9 たぶん神さまに嫌われてる
最近のジュリエンさまは、どこかおかしい。
いや、以前からおかしいのは常だったわけですが――「ソフィーさまとのデート」が絡むと、普段以上におかしくなるのです。
たとえば今回のように。
「ジル。俺は自然体でいくべきだろうか。それとも、演出を意識すべきか?」
「……あの、どこに向かって話をしてらっしゃるんですか?」
「デートというものは、『演出』が肝だと聞いた。ならば、あえて緩急を――」
「はい、一回落ち着きましょう。深呼吸!」
ソフィーさまとふたたび街へ出ると決まったその日から、ジュリエンさまの様子は明らかに挙動不審でした。
本人いわく、前回の「劇団チケット取り間違い事件」で心に深い傷を負ったらしいのです。
何を隠そう、その傷は「すまない……」としか言わなくなった男が、「口ではああ言っていたが、本当は嫌われたのでは」と私に泣きついたところからきています。
……いや、あれは正直、私でもそう思いました。
でも。
「またデート、してくださるんでしょう?」
そう聞くと、ジュリエンさまはパチリと静かに瞬きをした。
ソフィーさまのお心の広さには、何度救われてきたことか。
あの件も、ちょっと面倒だったなぁくらいで、何とも思っておられないようです。必死にかき集めた情報を見たとき、私は思わず涙してしまったほどでした。
「今回は、絶対に、万全を期す」
そんな信念のもと、ジュリエンさまは本当にまじめにデートプランを練りはじめました。
「ジル。道中の花屋は、この順番で立ち寄るのが自然だと思うか?」
「……はい、まあ。ちょっと不自然ですけど、前回よりは百倍マシです」
「よし、ではここで手を繋ぐ」
「はい、ストップ。まだ早いです。ド早い」
だいぶ手間はかかりましたが、なんとか無難なデートプランが完成しました。
ソフィーさまにも当日まで内緒のサプライズ構成。本人は「演出」と呼んでいましたが。
しかし私は心配でした。
ジュリエンさまにとって「普通」のつもりでも、「一般人」にとっては「おとぎ話」くらい浮世離れしているのですから。
だから当日、私は護衛に紛れてこっそり同行することにしました。もちろんジュリエンさまには伝えてあります。
――ですが、何もせず見守るつもりでした。ほんとうに、見守るだけのつもりだったのに。
***
昼過ぎまでは、すべて順調でした。
ジュリエンさまは奇跡的に空回らず、ソフィーさまも笑顔で応じておられます。
道端でクレープを買って、ベンチに並んで座って……「おいしいです」なんて、甘すぎて胃が痛くなる光景もあったほどに。
よかった。これなら、私の出番も――
「『二人の絆検定』? なんだそれは」
目をつけてはいけないものを、ジュリエンさまは即座に嗅ぎ取りました。
こういうときだけ急に敏感になるの、やめてもらえませんか。
「おふたりさん、そこのおふたりさーん! 今なら参加無料ですよー! 愛が試されるチャンスでーす!」
路上イベントでした。よくある、お祭りついでの出し物で、通行人をカップル認定して参加させては冷やかす類のものです。
どうか、どうかスルーしてください、と思いました。
なのに。
「ソフィー、行こう」
「……え? ジュリエンさま?」
「『絆』なら、誰にも負けるはずがない」
やめて!
デートプランはどこに行ったんですか!
せっかく計画立てたのに、計画通りに進めないから全部が壊れていくんでしょうが……!!
という私の心の叫びは彼に届きません。
絆検定の内容は、至って単純。
「お互いに絵を描いて、その絵を見て何を描いたか当てられたらクリア。商品を少し値引き」という、完全に近所のおじさんが面白がってるだけの内容でした。
が、ジュリエンさまは自信満々でした。
「絵には多少、心得がある」
公爵家の教育に「絵画」は含まれています。なるほど、それならいけるでしょう。
案の定、ジュリエンさまが描いたソフィーさまの絵は――それはもう、美しいとは言えませんが、しっかりと特徴を捉えていました。
「これは……私、ですか?」
「そうだ。俺の視点から見た、君の今の表情だ」
ソフィーさまは即答で当てました。さすがです。愛の力です。
しかし、問題はこのあとでした。
「では、こちらが私の絵です……が……本当に、すみません。下手くそで……」
紙を差し出すソフィーさまは、目も合わせられないほど恐縮しておられました。
またまたそんなことを言って、と微笑ましく思いつつ、見せられた絵を見て、私は思わず言葉を失いました。
「…………うん?」
なんだあれ。
いや、頑張ったのはわかります。わかりますが。
円がひとつと、点がいくつか。横長の何かと、上にふわっとしたものが乗っている……?
「……これは、俺の目?」
一瞬硬直したジュリエンさまが自信ありげに言いますが、
「違います……」
首を振るソフィーさま。残念!
「……では、俺の髪?」
「違います……」
二回目も不正解!
これで、残るはラスト一回。
そのとき、ジュリエンさまが――こちらを、見ました。
「……(ジル)」
「……(ムリムリムリ)」
いや、ムリですって! 無理すぎる!
でも、助けを求めるその目があまりに必死で――私はこれまでのソフィーさまの言動から、死ぬ気で答えを絞り出しました。
「……(多分、いつも見てる後ろ姿じゃないですか……?)」
ジュリエンさまは頷き、静かに言いました。
「俺の、後ろ姿だ」
「……ちがいます……」
「「…………」」
それを聞いていた通りすがりの女性が、
「あっそれ、クレープよ! ほら、後ろのリボンがそれでしょ!」
「「…………」」
正解と同時に、「やっぱアンタ、まだ愛が足りてないわねぇ!」と、ジュリエンさまの肩をポンポンしているおばさま。
次の瞬間、私は見ました。
ジュリエンさまが、無言で、殺気を帯びた目を私に向け、静かに、「首を切るジェスチャー」をしたのを――!
なんで!? なんでこっちのせいなの!?
***
帰宅後。
珍しく黙り込んだジュリエンさまに、私は勇気を出して声をかけました。
「……お疲れさまでした。ソフィーさま、楽しそうでしたね」
「…………」
「……今回も、きっといい思い出になったかと」
「…………」
「…………たぶん、神さまが悪いです」
ジュリエンさまは黙って頷いた。
その辺のおばさまにも、クレープにも負けたジュリエンさま。
さすがに今回は、私も不憫でなりませんでした。