金棒の行く先
考えるより先に手には金棒。ゼノを後に促し、真っ直ぐ視線を向ける。そこからあの悪夢のような時が繰り返されるのか。あの時の重みと血の温かさ、未だにこの手に残っている。
それはもう過去の話。これからはあんなこと起きるはずかない。悪意を持ってゼノに近付く者は許さない。
「ゼノ君、先に家に入ってて」
「どうかしたか?」
「ううん、紅茶が飲みたくなって。お湯の用意してもらえる?」
「わかった」
「あと、アップルパイを温めてて欲しい。表面は火で炙ってね」
ゼノは知ってか知らずか素直に応じてくれた。
アインは今だ動かない。攻撃の機会を待っているのだろうか。だが、これだけ距離があれば問題ない。ゼノが家に入ったのを確認して、アインへの距離を縮めた。
逃げるならそれでいいと思っていたが、どうやら動く気はないらしい。
「なんの用ですか?」
冷たく言い放つと、アインは悲しげに眉をさげた。そんな顔してたって、ゼノを冷たく見る目には違いない。彼の過去を思うと少しは同情した。けれど、今はもう同じ気持ちにはなれない。
「別に争いをしに来たわけではないから、安心しておくれ」
「ゼノ君に近寄らないでください」
「分かってるよ」
なら、なんのためにここへ来たんだろう。いや、この言葉を信じてはいけない。油断させてから、またゼノの命を奪う気だろう。
「さっさと氷のお城に帰ったらどうですか?」
「なかなか君は冷たいね」
そんなの当たり前だ。しょぼくれている顔をぶん殴ってやりたい。あの時の光景は忘れたくても忘れられない。
「私があなたを殴る前に、帰ってください」
これ以上、その姿を見ていたら抑えられなくなりそうだ。私だって人を痛めつけたい訳ではない。だから、ここは穏便に済ませたいのに。アインはいまだ動こうとはしない。
「彼に攻撃したことを怒ってるんだよね」
「……」
「君が僕を嫌っているのは分かってるよ。でも、君と仲良くなりたいんだ」
「私じゃなくてもいいでしょ?」
「初めてだったんだ。名前を呼ばれたの」
そうだった。アインは生まれた時から、王子と呼ばれ育ってきた。両親も名前で呼ばなかったらしい。一個人を捨てて、国のために生きることを自覚させるためだったとか。でも、その教育は裏面に出てしまったようだ。
こんなにも名前を呼ばれることに飢えている。相手が敵なのにも関わらず。
「今日はもう帰ってください」
私はどうしたらいいのだろう。関わらないのがいいに決まってるのに。肩を落として小さくなる背中を見て、胸が痛んだ。
その姿を振り払うように、私も背を向けた。あいつは嫌な奴だ。ゼノの首を斬っておいて、ここへ来られるものだ。いや、違う。この世界線ではアインはまだ、ゼノを殺していない。攻撃こそしたものの、それは私が弾いた。
それなら、あの日の前の生活に戻れるのだろうか。勝手にゼノが家に入ってきて、アインはゼノの居ない隙を見てここへ来る。少し変で面白い日々だった。あんな時間が続くならよかった。それを壊したのはアイン自身だというのに。
立ち止まり、思い悩んで居ると家から焦げ臭い匂いがした。窓からは煙しか見えない。慌てて扉を開けると、煙と共にゼノがお皿を持って出てきた。
「わりぃ」
アップルパイだったもの。それは燃え上がっている。
「火加減間違えた」
「ゼノくん、強火すぎるよ」
手で風を起こし消そうとするも、全く効果がない。すると、どこからともなく季節外れの雪が舞い降り、火を消してくれた。
皿には黒焦げの塊がふたつ。悲しそうに眺めるゼノ。アップルパイは彼の好物だったからな。
「また作るよ。だから、そんな顔しないで」
「今までは、火力を上げる事しか考えてこなかったから」
「そっか」
「誰かの為に使うのは難しいんだな」
「これから、一緒に練習しよっか」
金棒をバットのように振り回す。私もまだ、この金棒の使い方がよく分かっていない。どこから出したのかも、どうやって収納するかも分からない。
分からないなら、探せばいい。出来ないなら、何度でも挑戦すればいい。投げ出したくなっても諦めようと思っても大丈夫。ゼノと一緒なら。
そう思った時、寂しげな背中が頭をよぎった。




