蜂の王子、最後の蜜
蜂の精と人間の娘
森の奥深く、巨大な蜂の巣に住む「蜂の王子」ハチオは、数多くの姉たちに囲まれて育った。彼は蜂の精霊で、金色の瞳と羽根のようなマントを持ち、甘い蜜のような笑顔で誰をも魅了した。
ハチオの姉たちは巣の運営や蜜集めに忙しく、彼を過保護に可愛がる一方、
「お前は特別な使命を持つ」
と繰り返した。その使命とは、運命の相手と結ばれ、子孫を残すこと。
ただし、雄蜂の宿命として、交尾の後に彼の性器は爆発し、命を落とすのだ。
ある日、ハチオは森の湖畔に住む人間の娘、リナと出会う。
リナは素朴で心優しい女性で、野花を摘みながら歌う姿にハチオは心を奪われた。
リナもまた、ハチオの不思議な魅力と純粋さに惹かれ、二人は湖畔で語り合う時間を重ねる。
ハチオはリナに蜂の姿を隠し、ただの旅人として振る舞ったが、姉たちには「人間と関わるな」と厳しく禁じられていた。
「ハチオ、お前は毎夜どこに出かけているのか?」
姉の一人、女王候補のミツバが鋭く問う。
「人間は我々を理解しない。使命を忘れるなよ。」
ハチオは笑ってごまかすが、心はリナでいっぱいだった。
リナとの時間は、使命や宿命を忘れさせるほど幸福だった。
リナもハチオに惹かれ、ある夜、湖畔で彼に告白する。
「ハチオ、貴方がどこから来たのか知らないけど…あなたと一緒にいたい。」
ハチオの胸は喜びで震えたが、同時に恐怖が押し寄せた。愛を交わせば死が待っている。
姉たちの言葉が脳裏をよぎる。
「――お前は巣のために生きるのだ。」
だが、リナの澄んだ瞳を見ると、そんな使命は色褪せる。
彼は決意し、リナに真実を告げる。
「リナ、俺は蜂の王子だ。もし君と愛を交わしたら、俺は死ぬ。でも…君を愛してる。」
リナは衝撃を受け、涙を流しながらハチオを抱きしめた。
「そんな運命、受け入れられない! あなたを失いたくない!」
二人は悩み抜いたが、ハチオは言う。
「君と過ごした時間が、俺の人生そのものだ。一瞬でも君と一つになりたい。」
リナは彼の覚悟を受け入れ、愛を貫くことを選んだ。
満月の夜、二人は湖畔の花畑で愛を交わした。
精を解き放つその瞬間、ハチオの身体は光に包まれ、激しい爆発音とともに彼の命は散った。リナは泣き崩れ、ハチオの最後の言葉を胸に刻む。
「君は私の花、そして、私は君の最後の蜜だった――」
新たな女王の誕生
ハチオがリナとの愛を貫き、命を散らしたその頃、ハチオの姉であり、女王候補の筆頭であるミツバは、鋭い金色の瞳と冷徹な決意を胸に、巣立ちの時を迎えた。
女王となるため、ミツバは交尾飛行の儀式に臨む。彼女は森の空を舞い、強烈なフェロモンを放ちながら、近隣の巣から集まった数百の雄蜂を引き寄せた。ミツバは無慈悲なまでに優れた雄蜂を選び、交尾を重ねる。
交尾を終えた雄蜂は次々と性器の爆発とともに墜ち、ミツバの心には一瞬の哀れみも浮かばない。「巣のために、犠牲は必然」と彼女は自らを戒めた。数時間の過酷な飛行を終え、ミツバは数十匹の雄蜂の精子を体内に蓄え、女王としての力を確かなものとした。
森はミツバの巣に支配され、リナの存在は忘れ去られた。
ミツバは女王として君臨し、蜂の誇りを守り抜いた――たとえその心が、愛を知るハチオの記憶にわずかに揺らぐ瞬間があったとしても。
おわり