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知られざる兄の過去

プチ慰労会が終わり、私は兄さんの後ろをついて行き、家へ向かっていた。


同じタイミングで店を出たのだから、横に並んで歩こうかとも思った。

でも、2人並んでいるところをクラスメイトに見つかったら面倒なことになりそうで、少し後ろを歩くことにした。


それに、後ろを歩けば横に並ぶより長く、兄さんを視界に入れていられるから——。



その帰り道のこと、前を歩く兄さんの足が止まった。

どうやら知らない女の人に声をかけられたようだ。


「私の兄さんに話しかけるなんて、いい度胸してるじゃない…」


女の人は金髪に胸元の開いた服、そしてミニスカート。

いわゆる“ギャル”と呼ばれる風貌だった。


見覚えのない顔。おそらく別の学校の人だろう。

けれど、わざわざ話しかけてくるくらいだから、小学校や中学の知り合いなのかもしれない。


私は歩みを緩め、2人のやり取りをじっと観察した。


会話の内容までは聞こえない。

ただ、金髪ギャルは笑顔で話しているのに、兄さんはまったく笑っていなかった。むしろ嫌そうにさえ見える。


——兄さん、この人のこと嫌いなのかな?

私は必死に頭を回し、2人の関係を考えた。


そうこうしているうちに会話は終わったらしく、兄さんが歩き出した。

私も慌ててそれに合わせる。


結局、2人の関係はわからないままだった。


金髪ギャルはというと、こちらに向かって歩いてきている。

気分が悪そうな、むしゃくしゃした表情を浮かべながら。


もちろん、兄さんが知らない女と話しているのを見せつけられた私も、同じように胸の奥がざわついていたけれど。


——どうして兄さんは、あんな態度をとったんだろう?

過去に何かあったのか。

そもそも、あの女はいったい誰?


気になることばかりで、家に帰ったら兄さんに聞いてみようと心に決めた。



家に戻ってからも、兄さんの様子はどこか元気がなかった。

食事のときも、部屋にいるときも、何をしていてもどこか上の空のように見える。


そこで私は、兄さんの部屋に行くことにした。


ドアをノックすると、中から兄さんの声がする。

開けると、ベッドに横たわりスマートフォンを眺めていた。


「ねぇ、ちょっと話があるんだけど……いい?」


「ん、なんだよ」

返事の声もどこか元気がない。


「なんか、兄さん元気なさそうだなって」


「あぁ、悪いな。ちょっとな」


「で、話って?」


「帰りに一緒にいた金髪の女の人……あの人、誰?」


「えーっと、小中で一緒だった同級生だよ。ただそれだけ」


ただの同級生に、あんな無愛想な態度をとるなんて……しかも優しい兄さんが。

やっぱり、何か話しにくい事情があるのだろう。


「でも、全然楽しそうじゃなかったよ。紗奈さんたちと話すときとは全然違って見えた」


少し踏み込みすぎたかもしれない。

でも、あの人との関係はどうしても知りたい。


「ははっ、愛菜は鋭いな」

兄さんが、不気味な笑みを浮かべた。

正直、ちょっと怖い。


「だから、その……何かあったのかなって」

私は声を落とし、小さく問いかけた。


「まぁ、そうだね。昔いろいろあってさ、それから苦手なんだよ」


やっぱり。兄さんとあの人の間に何かがあったのは確からしい。

でも、これ以上踏み込んでいいのだろうか。


「そ、そうなんだ……」

私は気後れして部屋を出ようとした。


すると、後ろから兄さんの声が飛んできた。


「なんだ、詳しく聞かなくていいのか? いつもの愛菜なら根掘り葉掘り聞いてくると思ったから、話す準備してたんだけど」


……なんだかデリカシーのない女って言われてる気がする。気のせいかな。

でも、過去を話してもいいと思ってくれるくらいには信頼されてるのが、ちょっと嬉しい。


「ちなみに……その話、紗奈さんも知ってるの?」


「ん? あぁ、知ってるよ」


聞かなければよかった。

幼馴染だもの。信頼されてて当然。兄さんの過去も、きっと私よりずっと知ってる。

そう思うと、胸がチクリと嫉妬で痛んだ。


「そんな大した話でもないけどな。中学2年の頃だったかな」

兄さんは淡々と話し始めた。


「今日会ったのは鷲宮詩緒里って名前でさ。実は、その人に恋をしたんだ」


「……!」


「でも当時の僕は身だしなみも整えてなかったし、性格も暗かったしで。もちろん、うまくいくはずもなかった」


今の兄さんはすごくかっこいいから、その頃の姿は想像がつかない。

でも、もしそのとき私がそばにいたなら……きっと過去の兄さんも愛してあげられたのに。


「まぁ、ただ恋が失敗するだけならまだよかったんだけどさ。そこからが大変だった」


「……大変って?」


「ふふっ。やっといつもの愛菜っぽくなってきたな」

兄さんが、わざと軽口をたたく。

きっと私を気遣ってくれているのだろう。そういうところが好き。


「続きだけど……勇気を出して告白したんだ。結果は、言うまでもなく振られた」


「な、なんて言われたの?」


「『よく私に告白してきたわね。その見た目で付き合えると思ってるの?』だってさ」


「……っ」


「まぁ今考えれば、そう言われても仕方ないと思うよ。でも当時はさすがに堪えた」

「それからも陰口を言われたり、いろいろあった」

「優しい人だと思ってたんだけどね」


兄さんは淡々と笑って話した。

けれど、その内容は胸が痛むほど酷いものだった。


「ありがとう、兄さん。そして、ごめんね」


「それで、その女の家はどこ?」


「どこって……聞いてどうするんだよ」


「ちょっとね。兄さんの苦しみを……いや、2倍の苦しみを味わわせてあげようかなって」


自分でもよくないことだとはわかっている。

でも、大好きな人を傷つけた相手に、悔しさと憎しみが抑えられなかった。


「いいんだよ、愛菜」

兄さんは優しく宥めるように言う。


「でも……!」


「過去のことだし。その出来事があったから努力できたのも事実だしな」


「感謝まではしないけど、きっかけにはなった。だから、もういいんだ」


「……そう」


まだ胸の奥はモヤモヤしている。

でも、辛い経験があったからこそ、今の兄さんはこんなにも人に優しくできるのかもしれない。


そう考えたら、ますます兄さんのことが好きになってしまった。



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