吹雪
穏やかな風が吹く。焦げた匂いもさびた匂いもしない。黒い煙が空を覆うこともない。あの日のことは噓だったのではないかと思うほど。それでも、ゼノの首に残る傷跡が噓ではないと示している。
彼は首を斬られたことを知らない。だから、干渉すべきではないのだか、どうしても思い出してしまう。
その傷を見る度に、この世界に否定された結末が頭をよぎる。
「じろじろ見るな」
「ごめん」
「言いたいことがあるなら言えよ」
「髪に綿毛が付いてたよ」
「そうか」
好きなものを否定されるのは悲しい。だから、昔から言葉にすることなく、心に秘めていた。そうすれば、好きな思いを守れると思ったから。共有することは出来なくても、奪われないと信じていた。
それなのに振りかざされた正義は容赦なく襲いかかる。悪役を好きになってはいけないのだろうか。英雄こそが正義なのか。
視点が違えば悪役だってヒーローになり得る。環境や時代、住む世界が違えば全て変わる。その姿に奮い立たされた数は少なくない。この心を救ってくれたのは紛れもない私の英雄。
仏頂面でそっぽを向いているのに、そばに居てくれる。それがどれ程嬉しいことか。
こうして隣で歩いている時間が、続けばいいのに。ゼノと一緒なら、暗闇の中でも進んでいける。先が見えなくても、行き止まりでも。どんな道でもきっと大丈夫だ。
そろそろ家に着く。紅茶を飲んでゆっくり過ごそうと考えてると、煙が上がっている。ぞっとして、血の気が引いた。
ゼノはここにいるから、大丈夫。自分に言い聞かせ、扉を開けると呆然としてしまった。
「邪魔してるぞ」
「とっても可愛いお部屋だね」
どうしてみんな勝手に部屋に入ってくるのだろう。そこに居るのが当たり前のように、お茶を飲んでいるルーヴェルとロナ。
つきまといはしていたものの、アインの方がましに思えてきた。そういえば、あの一件があってから姿を見ていない。
話をしたいけれど、会えば憎悪をぶつけてしまいそうだ。きっと会わない方がいい。
それより今はこの状況をなんとかせねば。彼らはゼノの仲間。ここに入り浸る彼を取り返しに来たのだろう。
「お前、強いんだろ」
「へ?」
予想外の言葉に、間抜けな声が出た。
「隠す必要はない。氷の騎士を倒したんだろ」
「すごいね。強いね。名前、なんで言うの?」
「お前は黙ってろ」
「えー。いいじゃない」
「俺がしゃべってるのが聞こえないか?」
「ねぇねぇ。このティーカップどこで買ったの?」
ルーヴェルが苛立っているのもお構いなしに話を続ける。ロナが持っているのは透明なガラスに青い花の模様が入った物。ポットとお揃いで、私も気に入っている。ゼノをイメージして作ってみたのは内緒だ。
彼女は可愛いものが大好きで、いつも違う髪飾りを付けている。緑色のウェーブのかかった髪は、風に揺られていないのにふわふわしていた。
「えっと、それは買ったというか作ったというか」
「すごい。私も作りたい。ピンクと薄紫、どっちがいいと思う?」
ロナの明るい性格は好きなのだが、こうもぐいぐい来られると困ってしまう。それに、爆発寸前のルーヴェルの顔が恐ろしくて仕方ない。
立ち上がり鬼のような形相でこちらに向かってくる。彼の足が触れた場所はみるみる凍りついてゆく。その手が私の肩に触れる直前、ゼノの炎が間に割って入った。
「離れろ」
「俺に命令か?」
両者引かない様子。この二人、喧嘩したら長いんだよな。




