吸血鬼の子
人は古来から不老不死を求め続けていた。マッドサイエンティストと称されるエドワード博士はその答えを吸血鬼に見出した。彼は巨大な実験施設を用意して、希望する夫婦の受精卵に吸血鬼の遺伝子を組み込んだ。
実験は成功した。ただ一つの欠点を除いて……。
* * *
ヴァンパイア研究所の一日は日没とともに始まる。エドワード博士が仕事帰りの両親を迎え入れ、地下にある各々の子供たちの寝室へと案内する。両親は子供を起こし、一緒に夕食をとる。ニンニクや辛子を避け、レバーやレンズ豆、ほうれん草といった鉄分の多い食品を中心としたメニューだ。夕食を終えると、20時までは親子団欒のひと時である。20時からは外部講師を招き、子供たちは授業を受ける。授業は24時までで、その様子を見守る親もいれば授業開始とともに帰る親もいる。24時から夜食で、授業を見守っていた親も夜食をとると帰っていく。そこから翌4時までは自由時間である。その時間帯であれば外で遊んでも良い。4時には戻ってきてシャワーを浴び、就寝する。それがヴァンパイア研究所の日常である。
* * *
さて、この研究所にサンドラとマイケルという二人の仲のいい友人がいた。ある日、夜食の時間にサンドラは切り出した。
「ねえマイク。この後行ってみたいところがあるのだけれど、いいかしら?」
「もちろんさサリー。それで、どこに行くんだい?」
「そ・れ・は、行ってみてからのお楽しみ!」
そうしてサンドラに連れられて、マイケルは研究所を抜け出した。
* * *
真っ暗闇の森の中、紅葉の絨毯の上を二人は駆ける。道中マイケルは声をかけた。
「サリー、あんまり行くと帰れなくなるよ!」
「今日は帰らないわよ」
「どういうこと?」
有無を言わせぬサンドラの答えにマイケルは困惑する。そんな彼に、サンドラは優しく微笑みかけた。
「研究所にいたら絶対に見られないような美しい景色を見に連れてってあげる。その代わり、長い旅になるけどね」
マイケルは不安を感じなかったわけではなかったが、それでもサンドラを信じることにした。何よりサンドラの言う「研究所にいたら絶対に見られないような美しい景色」に心惹かれていた。その日はデイユースも扱う郊外のホテルにたどり着いた。
チェックインを済ませ、マイケルは部屋のベッドに倒れ込む。そんな彼にサンドラは言い聞かせた。
「いい? 絶対に部屋のカーテンは開けちゃだめよ?」
マイケルには理由は分からなかったが、一言、分かった、と答えて眠りに落ちた。
* * *
次の日も、また次の日も、宵闇の中を歩き、昼光を避けて眠った。
旅も四日目となった頃マイケルは気がついていたーー自分たちの生活リズムが、研究所の外の人間と異なることに。そんな彼の疑問を察してか、歩きながらサンドラは問いかけた。
「不思議に思ったでしょ、私たちと他の人たちの生活リズムが真逆なことに」
「ああ。どうしてなんだ?」
「私たちは、永遠の命を手に入れたーー『あること』を犠牲にして」
「その『あること』って、一体何なんだ?」
「あなたは、あれを直視できる?」
サンドラは歩みを止め、教会の塔の上を指差した。マイケルも足を止め、サンドラの指さす方を見る。直後マイケルは両手で目を覆い、うずくまった。
「眩しい! 眩しいよサリー!」
教会の塔の上、そこには月明かりに十字架が照らし出されていた。
サンドラはマイケルをそっと抱き寄せ、語りかけた。
「私たちは呪われてるのーー産まれたその瞬間から。だから明日の朝、私たちは二人の呪いを解こうと思うのーー命を犠牲にして」
「それって死ぬってことーー僕もサリーも?」
「あるべき姿に還る、それだけよ。大丈夫、何の心配もいらないわ」
サンドラはこんこんと言い聞かせるが、マイケルは首を横に振る。
「僕は、サリーとずっと一緒にいたい。せっかく永遠の命を貰ったんだ。その命ある限り、君とずっとにいたい」
「たとえそれが、あの夜だけ開かれる牢獄の中であったとしても?」
サンドラの声色は優しかったが、指摘は鋭かった。マイケルは答えに窮してしまう。
「それは……」
「大丈夫。呪いが解ければ、私たちは天上で永遠に結ばれるわ」
サンドラの言葉に、マイケルは顔を上げる。
「本当に?」
「本当に」
マイケルはサンドラの手を握り、立ち上がった。
「分かった。サリーを信じるよ」
「ありがとうマイク。それじゃあ行きましょう」
二人は手を繋ぎ、再び歩き出した。
* * *
そうして二人は東の浜辺へとたどり着いた。まだ六等星の輝きの残る頃、あたりには二人以外誰もおらず、潮騒だけが響いていた。見慣れた満天の星も、二人にとっては最後のものとなる。二人はじっと東の水平線を見つめていた。
「サリー、最期に伝えておきたいことがあるんだ」
マイケルはサンドラの方に向き直って口にした。
「どうしたの、改まって?」
そう尋ねるサンドラは嬉しそうだ。マイケルは口を何度か開いては閉じ開いては閉じしたが、やがて覚悟を決めたように言葉を紡いだ。
「僕、サリーのことが好きだ。さっき言った、ずっと一緒にいたいっていうのも本当。呪いが解けても、それだけは変わらないから」
それを聞いたサンドラはマイケルに抱きついた。
「マイク、ありがとう! 私もマイクのことが好き! 本当は怖かったのーー私とマイクの気持ちがもし違ってたらどうしよう、私のわがままにただ付き合わせてしまっていただけだとしたらどうしようって。呪いが解けても一緒にいよう、マイク」
二人は熱い接吻を交わした。お互い最初で最後のキスだった。
気づけば水平線がくっきりと見え始め、空からは星が一つ、また一つと消えていった。二人は抱き合いながら、視線を再び東の水平線へと向けた。
空はやがて蒼みを帯びてきた。それが明るくなるにつれて、二人の終わりも確実に近づいていた。
そしてついに太陽が顔を出す。その最初の一射しが、抱き合う二人を貫いた。
「これまでありがとう、マイク」
「これからもよろしく、サリー」
二人はさらさらと灰になり、風と共に散った。命の終わりの始まる季節、二つの命が消え去った。