服毒して生き残った王太子妃が毒を異国に運び込むって本当ですか!【連作短編⑧】
単独で終わる短編ですので、前作をお読みになっていなくてもお楽しみいただけます。
【連作短編⑧】に分類しています。
服毒して生き残ったことで王太子妃になったアラマンダと、その夫であるルートロック王太子は、国交のないファイ国から助けて欲しいと文書を受け取り、その真偽を確認するためデートと称して夫婦二人と聖獣二匹でファイ国に向かうことになった。
■■■
出立する日。
ルートロックは宰相であるサルフに不在の間の仕事内容を確認している。
ルートロック王太子の父である国王も健在で、シーダム王国の宰相は一人だけではなく四人体制なので、サルフが過労で倒れることもないだろうとルートロックは考えていた。
(数日ですぐに帰ってくるつもりだから、それほどサルフの負担にはならないはずだ)
「では、そろそろ行こうか、アラマンダ」
「ええ」
王太子のルートロックは城の屋上で指輪の中にいるドラゴンに声をかけて呼ぶと、スーと座って翼を閉じたままのドラゴンが姿を現した。
アラマンダの足元にいた純白のフサフサの毛の猫の聖獣、メオ様はドラゴンが出てきた瞬間にドラゴンの背中に飛び乗る。
「もうお互い顔見知りだから、聖獣同士が会えば『最近どうしていた?』とか聞いているのかしら?」
アラマンダは、夏休み明けに会った級友に話しかけているような感じだろうかとドラゴンと猫の組み合わせを少し離れたところから見守る。
実際は……そんな可愛らしい会話はしていないのだが。
ドラゴンの背中に飛び乗った猫のメオ様は早速、今日の高速移動における注意点を先に述べておく。
「そなた、今回は障壁魔法を展開しながら飛んでくれないと、我が落ちてしまうにゃ」
「……障壁魔法?」
「何? そなた障壁魔法を展開して飛んだことがにゃいのか?! 高速でしがみついている我の気持ちを考えてみたか? 爪をずっと立てておかねばならぬではないか。我だけではない! か弱いアラマンダもいるのだぞ!」
「……やり方を教えていただけませんか、メオ様」
「簡単にゃ。飛び立ったら『障壁魔法展開』と言うだけにゃ。そなたはレベル9000あるのだろう? 今までどうやって飛んでいたんだにゃ?……まさか、そのまま空をぶっちぎって飛んでおったのかにゃ? 近くなら良いが、人間と共に今回のように、長距離を高速移動するのなら、風圧を考えて快適な空間を用意できるように配慮しないといけないにゃ」
「わかりました……やってみます」
(ルートロックの召喚したドラゴンは能力が高いのに、知識が足りていないようだにゃ。時々、指導した方が良さそうにゃ)
レベル9999超えの猫のメオ様は、ルートロックの聖獣ドラゴンと会話をして、能力があるのに魔法の知識を持ち合わせていない、宝の持ち腐れ状態のドラゴンの指導が必要だと感じていた。
ドラゴンの上にはルートロック、メオ様、アラマンダの順に座り、ゆっくりとファイ国に向かってドラゴンは翼を広げて飛び立った。もちろん、メオ様の言いつけ通り、障壁魔法を展開して、さらにドラゴンの姿が見えないように目くらましである、『隠ぺい魔法』を施して人の目に触れないように移動して行った。
(やればできる子にゃ。よしよし)
メオ様は先ほど教えたことを、きちんと実践したドラゴンを心の中で褒めていた。
(あとは、もっと早く超高速移動できるはずにゃ。その魔法も知らないということか……)
その後、休憩時にメオはドラゴンに『超高速移動』の使い方を教えたら、あっと言う間にファイ国に到着することができた。
ドラゴンに乗って移動している時に、空にうごめく黒い物が群れを成して飛翔していくのが遠くに確認することもできた。
(……あれがババタかしら? 大量発生しているというのは、本当かもしれないわね。あんなに群れを成して移動しながら農作物を食べているのだとしたら、大変なことになるわね)
そんな不安を抱えながら、王都近くの城が見える丘に、そっとドラゴンは降り立った。ルートロックが先に地面に降り立った後、アラマンダの手を取ってドラゴンから降りるのを手伝う。メオ様も地面に降りたのをルートロックは確認すると『隠ぺい魔法』を解除してすぐに指輪の中に聖獣ドラゴンをしまってしまった。
ドラゴンはどこの国でも目立ちすぎる。聖獣がいることで民の心は安心できるが、ドラゴンの大きさを目の当たりにするとどうしても混乱は避けられないとルートロックは考えていた。
ルートロックとアラマンダの二人は商家のご子息とその彼女に見えるように装い、辻馬車に乗ってファイ王国の城門の前までやってくる。辻馬車に乗るまでにメオ様もアラマンダの指輪の中に入ってもらっていた。
今回は、ファイ国からの手紙に対する返事を出す前に、直接王都までやってきてしまった。シーダム王国の王太子夫妻がお忍びでやって来たということにして、城門まで行き、取り次いでもらうしかない。空を飛んできたから国境の検問所も立ち寄っていないから、ある意味、ファイ国に不法侵入していることになる。
「ファイ国のこのお手紙を下さった……お名前は……そうそう、ユイン第五王子に直接、ルートロック殿下の封書を渡していただきましょうか?」
「そうだな。助けて欲しいと手紙を送ってきた人物に会うのが、一番良いだろうな」
ルートロックは、シーダム王国の王家の刻印入りの封書を城門にいた門番に手渡し、ユイン第五王子に届けて欲しいと依頼をして、その日は城下町を散策することにした。
ルートロックは城下町を歩けば、食糧難かどうかわかるかと思って、今晩の宿を探しを兼ねて、ぶらぶらと街歩きをアラマンダと手を繋ぎながら楽しむことにした。
「ロック様……どう思われますか?」
アラマンダは、王太子のルートロックのことを念の為、街中では「ロック」と呼ぶようにした。
「クッ……そなたにロック様と呼ばれるとは……破壊力がすごいなぁ。想像よりも……ドキドキして新鮮だ」
ルートロックは、子供の頃の呼び名をアラマンダが急にしてきたので、突然のことに驚き胸を押さえる。
「だ、大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。嬉しすぎて心臓が口まで出てきそうになっただけだ……」
「うふふふ。ロック様、ご冗談も素敵ですね」
アラマンダとルートロックは、二人だけの甘い会話を楽しみながら城下町の様子を観察する。
「ん~。食べ物は……食糧難になっているかはわかりませんね。城下町だから、食べ物が集まっているだけで、田舎の方は困窮しているのかもしれませんね」
「あぁ、そうだな。見た感じは……普通に商売ができていそうだが」
城下町では、城で働く人も集まってくるので食べ物が豊富にあるのかもしれない。
アラマンダは、パン屋の店先でパンを買いながら店主に話を聞いてみることにした。
「こんにちは。このパンを二つ包んでいただけますか?」
「あいよ。100FBだよ」
アラマンダは街中で両替をしたばかりのファイ国の通貨を渡す。
「あの……価格って以前からこの価格でしたか?」
「お? お嬢ちゃん、よく覚えているねぇ。今月から値上がりしているんだよ。なんせ、小麦が手に入らなくなってきてねぇ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
パンの包みを受け取ったアラマンダはルートロックと別のお店にも行ってみる。今度は菓子店だ。
そこでもさりげなく聞き込みをしてみたが、そこでは価格は変えずにケーキの大きさを一回り小さくして販売していると教えてくれた。みんな、苦肉の策でしのいでいるようだ。
「ロック様。やはり……」
「あぁ、何か異変が起きているのは間違いないようだな」
ルートロックとアラマンダが、顔を見合わせたその瞬間。
「あの……失礼ですが……」
ルートロックとアラマンダの間の背後に人が立っており、耳元で小声で話かけてくる人物がいた。
(! こいつ、気配を消して近づいてきていたのか!)
ルートロックは、咄嗟にアラマンダを引き寄せて自分の背後にアラマンダを隠す。
暗殺者だとしたら、かなりの手練れだろう。相手に気配を気取られることなく接近してくるとは気味が悪い。
「失礼致しました。私、ファイ王国のユインと申します。シーダム王国からようこそお越し下さいました。お二人がお忍びかと思い、静かにお声かけさせていただいたのですが、驚かせてしまい申し訳ございません」
ルートロックはまだ、警戒を緩めることはない。そこには体躯の良い銀髪で赤い目をした男性が立っている。身なりは……よく見るとこの国の騎士服を着ている。
「私は……ここではロックと名乗らせてもらおう。後ろにいるのが妻だ」
「驚かせてしまいまして申し訳ございません」
再び謝罪しながらファイ国の王家の紋章の入った剣をチラッと見せる。
確かに王家の人間で間違いないと確認がとれたところで、ルートロックは小さく息を吐き出した。
「ロック様、ここでは何ですから私の家へどうぞ……」
ここでいう家とは王城を意味している。
ルートロックも手紙に記載されていた内容と、国交を結んでいないシーダム王国になぜ手紙を送ってきたかなど聞きたいことが山ほどあったので、場所を移すことに賛同した。
(私のドラゴンもいるし、アラマンダにはメオ様がいるから……万が一、囚われても何とかなるだろう。国賓として招かれていない以上、ここで秘密裏に処理されてしまう可能性もある。ここで殺されたとしてもファイ王国にはメリットが何もないから、そんなことはないとは思うのだが)
■■■
ファイ王国の王城の中にユイン第五王子と共にルートロックとアラマンダはやってくると、そのまま貴賓室の横にある応接室に案内される。
街中の服装から着替えたユイン第五王子は、どこからどう見ても王族らしく凛とした青年だった。
(ははは。さっきは暗殺者かと思ったがきちんと身だしなみと所作を見ればどこをどう見ても王子だな)
ルートロックは先ほどとは、全く異なる表情を持つユイン王子をそっと目を細めて眺める。
(美しい所作を持ち合わせているのに、街中ではそんな素振りは全く見せなったな。……王子らしさを醸し出さないところも演技というわけか……)
ルートロックはユイン王子が知的な部分を隠して生き抜いてきた王子なのかもしれないと、同じ王子の立場として察する。
(後継者争いで暗殺されることを危惧して、賢さを隠しているのに違いない)
「申し訳ございません。本日は国王陛下の謁見は難しいので、後日、日を改めて予定を組みたいと思います」
「ユイン殿。今回は我々もお忍びで立ち寄っているだけで……貴国が本当に困っているのかどうか視察に来ただけだから、気にせずとも良い」
「……恐れ入ります。まさか、封書を送ったばかりですぐに訪問していただけるとは……思っておりませんでしたので、準備不足で申し訳ございません」
ユイン第五王子は、自分が書いた手紙を読んでまさかファイ国まで様子を見に来てくれるとまでは、予想していなかったようだ。
「私、妻のアラマンダと申します。……あのう、私、ババタを一度見てみたいのですが、あとで実物を見せていただくことは可能でしょうか」
アラマンダは、シーダム王国の書庫でババタの姿図は見てきたがいまいち実物を見ないとよくわからなかった。
「ええ、もちろんです。今年はババタの産卵が多く発見されていたので、卵を見つけ次第駆除するように各地に知らせは出したのですが、その駆除が追い付かずすでに成虫になっております。それが穀物を食べてしまい農作物や牧草地を食べ始めたため、今、小麦などの価格が高騰し始めている現状です」
アラマンダは、森野かおりとして生きていた時にテレビ番組で見たニュースと内容が似ているので、やはりバッタのような昆虫なのかもしれないと考え始める。
「貴殿に問うてみたかった件がある」
ルートロックは、今もなおなぜ遠く離れたシーダム王国に助けを求めてきたのか理解できていないので、直接ユイン第五王子に聞いてみることにした。
「なぜ、我が国に助けを求めた? それがわからなくてな。隣国の方が良いとは思わなかったのか?」
「……そうですよね。疑問を持たれるのは当然のことです。私がシーダム王国に封書を送ったのは……アラマンダ王太子妃殿下にお知恵を拝借したいと思ったからです」
一瞬にしてルートロックの眉間に皺が寄る。
(やはりアラマンダの召喚した聖獣絡みなのか?!)
「アラマンダ王太子妃殿下が毒に精通しているというお話を耳にしまして、ババタの駆除用の毒餌をご指南いただけないかと思い封書を送りました」
ルートロックはユイン第五王子のこの説明だけでは納得ができないでいる。
「毒に詳しい者なら、このファイ国にもいるだろう? その者たちには相談したのか?」
「えぇ、もちろん相談しました。……その彼らがこのファイ国よりも別の地域に生息している植物で毒餌を作った方が良いと申したのです」
そこまで話を聞いたアラマンダは、一つのことに思い至る。
「……それは、もしやババタが雑食性の生き物だと仮定したら……すでにこの国の毒を持つ植物にも耐性ができてしまっていて、毒が効かないから……ということでしょうか?」
俯き加減に話していたユイン第五王子が、勢いよく顔を上げる。
「おっしゃる通りです! 毒餌を作って試しましたが……すでにババタはこの国の植物の毒耐性をつけてしまっていたため、駆除することが叶いませんでした」
(……そうなのね。であれば、確かにシーダム王国の毒を用いて駆除するのも一つの手かもしれないわね)
「わかりました。……他にも蝗害に対する対策は取られているのでしょうか?」
「……卵と成虫を見つけ次第駆除しているくらいでしょうか」
アラマンダのそれだけでは、食糧難はまだ続くだろうと考える。
(確か……昆虫は明るいところに寄ってくるわよね……コンビニの電灯や自動販売機の光に夜になるとよくぶつかってきていたわよね……)
前世の知識から、アラマンダは別の方法も提案してみる。
「まだ、ババタの特性を存じ上げないので効果があるのかはわかりませんが、日暮れの時間から松明を焚いて飛んでくるババタを誘い込む……という方法をとってみてはいかがでしょうか? あとは、空を飛行する動物か……そう言った物はございますでしょうか?」
(前世だとドローンとか、ラジコン飛行機で農薬散布ができていたから、人の害にならない殺虫剤を幅広い範囲で散布したら良さそうだけれど……。さすがにシーダム王国の聖獣であるドラゴン様にはお願いできないから、この国にもそういうコントロールができる物が存在していれば、いいと思ったのだけれど……)
「空を飛行するものですか……私の聖獣は鳥なのですが、そういった類でしょうか?」
「まぁ、鳥ですか! いいかもしれませんね!」
(でも、こんなに簡単に他国の、しかも王族に自分の聖獣を教えてしまっても大丈夫なのかしら?)
アラマンダは他人事ながら、ホイホイと聖獣の正体を明かして良いものなのかとユイン第五王子の発言にドギマギする。
それが、顔の表情に出ていたのだろう。
「ルートロック王太子殿下。奥様のアラマンダ王太子妃殿下はとても表情が豊かなのですね。こちらの王族の心配までしてくださっているということがお顔に出てしまっていますよ」
「……そうなのだ。それが妻の可愛らしい部分なのだが、王太子妃として表情に出るのは……な」
「し、失礼致しました! でもババタ用殺虫剤ができれば、ユイン様の聖獣にお願いして空から散布していただくこともやってみてもいいかもしれませんわ」
「確かに! アラマンダ王太子妃殿下のおっしゃる通りですね」
「貴殿の国に浮遊魔法を使える者がいるならば、その者に空から散布をお願いしたり、殺虫剤の袋を浮かせて巻いてもらう……ということもできるんじゃないのか?」
ルートロックもアラマンダの提案に更に、別の方法があることを教えてくれる。
「さすがですわ!」
アラマンダは自分の知識の不足しているところをさらりと補ってくれるルートロックを尊敬していた。
「シーダム王国の王太子ご夫妻は、本当に聡明でいらっしゃいますね。早速、その方法も検討したいと思います」
そこまで打ち合わせをすると、三人の話し合いはひと段落して解散となった。
ユイン第五王子の計らいで、今晩は王城の貴賓室に泊めてもらうことになった。
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「無事に方向性が見いだせたようで良かったな」
「そうですわね」
貴賓室のソファでくつろいでいたルートロックとアラマンダは、今日の話し合いについて思い出していた。
「これで、無事シーダム王国へ明日帰ることができそうだな」
「そうですわね。ユイン第五王子にすぐにお会いできたのは良かったですね。でも、明日シーダム王国へ帰ったら、私、すぐに毒餌の材料を用意しないといけませんね」
アラマンダは、シーダム王国の虫に効果の高い毒をいくつか頭に思い描いている。
(ポイントは、虫には毒になる物で、人間には害のない毒を選ぶ必要があるということよね)
「そうだな。毒餌の材料と……殺虫剤の材料も念の為用意して……もう一度アラマンダにファイ国に足を運んでもらうのが良さそうだ。それで、うまくババタの件が解決したら、国交を結ぶかどうかお互い検討してみても良いかもしれないな」
「そうですわね。……でも、第一王子などではなくて、どうして第五王子のユイン様がこの件に携わっているのでしょうか?」
「ん~。想像の域を出ないが、第一王子や第二王子がこの件が失敗すると無能と見做されて、後継者に相応しくないと民に思われるのを嫌って、第五王子あたりに押し付けたんじゃないか?」
「確かに、あり得そうですわね。これを自国内だけで治めるのは難しいと思いますもの」
アラマンダは、前世で蝗害が発生した場合、食料を求めてバッタが他の国に飛翔して移動したことで、被害が拡大して行ったことを知っている。
「それは、私も思っている。ここでシーダム王国がファイ国を支援して恩を売っておかなければ、ババタは飛翔して移動できるから近隣諸国にも同様の被害が出てくると、我が国にも何かしらの影響が出てくるかもしれないからな」
アラマンダとルートロックの考えは一致していた。ファイ国に手を差し伸べて、早めに収束に至ったほうが良いと。
その時。
扉をノックする音と、廊下からユイン王子が手配してくれた執事の声が聞こえた。
「お休みのところ失礼いたします。湯浴みの準備が整いました」
「わかった。ありがとう」
「殿下、どうぞお湯が冷めないうちに行ってらっしゃいませ。私はその間にメオ様をお呼びして、リラックスしていただこうと思っております。」
「では、遠慮なく先にいただこう」
ルートロックが浴室に向かうのを見届けてから、アラマンダは指輪からメオ様を呼び出す。
「にゃ~~~~~~~~~~~~」
「遅くなって申し訳ございません。指輪の中は……快適ではなさそうですね」
「いや、快適ではあるのだが……退屈にゃ」
メオ様は、自由奔放に動き回れる方がやはりいいらしい。
「メオ様は指輪の中にいても、こちらの会話などは聞こえているのでしょうか?」
「にゃ。意識をすれば聞こえるにゃ。ぽけ~とくつろいでいると聞こえてこないにゃ」
「そうなのですね。メオ様は、ファイ国のユイン王子についてどう思われましたか?」
アラマンダは、先ほどルートロックと話していたこの蝗害の対応を一生懸命に収束させようと努力しているユイン王子の顔を思い出す。
(すごく聡い方なのでしょうけれど……周りに味方がいらっしゃらないのか、瞳の奥を見ると……なぜだか危なっかしく感じるのよね)
特にこれだという決定的な物はないのだが、なぜかあまり幸せそうな感じは……正直しなかった。
「ん~。赤い目の王子だから……忌避されていると思うにゃ。国によっては瞳が血を連想させるからと、生まれてすぐに殺されてしまう場合も多いにゃ。ユインは、王族だから生かされているだけなのかもしれないにゃ」
アラマンダはシーダム王国にいたころを思い出す。確かに赤い目をした人を見たことはあるけれど、それほど多くないし、みんな顔が隠れるようなフードをかぶっていた。外見で判断するのは良くないけれど、何もしていなくても見た目だけで怖がられてしまう存在なのかもしれない。
「メオ様。私は、信頼しても良いお方だと思ったのですが、メオ様はどうですか?」
「にゃ? 信用して大丈夫だと思うにゃ。彼は隠していたけれど、ものすごく強いと思うにゃ。まぁ、我の足元には到底及ばないが、腕は良いと思うにゃ」
(街中で会った時は、騎士服をお召しになっていたから、ひょっとしたら普段は騎士として街の安全にも尽力していらっしゃる王子なのかもしれないわね)
「明日、ルートロック殿下と私は一度、シーダム王国へ戻り、私は毒餌の材料を用意してまたファイ国に来る予定にしております」
「うむ、それでいいと思うにゃ」
メオ様との意見交換も終わった、次の日。
シーダム王国に帰る前に、捕まえたババタをユイン王子が持ってきて見せてくれる。
昨日、アラマンダが見た事がないから見せて欲しいとお願いしていたから、夜の間に捕獲してくれたのだろう。
(う~~~~。予想以上に大きかったわ。日本のバッタの十倍くらいの大きさがある)
「ユイン様。ババタを見せて下さりありがとうございます。……私の思っていた物と姿は同じですが、大きさはかなり大きくて、驚きました。これが大量発生して蝗害をそのままにしておくのは、大変危険ですわ。早急に毒の材料を持って参りますので、数日お待ちいただけますか?」
「それは助かります。私も空から殺虫剤が散布できるよう、浮遊魔法を扱える者を集めておきます」
「本当に、大きなババタだな。シーダム王国でもこの大きさのババタは見たことがないな」
ルートロックもアラマンダと同意見で、これを早く駆除しないと食糧難がどんどん加速すると考えているようだった。
「でも、昨日、教えていただいた通りに日が暮れてから灯火を焚いてみたら、どんどんババタが寄ってきましたので、とても駆除しやすかったです」
ユイン王子はあの後、すぐに実践して灯火が駆除に効果があるのか調べてくれていた。
(やはり……ユイン様は行動力も、柔軟に対応する能力をお持ちの方なんだわ……)
アラマンダは、提案した内容をすぐに調べてくれたユイン王子にお礼を述べる。
「では、ユイン殿。我は帰国するがアラマンダがまたこの地に戻る故、しばしお待ち下さい。駆除の目途が付きましたら、食料の支援も検討して追って沙汰しよう」
「それは、どうもありがとうございます!」
ルートロックとアラマンダは、ユイン王子に別れを告げると、来た時と同じ城が見える丘まで行き、そこでドラゴンを出してから帰路についた。
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アラマンダがシーダム王国に戻ってから数日後、再び毒餌の材料を用意してからファイ国に向かうことになった。
「王太子妃殿下が毒を異国に運び込むって本当ですか!」
サルフ宰相が、どうやって運搬費用を捻出したら良いのか、山高く積まれた毒餌の材料を見て頭を抱えている。
しかし、悩んでいた材料の運搬方法も何と、聖獣の猫のメオが一瞬にして解決してくれる。
「まさか、メオ様に『空間収納』の能力があるとはなぁ」
たくさんあった毒餌の材料をドラゴンに括り付けて運搬しようと計画していたルートロックだったが、メオ様が「にゃ~」と自分で運ぶことを買って出たため、メオ様に運搬をお願いてみた。
聖獣のメオが耳を前脚でなでつけると、メオの横に人が通れるくらいの穴が浮かび上がった。
(メオ様を見ていたら、前世の猫型ロボットを思い出しましたわ。四次元ポケットみたいな空間をメオ様はお持ちなのですね)
アラマンダも口に手を当てて、初めて見た光景に驚く。
山のように用意されていた毒餌の材料がドンドンと穴に吸い込まれて消えていくからだ。
「メオ様。素晴らしい能力ですわ! ありがとうございます!」
ルートロックもアラマンダも、この空間収納の大きさがどれくらいなのかわからなかったが、ポンポンと消えていく荷物を見ているとまだまだ容量があるように思えた。
「メオ様。もし、ババタが駆除できて食料を運ぼうと思ったら……この中に入れて運ぶこともできますの?」
「にゃ~」
もちろんできるらしい。
(でしたら、運搬にかかる費用は考えなくても良さそうですわね……)
アラマンダが考えていたことをルートロックも考えていたようで、二人で目を合わせてクスッと笑う。
(メオ様の空間収納を目撃されないように、気を付けて取り出さないといけませんわね。こっそり指輪の中に隠れたメオ様から姿を顕現しない状態で出していただこうかしら……)
ユイン以外の王子と会っていないので、第五王子のユインを信用できても他の者はまだ信用できない。
「アラマンダ。気を付けて……何かあればこちらに戻ってきたドラゴンに乗って駆けつけるからな」
「うふふふ。ありがとうございます。そうならないように気を付けますわ」
ルートロックはしばしの別れに、アラマンダの腰を引き寄せて抱擁してから唇を重ねる。
(何事も起こらないと良いのだが……なぜだか胸騒ぎがする……)
唇が離れてから、再びアラマンダはルートロックの瞳を見つめて、「行って参ります」ととびきりの笑顔を向ける。
アラマンダも、メオ様の存在をなるべく知られないように指輪に隠してから、ルートロックの聖獣ドラゴンに乗って再びファイ国に降り立った。
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ファイ国に到着したアラマンダは、すぐさまユインが用意していた王城の端にある小屋を借りて、毒餌作りに取り組み、餌が出来次第、ユインに各地に配布してもらう。
毒餌の欠点は、毒を食べたババタがそのまま死骸となって放置されてしまうので、毒餌の置いた場所を記録してもらい、毎日、ババタの処分も行ってもらった。
アラマンダは並行して殺虫剤も作ってみる。人間には害が及ばないように毒の材料から抽出した液体を希釈して薄めたものをカインに渡した。
アラマンダが到着して、数日後には毒餌の効果と前回、訪問した時に提案した灯火に引き寄せる方法
、空から殺虫剤を散布する方法でババタの駆除は効率良く減っていくのがわかった。
シーダム王国から持ち込んだ毒餌の材料を全て作り終えたあと、アラマンダはユイン王子にシーダム王国に帰国することを伝える。
「シーダム王国のおかげで早くババタの大量発生に対応することができて、被害が拡大せずにすみそうです。アラマンダ様が一度、シーダム王国に帰られてから国王陛下が正式にお招きしてお礼がしたいと申しておりますので、ご夫婦でこの地にまた来ていただきたく存じます」
「かしこまりましたわ。そのように伝えておきますね。……ババタ問題が収束してきましたので、食料支援についてまた夫と相談してファイ国に戻ってきたいと思いますわ。ところで、今回のババタの早期解決はユイン様の行った施策としてファイ国の国民には伝わっているのでしょうか?」
アラマンダは、第五王子であるユインの立ち位置を少し、心配していた。
(『出る釘は打たれる』、前世の森野かおりだった時のことわざを思い出したわ。恐らく第一王子たちは、失敗しそうなこの問題をユイン王子に押し付けて、彼の失敗を狙っていたのかもしれないけれど、それが反対に、ユイン王子の大きな功績になっているのだとしたら……何か起こるような気がして心配だわ)
「ご配慮いただき痛み入ります。えぇ、今回のババタの問題は、ババタが大量発生した時に第一王子が『第五王子のユインが対応する』とお触れを出しているので、私の功績になっているようです……。食糧難で餓死する国民を救えるのなら、少々、私自身の風当たりが強くなっても構いませんよ」
「そうなのですね」
(ユイン王子は、国民思いの素晴らしい王子ね)
アラマンダは、素晴らしい王子が離れたファイ国にいることを嬉しく思う。
「私は、明日一度シーダム王国に帰りますわ。次回、改めて国王陛下に謁見できればと思いますので宜しくお願い致します」
こうして、ファイ国のババタ大量発生による被害拡大は収束に向かって行った。それと同時に第五王子のユインの名がファイ国に知れ渡って行った。
あとは、二国間の関係をどうするかと食料支援はシーダム王国のルートロック王太子に任せるだけだ。アラマンダはファイ国での毒餌作りに貢献するという役割を無事に終えることができた。
あとは明日、この地を立つのみ…………
読んで下さりありがとうございます。
ファイ国のババタ解決編でした。
ファイ国を出国していないアラマンダに災難が降りかかるお話を【連作短編⑨】に書いてみようと思っております。
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