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4 さすがにドン引きです

 最近、ジュリエンさまが変わりました。


 ……いや、元から変わってはいたのですけれど。

 最近の変化は「より人間らしくなった」というか、そういう意味での良い変化でした。


 クラスメイトと少しだけ会話を交わすようになり、学園の行事にも顔を出すようになり、ときどきではありますが、校内で立ち話をしている姿すら見かける、という報告を聞いています。


「ジュリエンさまが、誰かと『立ち話』……」


 それはもう、空が割れて竜が舞い降りるくらいの衝撃です。


 しかし、私は思ったのです。


 きっとこれも、ソフィーさまの影響なのだと。

 彼女が関わることで、ジュリエンさまの内にあった閉じた部分が、少しずつ開いてきたのだと。


 ……そう、信じていました。


 ――つい昨日までは。



 ***



 ことの発端は、学園の庭園でのことでした。


 たまたま学園に用事があった私が、変装した姿で歩いていると、中等部の生徒がひそひそと話している内容が耳に入ってきました。


「なぁ、知ってるか? お前にはこっそり教えるけど、上級生のレイさま……最近、姿が見えないらしいぞ」

「……なんで?」

「なんか、あの、ジュリエン・シェネルさまに()()()()()()()とかで……」

「うわぁ、怖ぇえええ」


 ……へ?


 思わず、間の抜けた声が漏れました。


「いや、あくまで噂なんだけど……レイさま、この間、ご友人と話してるときに『ソフィーさま可愛い』って言ったらしいんだよ。それを誰かが聞いてて……その後、ジュリエンさまがレイさまを呼び出したとか……」

「……あのジュリエンさまの呼び出しとか、大変だな」

「『外すぞ』って言われたって……」

「『外す』? 何を?」

「わからん……指か、肩か、学生の資格か、それとも貴族社会からの抹殺か……」


 ヒィ……!


 いやいや、まさかそんな。


 そんなこと、あるわけ――




「……あった」


 私は資料室の棚に隠れて、ある場面を見てしまいました。


 ジュリエンさまの噂の真偽を確かめるため、潜入調査をしていたときのことです。


 とある男子生徒が「最近、ソフィーさまってすごく人気ですよね。あの笑顔、反則っていうか……マジでかわいい」と笑いながら話していたら。


「……それ以上、言わない方がいい」


 その声は、まるで氷を這うように冷たくて。


 次の瞬間、彼の背後に、いつからいたのかわからないジュリエンさまが立っていました。


 周囲の空気が一瞬で凍りつき、彼は悲鳴を飲み込んだまま立ち尽くしています。


「『好き』だとか、『かわいい』だとか。二度と口にするな。……頭が命令を理解できないなら、俺が直接教えてやる」


 微笑を浮かべながらそう言うジュリエンさまの顔は……たしかに、ドン引きするくらいに最高でした(見た目は)。


 でも中身は、もう完全にヤバいやつでした。

 関わっちゃいけないやつです、あれは。


 私は何も見なかったことにして、そっとその場を離れることにしました。



 ***



 その後、私は執事としての義務感に駆られ、部屋で紅茶を淹れながら、遠回しにそれとなく聞いてみました。


「ジュリエンさま、最近……交友関係が広がったご様子ですね」

「……そう見えるか?」

「はい、とても。会話も、以前より積極的にされていますし。まさか、ソフィーさまのおかげ……?」

「違う。監視だ」

「…………は?」


 ……まさか。

 あのひとときだけではなく、ということですか?

 学園の方々とよく関わるようになったのは、ソフィーさまを狙う人たちを粛清するためだった、と?


「油断していると、すぐ『かわいい』とか言う馬鹿が出てくる。だから事前に潰しておく。……予防策だ」

「……予防、ですか」

「『かわいい』とか、『好き』とか。俺以外が言う必要、あるか?」

「……いやまあ、言うのは自由では」

「なんだ? お前も殺されたいのか?」

「いや、だからなんで即命に関わる話になるんですか」


 ……さすがに、ドン引きです。


 いや、以前からやや偏った愛情をお持ちなのは存じておりましたが、ここまでとは思っていませんでした。


 仲良くではなく、仲悪く関わることが増えたということだったんですね。


「ジュリエンさま、ソフィーさまにそのこと、お話されたんですか?」

「言うわけがない」

「…………」


 でしょうね。


 こんなこと、万が一でもソフィーさまの耳に入ったらどうなるか。


 ――たぶん、本気で嫌われます。


 ……いや、彼なら、ソフィーさまにそれを伝えた人間を全員あぶり出して消すくらいはするでしょうか。


「ジュリエンさま。心から申し上げますが……」

「……何だ?」

「何もせず普通にしていてください。あなたの『普通』の時点でもう、十分怖いですから」




 その日以来、私は密かに、「ジュリエンさまの動向を監視する任務」を自らに課すことにしました。


 ソフィーさまの笑顔を守るために。

 無実の青年たちの未来を守るために。


 あと、学園の平和のためにも。


 ……こんな苦労を誰が予想したでしょうか。

「公爵家の執事」という肩書きの裏には、今日も涙ぐましい努力があるのです。

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