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2 彼女が可愛いと言ったから

 いつものように書類を整理していると、ジュリエンさまが「ジル」と私を呼びました。


「どうされましたか?」

「王都で一番可愛い頬紅を知っているか?」

「頬紅――チークのことですか……?」


 戸惑いながら聞くと、ジュリエンさまは「ああ」と頷きます。


 いったい何のためにチークのことを聞かれているのか。


 ――そういえば、もうすぐソフィーさまとのディナーがあったはず。

 デートだ! とソワソワしているジュリエンさまを薄目で見ていたのは、記憶に新しいです。


「今度の、アルノー嬢とのディナーの際に、持っていくおつもりですか?」

「ああ、そうだ。一番可愛い色のものが欲しい」

「分かりました。手配しておきます」


 手土産にチークを選ぶなんて、なかなか女性のことについて分かるようになってきたではありませんか。


 ジュリエンさまは仕事でお忙しく、買いに行く時間はありませんから、今回は私が準備することにしましょう。

 しかし、チークのことなんて私も詳しくありませんし、いったいどうしたものか……。


 午後から少し、王都の店へ出かけて聞いてみましょうか。


 なんて考えていると、ジュリエンさまはジッとこちらを見つめて不思議なことをおっしゃいました。


「来週のディナーだが……お前も変装して店に待機しておいてくれないか?」


 はい……?


 思わず出そうになった言葉をのみこみます。


 というか、「変装」って何ですか。


「どういった意図か、お聞きしても?」

「チークが必要なのは、食事の途中だからな。お前がいてくれないと困る」


 ……なるほど?

 つまり、いかにも「手土産ありますよー」という感じでデートを進めたくない、ということでしょうか。ソフィーさまをびっくりさせたいと、そういうことなのでしょうか。


「サプライズがしたいということですか?」

「ああ」


 それなら仕方がありません。

 ここはお兄さんの私が協力してあげようではありませんか。


「分かりました」


 あ、ジュリエンさま、すっごく楽しみなんですね。うれしいんですね。

 表情がだらしなく緩んでますよ。



 ***



 ――デート当日。


 私は王都の貴族街にあるレストランの一席に、一人で腰掛けていました。

 少し離れた場所には、ジュリエンさまとソフィーさま。

 ソフィーさまは後ろ姿しか分かりませんが、ジュリエンさまの顔はバッチリ見えます。


 ジュリエンさまは珍しくお酒をかなり頼んでおられるようで、ソフィーさまを前にしても、心なしかいつもよりもリラックスしているように見えました。


 それにしても、久しぶりにきちんとした服を着た気がします。普段は執事の制服を着ていますし、伯爵家の人間にふさわしい貴族らしい服を着たのなんて、いつぶりでしょうか。

 こんなにしっかりした服装と、眼鏡をかけていれば、さすがにソフィーさまには気づかれないはずです。


 今日の私のミッションは、合図として席を立ったジュリエンさまの後を、ソフィーさまに気づかれないように追いかけ、トイレで落ちあうこと。

 そこでこの包装されたチークをジュリエンさまに渡し、そのまま様子を見届けることです。


 さて、ソフィーさまが喜んでくださるといいのですが……。



 あ、ジュリエンさまが席を立ちました。

 私の隣を通って行くときに、チラリと視線がぶつかります。

 私は小さく頷いて、ソフィーさまがこちらを見ていないのを確認してから、席を立ちました。


「ジュリエンさま。チークはこちらです。頑張ってくださいね」

「悪い。助かった」


 紙袋を手渡すと、ジュリエンさまはゴソゴソと中を確認し、おもむろに包装されたチークを取り出します。


 そして――


 包装をガサガサと外し始めました。


「え、え……! ジュリエンさま、何してるんですか……!?」

「包装を外している」

「『外している』じゃないでしょ! 何考えてるんですか!」


 もう訳が分からず、私はトイレの中で叫んでしまいました。


 そんなこともお構いなしに、彼はチークを取り出すと、ずいっと私に手渡して言いました。


「塗ってくれ」


 と。


 は……? なんですと……? 塗ってくれ? 誰に? 私に?


 もうまったく意味が分からず言葉を失っていると、彼は自分の頬を指して再び言いました。


「このあたりに塗ってくれ」


 なんで……?

 まさかチークが必要、って、ソフィーさまにあげるんじゃなくて、自分で塗るために買ったってことですか。


 それにしてもなんで? 意味が分からん。

 ついにおかしくなったんでしょうか、うちの主人は。


 すると、ジュリエンさまは少し視線を逸らして言いました。


「ソフィーが……可愛いと言ったんだ。酒に酔って頬が赤くなる人は」

「……そうなんですか」

「だが、俺は酒を飲んでも赤くならんだろう? だからそれを上手く塗ってくれ」

「え、かわいい……とはなりませんよ! 普通に! 発想が飛躍しすぎててドン引きです!」


 何が「上手く塗ってくれ」ですか。

 バカでしょ、うちの主人は……!


 酒に酔った感じにしたくてチーク使う人なんて初めて聞きましたよ!

 そんなことまでして可愛がられたいんですか。

 というか、そんなことのために私は一人寂しくディナーをしていたんですか。なんなんですか、ほんと。


 それでも、目の前の主人は真剣に考えていたのでしょう。


 ハァと大きなため息が出ます。


 恋の力というのは、偉大なものですね。


「かわいいって言われるかどうかは分かりませんからね」


 協力してしまう私も、きっとおかしいのでしょうが。

 ブラシ付きのチークでよかったですよ、ほんと。


 バサバサとジュリエンさまの顔にピンク色を塗りたくり、酔いが回ったように仕上げます。


「……今度、侍女に女性のメイクしてもらったらどうです?」

「なぜ……?」

「分かってないならいいです」


 こうして見ると、普段は凛としておられますが、意外とジュリエンさまって男性にしては顔立ちが女性っぽいというか、化粧映えもする整った顔だなぁって。腹立つ。



 しばらくして帰宅した真っ赤なジュリエンさまを見て、熱があるのではないかと騒いだ使用人たちに囲まれた主人は、自業自得です。

 そんな目で見てきても、助けてなんてあげませんからね。

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