1章 未来(ゆめ)を追いかけて 【真実】
いくら障害とはいえ、僕の心の問題。だから学校は普通に行く。
「行ってきまーす。」
朝、まだだるい体を起こす。重いカバンに嫌でもスカートを履かなくちゃいけない女子の制服。
学校は嫌いだ。
全部、普通に縛られる。
「おはようございます。」
教室に入ると賑やかだった教室が一瞬静かになり、また騒がしくなった。
「おはよー、チソラ“ちゃん”。キャハハっ」
クラスメイトはみんな「ちゃん」呼び。しかもそれをおかしそうに笑う。
みんな、僕を嫌う。
オトコオンナとか、気持ち悪いとか、「僕」って言ってることもヘンとか。
でも、そんなサイアクな教室は読書で乗り切る。
「チソラおはよー。」
急に声をかけられ、びっくりして振り向くとそこには僕の幼なじみ、ミクが居た。
ミクはずっと仲が良くて、僕の唯一の理解者だ。
「おはよ、ミク。」
僕が短めに挨拶するとミクが近づいてきてこっそり、
「診断結果、どうだったの?」
と耳打ちした。
「教室では、ちょっと、、、あとでいつもの場所来てくれない?」
僕が言うとミクは頷いて自分の席へ帰っていった。
いつもの場所というのはちょっとした空き教室で、普段は誰も近づかないので二人で“秘密基地”と呼んでいる。
いつも通りの時間に規則正しくチャイムがなる。
先生も、いつもの時間に教室に入ってくる。
今日も、嫌な一日が始まる。
休み時間になり、僕はミクと集合場所の“秘密基地”に行く。
「やっほー。」
先に来ていたミクが手をふる。
「ミク、ごめん。遅くなった。」
僕が言うと
「ううん、全然。私もいま来たとこ。で、診断結果は?」
とミクがいった。目をキラキラさせて。
「えーと、LGBTのFTM。」
これだけで伝わるのかわからない。僕には伝わらなかった。でもミクはうなずきながら
「なるほどねー。つまり、チソラは身体が女の子で心が男の子なんだね?」
と言った。
ミクは、ミクなりに僕のことを調べてくれていたらしい。
僕が男って言ったときも笑わずに聞いてくれたし、遊びに行ったとき、LGBTの本があったりした。
「チソラはさ。クラスメイトの女子になんか言われて嫌かもしれないけど、私は味方だからね。」
ミクは、僕のことを信じてくれるから、僕もミクのことを信じられる。
「ありがとう。ミク。」
「ううん、こちらこそ。じゃあ、教室戻るね。」
ミクはそう言うと静かに戻っていった。
一人になった空き教室で僕は昨日の医師の言葉を思い出していた。
『性別適合手術をする人が大半です。チソラさんはまだ中学生ですので、もう少し考えてみてください。』
性別適合手術、か。手術をすればちゃんと「男」として認めてもらえる。戸籍の性別も変えてもらえる。なら、やりたい。僕は、誰にもいじめられないで「男」として生きていきたい。
『まだ14年しか生きてないのよ?』
『まだ中学生ですので、、、。』
みんなが言う「まだ」は本当なのかな。僕がこんなに悩んでるのに。
いじめられるのは中学校だけじゃない。小学校でも、いじめられた。
こんなに悩んでも、「まだ」だめなのかな。
「チソラちゃんっ。ごめんね?急に呼び出して。」
その日の放課後。先輩に呼び出されて僕は体育館裏に向かった。
こういうときは決まっている。だいたい「告白」だ。
「チソラちゃんの教室で静かに本読んでる所とか、きれいで、、、。少しボーイッシュなのもカッコイイなって思ってて。ずっと前から好きでした!俺と付き合ってください!」
この人は、真剣に僕に想いを伝えてくれた。
でも、、、、
「ごめんなさい。僕は先輩のこと好きになれないんです。」
無理なものは無理だ。僕は男の人を恋愛感情で好きになったことはないし、こうやって告白されるということは少なくともこの人からは僕が女の子に見えていたということだから。
「どうしてもだめかな?友達から、とか、、、。」
でも先輩は諦めてくれない。
「僕、いじめられてるの知ってます?僕は、、、性別が無いからどれだけ過ごしても先輩に恋愛感情を抱くことはできないと思います。」
と言い切ると
「いじめられてるの、、、あ、そっか。チソラちゃんのことだったんだ。“オトコオンナ”なの。」
と先輩はブツブツつぶやいた後、
「今日はごめんね、急に。じゃあ。」
とどこかへ行ってしまった。
「おーい!」
遠くから声がして、振り向くと長くて黒い髪を揺らしながら来る、ミクの姿があった。
「ミク。どうしたの?」
「はぁ、はぁ。どうだった?先輩。」
ミクが不安そうに僕に聞く。
「ん、まぁ、、、僕が言い換えしたらどっか行っちゃった。」
と僕が言うと
「あ、、、、良かったあー。言い返せなくて無理やり付き合っちゃったらどうしようって心配になっちゃって、来ちゃった。」
とミクが安堵したように言った。
心配してくれたんだ、ミク。僕は、確かにいつも静かで、頼りないかもしれない。
「一緒に帰ろ、ミク。」
でも、せめてこういうときはカッコつけてたい。
「いつも静かなくせにこういうときはカッコイイんだから。」
ピンク色に染まりかけてきた空の下で、僕たちは家に帰った。
<ピピピッピピピッ!>
「うるせぇ、、、」
アラームを止める。
また、朝だ。
今日も学校で、明日も、学校で、、、。
毎日窮屈な学校で頑張っている僕を褒めてあげたい。
「あーあ、休みたいな、学校。」
一人でつぶやく。
「チソラ!?起きてるんでしょ、早くしなさい!」
お母さんの声が飛んでくる。
僕は急いで支度をして朝ごはんを食べ、学校へ向かった。
「、、、。」
教室に入る。誰も声をかけてこない。いつもより静かだ。
「あ、えーと、おはようございます。」
僕が言うとまたざわつき始める。でもヒソヒソ話していたり、時々チソラって聞こえたりする。
「ねぇ、チソラちゃん。聞いても良い?昨日先輩のこと振ったあと、ミクと二人で手を繋いで帰ったって本当?ゆかりが見てたらしいんだけど。」
クラスメイトの小柄な女の子が話しかけてくる。ゆかりというのは、多分学級委員長のことだろう。
とたんに静まり返る教室。僕の返事を待ってるみたいだ。
「あ、、えと、、、うん。」
昨日先輩に告白されたこと、ミクと二人で帰ったこと、全部バレてる、、、。
「あー。ほらやっぱり、チソラちゃんはミクちゃんと付き合ってるんだ。」
と誰かが言った。
僕がミクと?別に女の子を好きになっちゃだめって決まりは無い。それに僕とミクは付き合ったりしてないし、僕とミクの間に恋愛感情は無い。ただの仲良しだ。
僕はいつも以上に注目されながらも一日を過ごした。
「ふぅ。今日も一日終わった。」
ミクは風邪で今日は休みだった。そのことも変なふうに噂されてるみたいだけど、僕には関係ない。噂は無視したほうが良い。
「あっ、あのっ。」
帰り道の途中、静かなクラスメイトに声をかけられた。
「、、、、、、、?」
僕が不思議そうにしていると
「ミクさんと付き合ってるって本当ですか?」
と聞いてきた。
「は?」
思わず出た一言。
「あ、ごめんなさいっ。ただ、噂されてるので、、、。」
なぜ、この子は僕に聞きに来たんだろう。
「噂は嘘。じゃあね。」
僕は冷たく返すとミクの家へ走った。
<ピンポーン>
ミクの家の前の玄関チャイムを鳴らす。
「はぁい。」
昨日より、鼻声なミクの声が聞こえてくる。
「チソラです。ミクに会いに来たんだけど、、、。」
「チソラ!?な、なんで??」
ミクの慌てた声が聞こえてくる。
「お知らせとか、届けに来た。」
僕が言うとミクが玄関の戸を開けて出てきた。
いつもの制服姿とは違う、パジャマ姿。結んでない髪の毛。そんなミクに少しドキッとしてしまう。
「み、ミク。これ、プリントと宿題。あとは、ノートの印刷。」
あえて、噂のことは伏せておこう。
「ありがと。」
「風邪、大丈夫?」
僕が聞くとミクは少し咳き込みながら
「ちょっと熱があって。ただの風邪だと思う。ごめん、心配かけて。」
と言った。
たしかに少し顔が赤い気がする。
「じゃ、早くベッド戻りな。じゃあね。ミク。」
「うん。」
パタリ、と戸がしまる。
僕は家の方に歩き始めた。