1章 未来(ゆめ)を追いかけて 【「「まだ」」】
『ゆうねぇね、すごぉい。』
『えへっ、そうかなー?でも、チソラは私に負けないくらいかわいいね。』
『えぇ?チソラ、ゆうねぇねみたいになれるかなあ。』
『大丈夫。だって私の妹だもん。』
夢を見た。
小さい頃の。
何も疑いのなかった、あの頃の。
なにも数値化されないから、比べられたりしなくて。
まだ社会を知らない僕らは、無邪気だった。
「ちぃ?」
「、、、」
「また無視?酷いなあ。私、一応あなたのお姉ちゃんなんですけど。家族にくらい反応しなさいよ。なんで、学校に行かなくなっちゃったの、、?って、話してくれないか。でも、私はちぃの味方だから。」
お姉ちゃんが味方?散々、ヘンだ、とか言ってきたくせに?
「はぁ、、、。ありがと。」
棒読みの“ありがとう”。伝えなくてもいいけど、せっかくお姉ちゃんが心配してくれているのだ。返事くらいしないと、家に居場所がなくなる。
家の居場所は、少しでも話しかけてくれるお姉ちゃんだから。嫌いだけど、僕を心配してくれるし。
「ふふっ。じゃあ、いってきまーす。」
お姉ちゃんが出かける。お母さんはさっき仕事に行った。
、、、ヒナのところに、行こう。
寝癖の付いた髪を整え、白のTシャツにダボッとしたココアベージュのパーカーを羽織る。デニムのハーフパンツを履いて、黒いキャップを深くかぶる。
誰も、“チソラ”だとは気づかないように。
「失礼します。」
ヒナの部屋を開けると、ふわっと柑橘系の匂いがした。
「あ、チソラくん。」
ヒナとは、制服姿でしか会ったことがないのに、ヒナは会って早々、僕に気づいた。
「おはよ。」
「何しに来たの?つまんないよ、ここ居ても。」
ヒナが首を傾げる。
「いや、ヒナと話すために来たんだ。家に居ても暇だし。」
「まぁ、そうだよねー。家って暇だよね。じゃあ、質問!チソラくんの今日のかっこう、めっちゃカッコイイと思うんだけど、どこのですかー。」
ヒナが明るく聞く。
「え?わかんない、、、。」
どこの、とか言われても気にしないからわからない。
「えぇ。つまんないの。お姉ちゃんのとか?」
「いや、僕の。」
「ふぅん。じゃあ、もう一個質問するー。チソラくんは、さ、、、、手術するの?」
だいぶ沈黙があって、ヒナが聞いた。
「、、、。わかんない。決められない。」
わからない。ずっと考えているけど、“まだ”って言われたりすると、やっぱりそうかも、って。
「そうなんだー。でもさぁ。チソラくんはずっと悩んでるんでしょ?人になんか言われても自分のことなんだから、自分で決めないとね。」
そう言ってヒナがニコッと笑った。
次の日も、病院に行った。
学校に行かなくなった僕の居場所は、病院のヒナの部屋だった。
でも、昨日ヒナの病気が悪化したらしく、ヒナの部屋には大きなベッドが設置されていた。
「んう、、、。あれ、、。チソラ、くん?」
「寝起き?」
「あ、あははっ、、、実は、あんまり体調良くなくてさ。」
ヒナが苦笑いしながら言った。
「無理、しないほうが良いよ。もし、僕が居ない方がいいなら、、、。」
僕がそう言うとヒナが慌てて
「いや、チソラくんが居てくれた方がいい!」
と言って、すぐそっぽを向いた。
「、、、そっか。」
なんでそっぽを向いたのかわからずにそうつぶやく。
「、、、すぅ、、、。すぅ、、、。」
話すだけでも疲れたのか、少したったらヒナは寝ていた。
相当病気が悪いんだろうか。
「大丈夫、かな、、。」
僕の呟く声が部屋に響く。
「日那乃!大丈夫?はぁ、はぁ。」
ドアがバタンと乱暴に開いて、制服を着た女の子が入ってきた。
日那乃、、って誰だ?
「ひな、の?あ、寝てる、、、。って、わあああああ!誰、あんた!」
女の子が叫ぶ。あまりの大きい声にヒナが
「うぅ?あ、ゆんち?、、、おはよ。」
と起きてしまった。
「ごめん、日那乃!この子、誰?」
ゆんちと呼ばれた子が言うとヒナが
「チソラくん。私の病院友達だよ。あ、チソラくん、この子友達の結。」
と言った。
日那乃ってヒナの本名なのかな。
わからないけど、ヒナに似合う、可愛い名前だなって思う。
「病院友達?聞いたことないんだけど。」
結さんが怒った口調でそういった。
「まぁまぁ。ゆんち、落ち着いてよ。それより、こんな午前中にどうしたの?」
ヒナがそういう。
「学校、今休み時間で。先生に日那乃はいつ来るんだ?って聞いたらわからない、病気が酷いらしい。っていうから!」
と結さんが怒る。
「あぁ、そう。そんな、大袈裟な。お医者さんが、前より酷くなってます、って言ったらお母さんがびっくりしちゃって、先生に言ったんだよ。全然、なんともない!元気だよー。」
とヒナがニコッとして言うと結さんはホッとしたように胸をなでおろす。
でも、僕はわかった。
ヒナのちょっとの変化に。
ニコニコしてたけど、いつものヒマワリみたいな笑顔じゃなくて。
困ったような笑顔だった。
ヒナは嘘をついてる。
なんでだろう?
「ふぅん。それでヒナのところに来てるんだ。」
ヒナは今、ぐっすり眠っている。
僕は結さんに、ヒナと仲が良くなった理由を話していた。
「はい、そうなんです。、、、ところで結さんは、何年生なんですか?」
僕が聞くと
「んーと、中1。あんたの年下。」
そう言って結さんがキャハハと笑う。そして、一息ついた後
「日那乃とは、幼なじみで。、、、、でも、日那乃のこと全然知らなくて、、、悔しいんだ。日那乃が苦しんでるの知ってるのに。病気と闘ってるの知ってるのに。なにも、力になれなくてさ。」
と結さんが苦笑いしながら言った。
ヒナの力になれない。
それは、どれくらい辛いことなんだろう。結さんにとって、きっとヒナは大事な人だから。
「じゃあ、私帰るね。そろそろ休み時間終わるし。」
結さんはそう言うと帰っていった。
「あぅ、、、。あれ、ゆんちは?」
結さんが帰ってすぐ、ヒナが起きた。
「結さんなら帰ったよ。」
僕が言うとヒナはホッとしたように息をふぅっと吐いた。
「チソラくん。私ね。ゆんちのこと少し苦手なの。、、もちろん、幼なじみとして大好きだよ。でも、ちょっと細かいところがあったりするから、そんな細かくなくてもいいのにな〜って思っちゃうの。だから、ゆんちが来るときはいつもドキドキする。病気のこと、余命のこと、なんか聞かれないかなってビクビクする。でもさ、チソラくんは安心できるんだ。雰囲気が柔らかくて、優しくて。私の話、なんでも聞いてくれる。チソラくんの話、たくさん話してくれる。でも、私が寝ているときとかは静かにしていてくれる。私、そんなチソラくんが好きだなぁ。」
ヒナがゆっくり、ニコニコしながら話す。でも、少し寂しそうな笑顔で。
チソラくんが「好き」の意味は恋愛としてなのか、友情としてなのかわからないけど、ヒナに好意を寄せられているのはわかる。
「僕も、ヒナの優しい笑顔が好き。」
とりあえず、そう返しておいた。