青い花
それから、ゼノはあまり喋らなかった。普段から話す方ではないのだが、今日は一段と静か。話しかければ、相槌や返事をしてくれる。だから、嫌われてはないのだろうけど。
「ゼノ君」
「なんだ」
声をかけたものの、話題が見つからない。不自然に明るくしたところで、彼の表情は晴れないだろう。
それを表すかのように、雨が降り始めた。最初はぽつりぽつりとまばらだったが、次第に激しく屋根を叩く。急いで窓を閉めても、その音は響いていた。でも、助かった。雨の音があれば、しんと静まりかえった部屋の中でも気まずくならずにすむ。
ゼノは窓の外を見つめ、何を話すことなく時間が過ぎた。手持ち無沙汰になり、スカートのレースを改造することにした。
元の世界では絶対に着ていなかったであろう、可愛らしいワンピース。袖はふんわりしていて、胴体の部分は少しタイト目に。ウエスト部分には白いリボン。スカートは下にかけて広がるようなデザイン。色は草原に広がるネモフィラよような淡い水色。もちろんゼノを意識している。
「なぁ」
突然のゼノからの声かけに、スカートにくっけたレースの花を一つちぎってしまった。私がうろたえていると、「悪い」といってしょんぼりとした顔をした。それがあまりにも可愛くて、つい笑うと彼もほんのわずかだが笑顔を見せてくれた。
「その花、治るか?」
「もちろん」
手品をするかのように、布とレースをくっつけ力を込める。すると何事もなかったようにくっついた。自信満々にいった手前、かなり不安ではあったのはゼノには秘密。
それにしても、針も糸もいらないのはとても便利だ。まるで魔法使いにでもなったかのよう。なんでも出来るわけではないが、けっこう使える。
「そういえば、何か言おうとしてたよね?」
「あれ」
そう言って、指さした先を見ると人影が見えた。つい先日見た気がするシルエット。こんな大雨の中、傘も差さずに突っ立っている人なんかいるわけない。きっと木の枝が人の様に見えるだけだろう。
「気のせいじゃない?」
「雨が降る前からずっとあそこに居た」
「そう」
ゼノと二人で応戦すれば、追い返せるだろうが万が一の事があってはたまらない。
「あいつ、いつも影からあんたを見てた」
「そうなの?」
「ああ」
「なんで教えてくれなかったの?」
「聞かれてないから」
反抗期の子供のような言い方だ。そんなことはどうでもいい。アインの事を、ゼノに知られていたとなるとあまりよくない。この状況、どう切り抜ければいいのだろう。出来れば争いは避けたい。
「心配するな。危害を加えるようなら、俺が塵にする」
私が心配しているのはそこじゃないんだけど、その優しさににやけてしまう。
ゼノはこんな感じだったっけ。仲間思いな面はあるが、言葉足らずなためすれ違っていた気がする。それなのに、こんなにも気にかけてくれるなんて。
冷たい顔してるのに、心はこんなにも温かいなんて。きっと違う次元から見ていたら、この場面を何度も繰り返して見ては悶えていただろう。
もう一回聞きたい。なんで巻き戻し出来ない。画面越しより目の前で見る方が良いはず。でも、何回も見たい。長い時間の中のたった3秒間。一瞬にも思える時を永遠にしたいのに。
切り取りたい瞬間は山ほどある。それなのに全部過ぎ去ってしまう。ビデオカメラでも造るか。それを頭にくっけてどんな瞬間も見逃さないように。
なんてことを考えるが、きっとそれでは意味がない。だから、忘れても消えないように心に記しておこう。
「それで、あいつどうする?」
「どうよう。ゼノ君、家に呼んだら嫌だ?」
「別に。俺の家じゃねぇし」
明らかに嫌がっている。聞くまでもない。命のやり取りをした間柄。あまり関わりたくないだろう。
このまま見過ごしてもいいのだろうが、やはりずぶ濡れになり萎んだ姿には少々哀れみを感じた。
雨が止む少しの間だけ。玄関のドアを開け、手招きするとアインは嬉しそうにこちらに駆けてきた。




