワザワし始めた
「名取愛菜ってだれだ?」
「もしかして転校生?」
と周りの人たちも不思議にしている様子である。
もちろん僕は名取愛菜という女の子を知っているが、知らないフリをするように返事をした。
「あぁ、そうだね聞いたことないな」
とほぼ棒読みで返事をした。
その時視界の端を通過していく愛菜らしき人が見えた。
朝のホームルームにて
「気づいてるやつもいるかもしれないが、うちのクラスに転校生が来るので紹介する。名取さん入ってどうぞ」と担任の佐藤先生が言った瞬間、教室内が歓声に包まれた。
そして、ガラガラとドアが開き外から綺麗な黒髪の女の子が入ってきてそのまま教壇の近くまで歩いて行った。
「じゃあ名取さん挨拶お願いします」と佐藤先生が言う。
そう言われた愛菜はニコッと笑顔をこぼし挨拶をした「みなさんこんにちは、名取愛菜と申します、みなさんと仲良くできると嬉しいです。よろしくお願いします」
発言内容は丁寧で真面目な印象を与えるが、それをかき消すほどの綺麗な笑顔で挨拶をしている。
「なあ、めっちゃかわいくね?」
「それな、めっちゃタイプ」
クラスの男子たちがヒソヒソと話している。
僕の目から見ても愛菜の外見は10人に聞いたら全員可愛いと答えるくらいには綺麗だと思う、それでもってスタイルもいい、愛嬌もある(僕以外には)のでとてもモテるだろう。それゆえに変な事件に巻き込まれなければいいのだが、まぁ大丈夫だろう。
休み時間、案の定愛菜は男女様々な人に囲まれている。何を聞かれているのか分からないが一人ひとりに笑顔で対応している。(ほんとに何で僕にだけ冷たいんだろ…)
理由が知りたいものである。
学校が終わり放課後、幼馴染の紗奈も途中まで一緒に帰ることになった。
「転校生の愛菜ちゃん、とっても可愛い子だったね!」
「ん、あぁ確かにそうだな」
「湊は話しかけなくてよかったの?全然興味なさそうだったけど?」と言われ心臓がキュッとなった。
幼馴染とはいえ親が再婚した事はまだ伝えていない。
「いやぁ…みんなに囲まれてて大変そうだったからな、また今度の機会でいいかなって…」と誤魔化すように説明した。
(幼馴染のこいつには今度説明した方がいいのかな)
そう心の中で考えているうちに解散地点に到着した。
「じゃあ私こっちだから、じゃあねまた明日!」
「おう、じゃあな」と小さくなる紗奈の背中を見送り僕は反対方向へ歩き出した。5分ほど歩き人気のない道をぼーっとしながら歩いていると何やら向こうで女子高生らしき人が男2人に絡まれているのが見えた。
「んー、あんまり問題に巻き込まれたくないしなぁ、でも無視して通り過ぎるのも罪悪感がすごいし声かけたほうがいいのかな…でも会話内容聞いたら実は知り合いと話してるだけかもしれないし」そんな事を考えているうちにすぐ近くまでやってきていた。
「だからさぁ俺たちと遊ぼうよ、少しだけでいいからさ」
「いやです、もう諦めてください」
女子高生はナンパされていた、気の毒だなと思いつつもチラリと状況を確認した。するとナンパされている女子高生に見覚えがあった。
「あ、愛菜?」
そう義妹である愛菜が知らない男に絡まれていたのだ。さすがに他人事ではないなと思い、格闘経験も喧嘩経験も乏しい僕だがひとこと声をかけた。
「あ、あの困ってるのでやめてあげたらどうです?」と諭すように声をかけた。
「あ?誰だお前」
「お前には関係ねぇだろ、邪魔すんなよ」
と喧嘩腰に言われた。このままだと暴力沙汰になりそうなので、最後の手段を使うことにした。おそらく愛菜の態度はもっと冷たくなるだろう。そうとんでもなく情けない最終手段を。
「ここに!ナンパしてる人がいますー!!!」
と大きな声で叫んだ。そう、自分の力で無理なら他人に頼ればいい、誰も助けに来なくてもこの人たちは恥ずかしい思いをするだろう。(あぁ、情けない)そう思いながら声を出した。
「何だこいつ、きも」
「もう行こうぜ」
そう言いながらナンパ男たちは立ち去っていった。それと同時に僕の男としてのプライドもどこかに消え去ってしまった。
「愛菜な大丈夫か?じ、じゃあ僕は先にいくから!」
恥ずかしさのあまり愛菜の顔を見ることが出来ずそのまま逃げるように走り去った。後ろからちょっと待ってと呼び止める愛菜の声が聞こえたような気がするがおそらく聞き間違いだと思いただただ走った。
そのまま家まで走り続け無事家に到着した。
手を洗い、制服を脱ぎ、部屋着に着替え自室のベッドに横になった。
「絶対嫌われた」僕は頭の中でこの言葉を反芻し続けた。
顔は見れなかったがゴミを見るような目でこちらを見る愛菜の姿が容易に想像できた。
次会う時どんな顔すればいいんだろう…
しばらくするとドアが閉まる音と共に足音が僕の部屋に近づいてきてることに気がつき、コンコンとドアがノックされた
(なんか嫌味でも言われるのだろうか…)
心の中でそう呟き返事を返した。
「はい」
少し遡り
学校が終わり私は帰路についていた。転校初日ということもあり、みんなから話しかけられて今日はかなり疲れた。そんな事を考えて歩いていた時突然知らない男の人から声をかけられた。(あぁ、ナンパか…)そう思いながら返事はせず無視し続けた、でも男の人たちは何度も何度も声を掛けてきたので流石に我慢の限界に来た私は強い口調で諦めるように促した。それでも男たちはしつこく絡んできて困惑していたその時、
「あの、困っているのでやめてあげたらどうです?」と優しく語りかける聞いたことのある声が聞こえた。湊くんだった。どうすれば良いのかわからない気持ちと湊くんが助けに来てくれた驚きで頭が真っ白になった。男の人たちの注目は一気に湊くんの方へ向き今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気だった。その時、湊くんが大きな声を上げた。他人に助けを求めるような声を、周りの人からしたら変に見えるかもしれないが私にとってはそんな事はどうでも良かったのだ。そして男の人たちが何か呟きながら離れていきお礼をしようとした途端湊くんが走り出してしまった。正直よく分からなかったが、私の目には突然現れ突然去っていくヒーローのように見えた。(かっこいい…)と心の中で呟くように言った。男性経験がない私には分からないがおそらくこれが「恋」なのかもしれない。
ガチャリとドアが開き愛菜が部屋の中へ入ってきた。
何を言われるのかと身構えていると恥ずかしそうに愛菜が言った。
「さっきはありがとう…」
「お兄さん…」
最後の言葉は聞き取れなかったがそんな言葉に僕は驚きなんて言えばいいのか分からなくなった。冷たかった愛菜が初めてあたたかい言葉をかけてくれた。その事実だけでとても嬉しかった。
「お、おう無事で何よりだよ」
そう言い終える前に愛菜はそそくさと部屋を出ていってしまった。
状況を整理しつつ、これからは『普通の兄弟』として仲良くしていけたらいいなとそう願うのであった。