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無題

 とりあえず、話を逸らしてみよう。そもそも、トーガは用があってここに来たのだろうから。

「それよりも、トーガ君は、私を呼びに来たんじゃなかったの?」

「そうだった」

 これで偵察が務まるのだろうか。確かに隠密行動には秀でている。声をかけられるまで気付かなかったくらいだ。それでも、心配になってくるのはこの溢れ出る小動物感。ルーヴェルに信頼されてこの役を任されているのだろうから、腕は素晴らしいのだろうが。

「ええっと」

 トーガは咳払いをして、場を整える。それでも、どこか居心地の悪そうな様子できょろきょろしていた。

「トーガ君に着いて行けばいいのかな?」

「はい……。お願いします」

「じゃあ、道案内は任せたよ」

「はい!」

 彼は起伏が激しいようだ。しょんぼりしていたと思ったら、別人の様に張り切った返事をする。急に怒り出したりするよりはいいのだが。

「そろそろ行こうか」

「はい!」

 何故私がこの場を仕切っているのだろうと、不意に思うも悪くない気分だ。なんというか、子ガモをを見ているような気分。必死に親ガモの後をよたよたしながらも着いていく。

 いや、トーガの足取りはとても軽い。まるで忍者の様に木の根を飛び越え、重力を感じさせない。風が吹いたら飛んでいってしまいそう。もし、そうなっても自慢の運動神経で軽々着地するのだろうが。

 それにしても、あの身のこなしは羨ましくなる。日々積み重ねた運動不足により、少しの坂道でも息が切れる。それなのに彼は、遠く先に行ってしまったかと思えば、一瞬にして戻ってくる。私の何倍も動いているのに、疲れている素振りは一切無い。

 どうやって持久力をつけているのか聞いてみたい。あんな風に軽々動けたらきっと楽しいのだろうな。


 今にも飛んでいきそうな後ろ姿を眺めていると、急に止まり振り返った。

「あの、ええっと」

「どうしたの?」

「僕、その……」

 こちらをちらっと見ては視線をそらすのを何度か繰り返し、意を決した様に真っ直ぐ私の目を見る。

「さっきの返事、聞かせてもらえませんか」

 弟子にしてほしいという話、冗談ではなかったようだ。

「僕、生まれた時から能力が無かったんです」

「そうなんだ」

「ずっとみんなが羨ましかった。僕は強くなれないと思っていた」

 彼のような偵察に長けた人なら、引く手あまただと思うのだが。当事者にしか分からない苦悩がある。

「ゼノさんを助けた日から117日経ちましたが、あなたは一度も能力を使っていない。それなのにあんなに強いなんて」

 ただの勢いで言われたのなら断れるが、こんなにもきらきらした目で見られては悲しい顔をさせたくない。

「お願いします」

 「分かったよ」と言うと、嬉しそうに笑う。けれど伝えておかなければならないことがある。

「一つだけ、忘れないでほしいんだ」

「掟ですね」

「あなたは、あなたのままが素敵」

「え?」

「誰かになろうとしないで。あなたは、世界でたった一人しかいないんだから」

 トーガは笑いながら泣いていた。どれだけその人生を否定されてきただろう。何度失望の言葉を浴びせられてきただろう。知ることは出来ないが、その涙が物語っていた。


 他人を羨ましく思う度に、自分が憎くなった。私が私でなければ、もっといい人生を歩めたのではないかと。ずっとそんな自分の人生が嫌だった。嫌なこと、悲しいこと、思い出したくないこと。たくさんあった。今でもふとした瞬間に蘇り、心を締め付ける。

 けれど、それでもいいと思えたのはゼノに出会えたから。全ての事がゼノに引き合わせてくれた。少しでも違う道を選んでいたなら、知ることのなかった人。だから、私は私で良かったと思えた。

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