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知らない物語

 どうしてこの世界では、名を呼ばれると戸惑う者が多いのか。二つ名で呼ばれることになれているのか。それとも自分の心を殺しているのか。

 おそらくどちらも当てはまるだろう。だが、そんな悲しいことは今日までだ。私が何度でも彼の名前を呼ぼう。みんながその名を口にしてしまうくらい。

「ゼノくん」

「なんだ?」

「なんでもないよ」

 訳が分からないといったような顔。そんな表情も素敵だ。

 目つきが悪いと言われているゼノ。その鋭い視線が魅力だと思っている。野良猫のように、警戒心むき出しの目。それを隠すようにかかった少しくせ毛の黒い髪。簡単に人を寄せ付けない佇まいは、ミステリアスな空気をまとっている。


 ゼノの少し後ろを歩き、その姿を眺めていることが信じられない。漫画では分からなかった猫背がちな歩き方。想像していたよりも、細身ですらっとしている。ふわふわ揺れる髪に触れてみたくて、そわそわしていると「そうだ」と思い出したようにこちらを見た。

「あんたの名前聞いてなかったな」

「えーっと」

 本名を答えようか。それともこの世界に馴染む名前を言ったほうがいいのか。可愛い名前にしたいけれど、せっかくなら名前を呼んでほしい。名前を言おうとすると、先にゼノが口を開いた。

「そうか、エトって言うのか」

「はい、エトです」

 命名してもらえるなんて、感激だ。こんな体験、二度出来ないだろう。目の前の本人にこのこの喜びを伝えたいのだか、言葉にならない。ただ一言だけ「幸せ」と言うと、不思議そうな顔をしていた。


 そういえば、この後の展開はどうなるのだろう。本来ならもう、ゼノはいない。だが今はここに居て、おそらく青嵐の丘へ向かっている。

 変えてしまった未来は、この世界の平穏を奪ってしまうのではないだろうか。

 思い悩んでも、手を出してしまったからにはもう引き返せない。なにかいい方法はないだろうか。ひとり悩んでいると、またゼノから声がかかった。

「あんた、家は?」

「え?」

「どこに住んでるのかって聞いてんだよ」

「家、無いんだった」

「そうかよ」

 なぜかしょんぼりとしてしまったゼノ。

「あ、間違えた。この前、家建てたんだった」

 あそこらへんと指を指すと、ちょうどいいところに家があった。しかも、私が頭で思い描いた家。さっきの金棒にしても、急に現れた。もしやこの世界では、思い描いた物が目の前に現れるシステムなのだろうか。

 それは追々確かめるとして、この先どうするか考えなければ。主要な登場人物とは親密にならない方がいいだろう。

「じゃあ、私はこの辺で」

「おい」

「ゼノくん、元気でね」

 ゼノの制止を振り切って家へ走って向かった。


 扉の前で入ろうか迷ったが、表札には「エト」と記されていた。自分の家だと確信し、ゼノの姿が見えないように中へ入った。

 これでいい。この先主要な登場人物とは親密にならない方がいいだろう。ここで、ひっそりと生きていこう。

 

 

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