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炎の悪魔

 そんな私の思いは通じないようで、「じろじろ見んじゃねぇよ」と怒られた。


 次の日、ゼノの首には傷跡を隠すように包帯が巻かれていた。そして、今まで見えていた腕のにも同じ。昨日私が見ていたから、嫌だっただろう。けれど、どうしても目が行く。

「なんだよ」

「なんでもないよ」

 すぐに目を逸らしたけれど、視線には気付いているだろう。緩んだ包帯を締め直すように、首に手をやった。

「気になるのか?」

「え?」

「傷のことだ」

「気になるというか、心配かな」

 それは悲惨な過去を物語っているから。昔、父親からの執拗な暴力を受けて傷を負ったことは知っている。だが数えきれないほどの痕は、それだけではないだろう。

「仕方ねぇよ。俺は悪魔だから」

 ゼノにそんなことを言わせるこの世界が憎くて仕方ない。確かに人相は悪いし、態度もいいとは言えない。けれど、案外世話焼きで甘い物を好んで、どこか憎めない。私にはちょっと狂暴な猫のように見える。

「ゼノ君は悪魔なんかじゃない」

「あんた、変わってんな」

「なんで?」

「そんなことを言うのはあんたくらいだ」

 嬉しいような悲しいような、複雑な気持ち。ゼノの中でたった一人。けれど、もっと増えてほしい思い。見上げた顔は、何の感情も読み取れなかった。


 ゼノが悪魔と呼ばれる理由。それは、彼の纏う炎が不気味な青色だったから。そして、その力は生まれつき強大だった。そのせいで周りから恐れられ、忌み嫌われた。幼い少年は業火の森を追いやられた。

 行く当てもなく、さまよったゼノの通る道は青く染まった。彼の怒りは炎のとなって、燃え上がる。そして、悪魔と呼ばれるようになった。


 望んで手に入れた力ではないのに。なぜ、ゼノだけが苦しまなければならない。なぜ救う事が出来ない。あの日、死ぬ事が彼にとっての幸せな終わり方だったのだろうか。そうだとしても、私は何度でも助けるだろう。

 生きていてよかった。そう思える理由をくれたから。次は私がゼノを救う番だ。

「大丈夫」

 ゼノはよく分からないといった顔をした。

「私はどんな時でもゼノ君の味方だから」

「なんだそれ」

 呆れたとでも言いたげな顔だ。それでもいい。私は私に出来ることをするだけだ。

「ほんと、変なやつ」

 背を向け、どさっと椅子に座った。その瞬間、荒んだその目が少しだけ穏やかに見えた。



 どうしたら、もう一度女神に会えるだろう。試しに声をかけて見たが、なんの反応もない。

 勢いよく泉に飛び込むと、呆れた顔の女神がいた。

「ゼノ君の傷跡、治してください」

「無理だ」

「なんで?」

「一度死んでいるからだ」

「2回だけど」

 そう言うと、女神に睨まれた。正しいことを教えただけなのに。

「贅沢言うな」

「はい」

 確かに贅沢な願いだ。本当ならゼノはもうこの世にはいない。生きているだけでいい。そう思っていたのに、次から次へと願望が増える。

 分かっている。これ以上は何もいらない。けれど、時々傷跡に触れるゼノはもの憂げな顔をする。その度に、彼の1度目の死に際を思い出す。

 苦しいはずなのに、悔しいはずなのに。そんなこと何も感じさせないように笑っていた。彼の笑顔はいつも悲しい。自嘲するような、そんな顔。

「すまない」 

「え?」

「私には出来ないんだ」

 しないのではなく、為す術がないと言うことなのだろう。

「無茶言ってごめんなさい」

「命は吹き返すことはある。だが、肉体に残る時は絶対に戻らない」

 それなら、1度目の傷跡もそのままなのか。心臓を貫いた跡。ゼノはその傷を見てどう思ったのだろう。悪魔だからとまた、自分を嘲笑っていたのだろうか。

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