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3/10

君の名前

 本当ならこの主人公は、あの氷の城で指揮するだけでいいはず。自ら戦場に身を置くのは、彼の弱さだと知っている。

 それでも、一度ゼノを失った悲しみは忘れられるわけがない。金棒を握り直し、体の重心を下げる。時間なら充分稼げたはずなのだが、引けない。なぜなら、ゼノはまだ逃げていなかったからだ。


 物陰からこちらを伺っている。そりゃそうなるか。ゼノは冷たい雰囲気とは裏腹に仲間思いの優しい人だ。さっさと逃げるような輩なら、こんなに好きになってなどいない。

 仕方ない。敵の動きを封じるしかないようだ。金棒をもう一度振り上げ、敵に殴りかかる。

 いいところに攻撃が入ったようで、氷の防御は粉々に崩れ落ち、その衝撃で彼は吹っ飛んだ。

「あなたの負けです」

 ようやく追い詰めた私の悪役。このままとどめを刺してしまえば、ゼノの未来は脅かされることは無くなる。

 こちらを見上げる目は怯えたように見える。それでも態度は毅然としていて、周囲にそれを悟らせまいとしているのだろう。


 そうだった。彼も多くを背負わされている。氷河の都の王子様。そして国を守る氷龍軍の大将。先頭に立ち、国民を守り閻魔王から領土を取り返す役目を担っている。一人苦しみ泣いている姿を見た。最愛の弟を守り切れず自責し続けているのも知っている。

 あの場面は何度も泣いた。兄を慕い守ろうとする弟に、その思いを無駄にしないように背を向けた兄。

 それでも一度はゼノの命を奪った男。憎くて疎ましくてたまらない。けれど、私は悪を演じることは出来なかった。他人の過去を知っているというのはこんなにも厄介なことだとは。それにゼノはまだ生きている。それなら私がこれ以上関わる必要は無い。


 背を向けゼノの元へ急ごうとすると、声を掛けられる。

「なぜ、とどめ刺さない」

「私の目的はあなたを殺すことではありません」

「そうか」

「アイン・ヘイル」

 彼は驚いた顔をした。それもそうだろう。その名で呼ぶ人はいない。今は亡き弟だけだった。龍神、氷の王子、英雄。その責務を背負い続けた彼は、名前を失っていた。

「あなたはあなたです。もう少し自分の思う道を歩いてもいいんじゃないですか?」

「どうして……」

「私は、あなたにも幸せになって欲しいと思っているんですよ」

 本当にそう思っている。けれど、私が介入したことでその道順は変わってしまったかもしれない。

 だからその謝罪として、彼の望みを叶えた。本当の名を呼んでほしいという、彼の願いを。


 アインの目は少しだけ、戸惑っていた。だか、彼には寄り添えない。私には最重要任務があるのだから。

「ゼノくん、行こう」

「ああ」

 困惑しながらも私の手を取り、歩くゼノ。平静を装っているが飛び跳ねたいくらい興奮している。隣に立つことも、触れることもあり得なかった人の手を握ってしまった。

 ひとりそわそわしていると、怪訝な視線を向けられた。

「なあ、なんで俺を助けてくれたんだ」

「なんでって、君が好きだから」

「なんだよそれ」

 そう言われても、それ以外理由はない。

「俺を助けて何の意味がある」

「ゼノくんが生きている。そのことに意味があるんですよ。意味ありまくりでしょうが」

 少々声を荒げたせいでゼノは困惑した顔をしていた。最推しのご尊顔を見続けることが出来るなんて。しかも目の前で、この距離で。

 この喜びをどうしたら、本人に伝えられるのか。思い悩んでいると、繋いだ手が離された。

「炎の悪魔の俺にそんな……」

「君の名前はゼノでしょ?」

「なんで、俺の名前を知っている」

 さっきからそう呼んでいたのだが。ゼノには聞こえていなかったようだ。



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