絶壁聖女の婚約破棄
【登場人物】
イナ(16)…絶壁聖女
フランカ(20)…女神官、イナの姉
ローザ(19)…女神官、イナの姉
ソクヨウ王太子(18)…イナの婚約者
トム…聖騎士、フランカの恋人
★ ★
「聖女イナ! 貴様は聖女という立場を悪用し、その名に相応しくない行いをしているというではないか!? そんな悪女が、王太子である私の婚約者などと……! 到底許すことはできない! この場で貴様を断罪し、婚約破棄を告げる!」
建国を祝う式典で、それは突如として始まった。
何の寸劇だろうと、呑気に豪華な料理を堪能している時だ。かの有名な海割りのごとく人の波がさーっと左右に分かれ、感動している間もなく周囲の視線がイナに集まった。
ワンテンポ遅れ「私か!?」と理解すれば、婚約者の王太子が目の前まで来ていた。金髪碧眼のザ・王子っていう感じの美男子だ。
「はふひへへんは」
「……口の中にあるものを飲み込んでから喋れ」
「はふぃ」
もぐもぐ、ごっくん。
今食べた肉は美味しかった。と、思ってもう一切れ口の中に放り込む。暮らしている神殿の料理は、肉などめったに出してくれない。いつも草か豆だ。こういう時に食べずして、いつ食べるというのか。
無我夢中で頬張っていると、待ちきれずイライラしたソクヨウ王太子が「聖女イナ! まだか!」と声を荒げる。いや、ちょっと待てよ。
するとそこへ、取り皿にこんもりと料理を盛った女神官が二人、イナの元へやって来た。
「まあ、婚約破棄ですって。さすがイナちゃん、私の妹だわ! 可愛いからチュウしちゃう、チュチュ❤」
「だから言ったのよぉ。聖女だからといって、王族と結婚しなければいけないなんて馬鹿げているって。ああ、なんて可哀想なのかしら、お姉ちゃんがチュウしてあげる、チュチュ❤」
豊満な乳をぷるんぷるんと揺らしながら現れたのは、血の繋がった姉二人。
幼い頃に両親を亡くし、三姉妹とも孤児院でお世話になるも、光魔法の適正があることから神殿に引き取られて働きながら暮らしている。
とくに三姉妹の内、三女のイナは桁違いに魔力量が高く、聖女候補者の中で最も優れた神聖魔法の使い手で、これまでに多くの民を救ったことから「聖女」の称号を与えられたばかりだ。
一方、同じ聖女候補者であった姉二人は、聖女となった妹に仕えることを誓い、現在進行形で行き過ぎた世話をされている。
──しかし、この三姉妹。
姉二人の体躯は豊かな曲線を描くも、イナにはそれらしい凹凸がなかった。少年と見間違うほどストンと落ちた体つきに、幾度となく姉二人との血縁を疑われたほどだ。
本人からすれば、余計なお世話なのだが。三姉妹に共通しているのは、銀色を帯びた灰色の髪と、澄んだ緑色の瞳ぐらいだ。
左右から巨乳と巨乳に挟まれ、顔を押し上げられる。そしてチュッ、チュッとキスの嵐。香水はつけていないはずなのに、どちらかも甘い香りがする。
けれど、キスより料理のほうが欲しいと愚痴をこぼせば、両方から「はい、あーん❤」と差し出される。……そこ、羨ましそうにこっちを見るな。
「ほへで、ほへんは(それで、殿下)。……私の悪事とは一体どのような内容ですか?」
両手に巨乳美女の状態でソクヨウ王太子に尋ねれば、彼は肩を震わせ、顔を真っ赤にしながら怒鳴ってきた。
「自覚がないのかっ!? 今まさに貴様の行っていることではないか!」
「今、ですか?」
「ああ、そうやって自分の部下を扱き下ろし、あ、あまつさえ侍らせ…………裏山……っ、ではなく、聖女でありながら風紀を乱しているではないか!」
部下というか、姉だけど。
なぜか涙目の婚約者に、イナは姉二人を交互に見てから、再びソクヨウ王太子に視線をやった。
「つまり殿下には、このような行いが問題だと?」
また、この乳か。この乳が悪いのか。
そう思って姉二人の豊満な乳を揉み扱く。どこへ行っても比べられるのは、魔力量や魔法の技術ではない──この巨乳だ。
なぜ神様は、姉たちにだけこの乳をお与えになったのか。無慈悲。
「ああ~ん、イナちゃん! そんな強く揉まないでぇ~」
「ふふ、イナちゃんったらいけない子なんだから❤」
絶壁の自分とは違って揉みごたえのある姉たちの胸をもみもみしていると、会場にいた男性たちが一斉に股間を押さえて前かがみになる。
どうせなら魔力の半分だけでも、女性らしい凹凸が欲しかった。
「それでソウロウ殿下」
「ソクヨウだ、ソクヨウ! 誰が早漏だ! 私は断じて違うからな!」
……はぁ。でも、盛り上がった股間が湿っているように見えるのは気のせいだろうか。白いズボンが幸いしたようだ。シミの分かるズボンなら一発アウトだろう。
「きっ、貴様は、そのような蛮行を繰り返しながら彼女たちから神聖力を搾り取り、聖女の称号を奪ったというではないか!?」
絞り取る……?
乳から、どうやって?
寝耳に水だが、王太子が言うのだから試さないわけにはいかない。
イナはまず長女フランカの前に立ち、両手を伸ばして彼女の乳を鷲掴みした。手に収まらない乳が、指と指の間からふにゃんと零れる。
なんとも憎らしい乳だ。
「ああーん、だめえぇぇ! イナちゃん、ここではそんなことしちゃ……っ!」
「あら、私は歓迎よ。さあ、次はローザ姉さんの方へいらっしゃい」
あ、これデマだな。
フランカは甘ったるい声を出して息を弾ませるだけで、次女ローザの乳も揉み扱いてみたが、魔力など湧いてこなかった。
「ウソツキ殿下、それは私を陥れようとする誰かの陰謀では?」
「──いいや、私は確信した! 魔力を吸い取ることはできなくても、姉二人をそのように虐げ、聖女らしからぬ振る舞いをしていると……!」
床に這いつくばりながら言われても、説得力ナイネ。
しかし、下腹部が破裂寸前のソクヨウ王太子に、立ち上がるだけの力は残されていないようだ。
童貞には刺激が強すぎたか。成人した王族だし、高級娼館に通ったり一夜だけの女性を寝台に招いたりしているのかと思ったが、煩悩だけが暴走しているようだ。
イナは肩をすくめ、話をつけるために近づいた。
「イナちゃん、ばっちぃから触る時はこの杖を使いなさいね」
ソクヨウ王太子の近くに寄ろうとするイナに、フランカが聖女の杖を渡してきた。ほぼ飾りのような杖だけど。イナはありがたく受け取ると、ソクヨウ王太子の傍にしゃがみ込んで杖の先で突っついた。
「それで、ロウソク殿下」
「ソ、ソクヨウ、だ! 誰が風前の灯火だ……!」
確かに、蝋燭の火なら簡単に吹き消せる。なんて、冗談を言う元気はあるようだ。ただ、少しでも動いたらソクヨウ王太子の下腹部がヤバそうだ。
それでも杖で突っつくと「やめ、やめてくれ……っ」と泣き出しそうになる婚約者に、新たな扉を開きそうになって、いかんいかんと首を振った。
「私としては王太子の婚約者も、聖女の地位も興味ないんですが。殿下としては、どうされたいんですか?」
「わっ、私は、聖女に相応しくない貴様を今の地位から引きずり落とし、新たな聖女を立てることだ! 婚約も、その聖女とだな……た、たとえばお前の姉、とか」
この変態が。
欲望の塊ではないか。
「ドスケベ殿下、聖女は胸の大きさで決めているわけではありませんよ?」
「な……っ!? そっ、そんな当たり前のことを……!」
「分かっているならいいんですが」
いや、分かってないな。
唇を尖らせてぶつぶつ小言を口にするソクヨウ王太子に、イナは嘆息した。
「それから、姉のどちらかが聖女になっても、ボンクラ殿下とは結婚できませんからね?」
「……どういうことだ?」
王室と神殿の結びつきを強固なものにするため、古くから聖女となった者は王室に献上されるというのが習わしになっていたが、それだって絶対ではない。
すでにショックを受けているソクヨウ王太子に、イナは簡単に説明した。
「まず、長女のフランカ姉さんには恋人がいます」
「……そう、なのか?」
イナが人差し指を上げて声高らかに告げると、同じく衝撃を受けた男性たちの視線がフランカに集中する。
皆に見つめられて、フランカは恥ずかしそうに体をくねらせながら、真っ赤に染まる頬を両手で押さえた。
「いやーん、イナちゃんったら。内緒にしてたのに~」
「ち、ちなみに恋人というのは……?」
「聖騎士のトムさんです」
影が薄いのでほとんど気づかれることはないが、イナの護衛役として常に張り付いていた。
イナが紹介すると「あ、僕です」と急に現れたのは、騎士というにはあまりにお粗末な細身の青年だった。ひょろりとした肉体に、人の良さそうな──悪く言えば、簡単に騙されそうな顔をした青年だ。
最初に紹介されたイナでさえ、逆に自分が守らなければいけないのではないかと心配になったほどだ。
けれど、彼は剣の腕前も申し分なく、それ以上に防御魔法に優れていた。神聖魔法を使うイナと組めば、鉄壁の守りを築けるというわけだ。
「トムったら、イナちゃんをしっかり守ってくれないと困るわ~」
「ご、ごめん! そ、そうだよね……! ごめんね、フラちゃん! 僕がしっかりしないといけないのに……!」
神に仕える聖騎士は結婚できないため、表向き恋人同士ということになっている。ただ、二人は生涯を共にすると誓い合った夫婦となんら変わりない。
頼りないトムを見て、あのような男なら自分のほうが上ではないかと思った男が一体何人いることだろう。もしかしたら、全員同じように考えたかもしれない。
しかし、フランカはそんなトムに一目惚れし、すべてが愛しいと言っていた。
ああ、そうそう。
彼、弱々しく見えるかもしれないが、下半身はマンモス級の魔獣らしい。フランカが熱く語って聞かせてくれた。だから最近、朝になっても起きてこないのだなと思ったが、温厚な性格に似合わず下半身は可愛くないということだ。
毎日、姉の腰を治療しつつ、夜の営みを聞かされる身にもなってほしい。
「……そんな。ならば、もう一人の姉は!?」
「それは無理ですね」
「なぜだ!?」
何をそこまで必死になる必要があるのか。
そんなに絶壁の女を妻に迎えるのが嫌なのか。板は板でも、使っている内に愛着というものが湧いてくるだろうが。
今ここで頭をたたき割ってやろうとかと杖を持ち上げたが、振り下ろす前に次女のローザに止められた。
「ふふ❤ だって私、男性には興味ないですものー」
「……へあ!?」
「ローザ姉さんは、女性しか愛せない嗜好の持ち主なので。ポンコツ殿下が女性にでもならない限り、添い遂げることは無理ですね……」
神殿で暮らしている若い女性の大半は、ローサのお手付きだ。
これが「夜の聖女」とも呼ばれており、神殿の上層部は聖女となったイナに面倒事を押し付けて、何かあれば監督不行き届きと責めてくる始末。
かと言って、ローザに骨抜きにされてしまった女性を浄化することは、聖女であってもできない。
「それよりイナちゃん! 聖女の任を解かれて、王太子の婚約者でもなくなったのだから、こんな国とはおさらばして他の国に行きましょうよー」
「ええ、賛成! 神殿の人使いの荒さは嫌気が差していたのよ~。みんなで大陸中を旅しましょう~」
なるほど、それも悪くない。
聖女なんていうのは所詮、神殿が私欲のために作り出した役職だ。象徴を立てることで、多くの民が信仰し、寄付をしてくれる。そうやって神殿は潤ってきた。内情を知れば、腐りきっているところは沢山ある。
そんなところにいつまでも厄介になっているわけにはいかない。
「──と、いうことで殿下。今すぐ婚約破棄して、私を追放してください」
こういうときは逃げるが勝ち。
直後、国王陛下夫妻や、神殿のお偉いさんたちが慌てて駆け込んできたが、イナたちは王宮から逃げ出すことに成功。
その後──。
会場でド派手な寸劇を見ていた他国の王族や貴族が、こぞって自分たちの国に来ないかと誘ってきたり、中には「胸の大きさは関係ない!」と言ってくれた王子もいてラブ的な展開に発展したり、やっぱり婚約破棄はしないとツンデレ王太子が追いかけてきたり、イナを中心にこの物語は大きく動き出していく────……いや、ないない。
【END】
疲れていたのかな。なんか、もふもふしたものに癒されたくて。
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「邪魔者は毒を飲むことにした―暮田呉子短編集―」
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この短編と180度ぐらい違う内容ですので、心臓がお強い方のみどうぞ。
よろしくお願いいたします~。