1章 未来(ゆめ)を追いかけて 【必死】
「おかえり。」
お母さんのそっけない挨拶とともに僕は帰宅した。
「ただいま。」
僕も短く返すと部屋に直行する。
僕の性別。
どうしたら良いんだろう。
一人になると、どうしても思い浮かぶのが性別のこと。
手術を受けるのか。
そもそも僕は男なのか、女なのか。
まだ14年、、、。
考え始めたら、終わらない。
病院に行こうか、行かないか。でも、またお母さんになにか言われそうだ。
ヒナに、会いたいな。
なんとなく、そう思った。
ミクでもなくて。一回しかあったことがないのに、僕は今、ヒナを望んだ。なんでだろう?
「ただいまー!」
姉の、元気な声が聞こえた。嫌な時間が始まる。
「あら、おかえり。今日のテストはどうだったの?」
いい部屋じゃないから、リビングの声は丸聞こえ。お母さんが言う僕の愚痴は毎回全部聞こえる。
「まぁ、満点じゃない。チソラと違ってあなたは優秀ね。」
“お姉ちゃんと違って”“お姉ちゃんを見直しなさい”
ずっと言われてきた。
「はぁ。」
ベッドに潜り、布団を頭までかぶる。まだちょっと声が聞こえるけど、でもさっきよりはマシ。
ベッドがだんだんあったかくなってきて、眠気に襲われた僕は一瞬で寝てしまった。
*
*
起きると、もう夜の9時で。
家族の声が聞こえないからみんな自室でなにかしているのだろう。僕のことはいつも、誰も気にしない。
静かにドアを開けて、リビングに行くと僕の分の夕食がラップをしておいてあった。
「いただきます。」
ひとり静かに食べる夕食も、これが始めてではない。
『いただきます!』
家族みんなで食べたご飯は、お姉ちゃんの小学校の卒業式が最後。
僕の卒業式のときは、誰も祝ってくれなくて。僕は泣きながらミクの家に行った記憶がある。
誰かが来る音がして、振り向いたらお姉ちゃんがいた。名前はゆう。変な“妹”だとクラスメイトに向かって言った、サイアクな姉。
「あ、ちぃ。ご飯食べたの?」
お姉ちゃんは僕のことをちぃと呼ぶ。なんでか知らないけど、ずっと。
「うん。」
「食べ終わったら自分の食器洗いなよ。」
他の人から見れば、多分優しいんだと思う。でも、僕は、、、。変な“妹”だと言われてからは、ずっとお姉ちゃんが好きになれない。
「わかった。」
“家族とは、必要最低限の会話しかしない。”これが僕の中のルールだった。
「じゃ、おやすみ。」
お姉ちゃんはコップで水を飲むとすぐ部屋に戻っていった。
「ごちそうさまでした。」
ご飯を食べ終わり、食器を洗う。
ジャーと出ている水道の水が、すごくすごく冷たかった。
僕は寝る前、考えた。
明日は絶対ヒナに会いに行こうって。
でも、、、、。いざ、今日になると不安が僕の心を襲う。
大丈夫かなって。
お母さんにバレたらもう二度と病院にすら行かせてもらえないかもしれない。
いじめられてることは、お母さんには内緒だったから、悩んでることはずっと話してないけど。
でも、悩んでることに変わりはない。僕はずっと悩んでた。このまま悩み続けてもだめだから、なんとか病院で検査してもらったけど、お母さんは半信半疑だった。
いつまでも僕を疑って、僕を信じようとしてくれない。
「おはようございます。」
いつものように教室に行くと僕の机がなかった。
クスクス笑う声。
静かなクラスメイトの、不安そうな顔。
ニヤニヤしている女子たち。
「おはよー!って、あれっ?チソラ、どうしたの?」
ミクが登校してくると、教室の空気が変わった。ちょっとざわってして。みんな周りの友達とコソコソ話し始めた。
「あ、ミク。昨日はなんで休んだの?」
と学級委員長のゆかりが聞く。
「え、え?ただの風邪だよ?ていうか、チソラ大丈夫?机は?」
ミクが動揺する。
「あー。なんか、変なウワサがあってさぁ。だから私が机を廊下に出して“あげた”の。ねぇ、ミク。チソラちゃんと付き合ってんでしょ?」
ゆかりが言うとミクが血相を変えて
「なんで?なんで私がチソラと付き合ってることになってるの?私は別にチソラと付き合ってない。嘘のウワサをたてて、いじめて。バカみたい。」
と、ミクが叫ぶように言った。
ミクの息が荒い。
はぁはぁ言いながら、僕のために、ゆかりと話している。
「僕の机。」
「僕の机返せよ!」
気がついたら、叫んでいた。
僕のことなのに、自分で解決しないのは、嫌だった。
制服のスカートがゆらゆらする。
あまりにも格好と似つかない発言に我ながら笑ってしまう。
なんで、僕はこんな格好をしてでも学校に来ているんだろう。
勉強をするため?
でも、勉強は嫌いだ。
じゃあ、何を目的として学校に来ているんだろう。
ミクと会うため?
でもない気がする。
ただ、毎日同じことを繰り返すだけの毎日。
きっとそこに、正しいことなんて一つもなかったんだ。
嫌なのに学校に行って、いじめられて。家にも居場所はなくて。
こんな生活なのに、必死に生きている僕は、バカみたいだ。
その日の放課後。
僕はただ、走っていた。何処かに向かって。
意思はない。
ただ、ひたすら。
気づいたら、病院の、ヒナの部屋の前だった。
「はぁ、はぁ。」
息の荒い僕に気づいたのか看護師さんがよってきて、
「大丈夫ですか?」
と聞いてきた。
僕はそれすら無視して、ヒナの部屋に入った。
「わぁ。チソラくん?」
ヒナは特に驚いた様子もなく、そう言った。
「やっほ。また来てくれたんだ。嬉しい。」
ヒナは相変わらずニコニコしている。
「ごめんなさい。勝手に入って。」
僕が謝るとヒナはキョトンとして
「?なんで謝るの?私は来てくれてすごい嬉しい。」
と言った。僕の様子を気にかけるわけでもなく、ただ明るくて優しい声で話した。
なんとなく、安心した。
前回みたいに何も聞かれなくて。
「ヒナに、、言うことが、あって。」
僕はそう切り出すと、ヒナにLGBTのことを話した。
「ふぅん。」
話を聞いて、ヒナから出てきた言葉はただそれだけだった。
しばらくの沈黙の後、
「チソラくんは、カッコイイね。」
とヒナが言った。
「なんで?」
「だって、、、私に打ち明けれる勇気がカッコイイなって。あとは、容姿とかも。スカート履いてても、関係ない。雰囲気が大人っぽくってカッコイイ。」
ヒナはそうつぶやいた。
“男の子”とか、“女の子”じゃなくて。“カッコイイ”だけで僕を表した。
カッコイイって男女関係なく使えるけど、僕は、カッコイイって言われただけで認められた気がした。
「私も、隠してることがあってね。病気なの。何の病気かは言いたくないし、余命だって知られたくない。私は、、、長く生きられる気がするんだけどね、、、。重い病気なんだ。」
ヒナが、ボソリ、ボソリつぶやく。それは、とても大事なことだった。
「じゃあ、僕は気にしない。ヒナは、明るくて優しいヒナで良いんだ。暗くて笑顔じゃないヒナより、ずっと笑ってるヒナのほうが、僕は好き。」
僕は、慰めるようにそういった。
慰め方なんて知らない。
不器用だけど、ちょっとずつ。
「ありがと。」
優しくて、笑顔がヒマワリみたい。
明るくて、元気で。
そんなヒナのことを、僕はだんだん好きになっていった。
「学校辞めたいな。」
そう思ったのはヒナとあって1週間後のことだった。
いじめがこれからひどくなるのは目に見えていた。
昔より、ひどくなったし。
ミクだっていじめられて、でも僕が助けに行けない無力感。
お姉ちゃんと比較されて、辛い僕の気持ちは無視。
何もかも、嫌だった。
一人でいるほうが、はるかにラクだった。
人付き合いなんて、僕にとっては無駄でしかなかった。
ミクも、ヒナも。僕を助けてくれようとして、巻き込まれるのは嫌だ。
そして、、
きっと僕が学校に行かなくても、お母さんは何も言わない。
必死に生きても、無理なものは無理だから。
僕は、学校を諦めた。