↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衰退世界の風見鶏  作者: 小柚
2年目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/118

第十二章(1)

「フリック、大丈夫?」

 授業が終わったあと、心配そうに声をかけてくるマーガレットを連れて、僕たちは食堂で軽食をとることにした。

「大丈夫だよ、マーガレット。ちょっと目眩がしただけだから」

「フリックが珍しく寝坊してさ。朝ごはんを食べられなかったんだ」

 ご飯を食べないとね、体力がつかないからね。ライズはそう言いながら、ケーキやパフェをものすごい勢いで口に運んでいる。

「どうして寝坊なんてしたの? 眠れなかったの?」

 マーガレットにそう聞かれて、僕は一瞬言葉に詰まった。

 言うべきか、言わないべきか。

 ひとりで抱え込んで解決できる話でもない。早めに相談しておくべきだろう。

 僕は意を決して口を開いた。

「実はさ、昨晩部屋に帰ったあとに、例の犬が僕を迎えにきてくれて」

「えっ、喋るワンちゃんが見つかったの? 迎えにきたって……部屋に?」

「窓の外を見たら、居たんだよ」

「それで、どうしたの?」

「神子が見つかったって言うから、付いていったんだ。そしたら……」

「ええ!? 会ったの?? 本人に?」

 声が大きい。

 僕は慌てて周囲を見回した。

 カフェタイムの今、食堂に人はそれほど多くない。特に注目を浴びていないことを確認してから、僕は声を落として続けた。

「神子に会った。少しだけ話したよ。思っていたのとだいぶ違って……普通の男の子だった」

「普通って、具体的にどんな感じ?」

「僕たちと同じ言葉を喋るし、普通に笑うし、気弱なところもあって……至って普通の男の子だよ」

「人違いの可能性はない?」

「ないよ。あれは神子だ。普通じゃないところもあったし、間違いない」

 僕は彼の容貌や話していたことを、ふたりに伝えた。

 ギラギラとした赤い瞳、鋭い八重歯、尖った耳。寝起きだったせいか、記憶が混濁しているようで、仲間を探してさ迷っている様子だった。

「仲間?」

「神子は、仲間と暮らしていたみたいだ。たぶん、風見鶏に来る前の話だと思う」

「仲間って、どんな人たちなのかしら」

「神子と同じような体質らしい。歳を取らなくて、ご飯を食べなくても生きられるって」

「それって……神さまってこと? 神さまの世界の仲間なのかしら」

 神さまの世界。

 それは、もしかすると『聖地』のことだろうか。

 この間の神政学基礎の授業で聞いた言葉が思い出される。

 ――神の安息地、そして我らが崇める神子様の故郷。

「聖地はザイヴァに荒らされたって言ってたよね。それで神さまの怒りを買ったって」

「ええ。今は荒廃していると聞くわ」

「じゃあ、神子の仲間は今どこにいるんだろう」

「天界に帰ったんじゃないかしら」

「天界? 月の上にある?」

 マーガレットは頷いた。

「イーノスを置いて帰っちゃったってこと? 一人残らず?」

 僕の問いに、マーガレットは困ったように眉を下げる。

「神子さまは、わたしたちアスティリアの国民を導くために、地上に残られたのよ」

「…………」

 その説明に、僕はどうしても納得がいかなかった。

 少なくともイーノスは、自分の意思で残ったようには見えなかった。

 仲間と暮らすことを望んでいるのに、それが叶えられていない――そんな印象だった。

 そのことを伝えると、マーガレットはさらに困った顔をする。

「そう言われても……神子さまは、ご自分で天界に戻ることはできないのかしら」

「空を飛べる雰囲気はなかったよ」

「それなら……飛行石をたくさん使えば、月まで行けないかしら」

「スフェーンを使いこなせたら、連れていけたりするかな」

 僕たちは至って真面目に議論していた。

 それなのに。

 隣で黙って聞いていたライズが、突然ブフッと噴き出した。

「えっ、何? 突然。汚いわねぇ」

「あんまり笑わせないでよ。今、食事中なんだからさ」

「別に笑わせてなんかないわよ。何がおかしかったの?」

 ライズはナプキンで上品に口元を拭き、僕たちを小馬鹿にしたように言う。

「発想が幼稚だよ。ランタンを飛ばしたり、人間を飛ばそうとしたり。いくら上に上げたって、物体が月に届くわけないのに」

「何よ。月は上にあるんだから、上っていけばいつか辿り着くでしょ!」

「着かないよ。絶対に」

「どうして断言できるのよ」

「だって、月は物体じゃないからさ」

「????」

 相変わらず、ライズは謎めいたことを言う。

 けれど彼がここまで断言するのなら、きっと本当にそうなのだろう――そんな気がした。

「じゃあさ、ライズはどう思う? 神子の仲間はどこにいて、どうやったら元の場所に帰れるんだと思う?」

「ぼくに聞かないでよ。知るわけないでしょ」

「天上世界にはどうやって行くの?」

「…………」

「神子は困ってるんだよ。きっと人間世界に居場所がないんだ」

 僕の問いかけに答えず、ライズはどこか焦点の合わない視線をこちらに向けてきた。

「ねぇ、フリック」

「なんだよ」

 その声音に、胸の奥がざわつく。

「その神子ってさ……今、どこにいるの?」

「棺のある部屋だよ。夜まで待っていてって言っておいた」

 なぜか、マーガレットまでが不安そうな顔で僕を見る。

「一体どうしたの、ふたりとも……」

 そう言いかけた瞬間だった。

 背後に、ふっと気配が立ち上る。

 振り返るより早く、その何者かは僕の首もとに抱きついてきた。

「見つけた! フリック!」

「!?!?!?!」

 心臓が止まるかと思った。

 耳元で聞こえた弾んだ声――間違いない、イーノスだ。

 ここは真っ昼間の食堂。人目も多い。

 思考が完全に停止する。

 ガタン、と音を立てて最初に立ち上がったのはライズだった。

 彼は無言で僕の腕を掴み、イーノスごと背中を押すようにして歩き出す。

 マーガレットも事情を悟ったのか、何も言わず僕の反対側に回り、同じように腕を引いた。

 ――隠す。

 三人でイーノスを囲い込むようにして移動する。

 ライズは自分の制服のケープを脱ぐと、そのままイーノスの頭に被せた。

 怪訝そうな顔をしながらも、イーノスは大人しく僕の背に張りついてくれる。

 向かう先は、当然――棺のある部屋。

 なんとか誰にも怪しまれずに辿り着き、扉を閉める。そして、僕たちは床にへたり込んだ。

「び、びっくりしたぁ……」

「何が起こったのか、一瞬わからなかったわ……」

「ごめん……本当に、ありがとう」

 ふたりに礼を言ってから、呆然としているイーノスに向き直る。

「どうして待っていてくれなかったの? 昨晩、約束したよね」

「約束? 何の話だ?」

「仲間のことを調べるから、その間ここで待っていてって――」

 イーノスは僕の言葉を遮り、ライズとマーガレットを指差した。

「なあ、フリック。こいつらは誰だ? お前の仲間か?」

「神子イーノス。初めまして!」

 マーガレットが、いつもの明るい笑顔で一歩前に出る。

「わたしはマーガレット・アレクサンドラよ」

「俺様はイーノスだ」

「よろしく、イーノス」

 ふたりが自然に握手を交わしたのを見て、少しだけ肩の力が抜けた。

 一方でライズは、イーノスからケープを取り戻し、低い声で僕に言う。

「どうする気なの? こいつと関わるの、絶対ヤバいよ。面倒見きれるの?」

「ちょっと、ライズ。捨て犬を拾ってきたみたいな言い方しないで」

 マーガレットがすかさず噛みつき、イーノスの頭を優しく撫でながら床に座らせる。

「安心して。わたしたちはフリックのお友達よ。あなたの仲間を探すの、手伝うわ」

「本当か? ありがとう!」

 さすが弟持ちの姉だ。

 年下の男の子への距離の詰め方が自然すぎる。

 三人が座り込んだのを見て、僕もその正面に腰を下ろした。

 ライズは不承不承といった様子で隣に座り、僕たちは円を描くような形で向かい合う。

 こうして――

 神子を交えた、奇妙な話し合いが始まった。


「話を整理させてもらってもいいかしら。イーノス、あなたはそこの棺で、ずっと眠っていたのよね?」

「ああ。たぶん、そうだ」

「最近になって目を覚まして、二、三日のあいだ学校の中をうろうろしていた、と」

「仲間を探していたんだ」

「仲間というのは……あなたのお友達のこと?」

「仲間は仲間だ。それ以外に言いようがない」

 “友達”という言葉が、彼にはピンとこないのかもしれない。

 マーガレットはわずかに苦笑しながら、質問を続けた。

「あなたは、わたしたちの間では『神子』と呼ばれているの。そのことは知っている?」

「ああ……そういえば、そう呼ばれたこともある気がする」

「どうして、そんな呼ばれ方をしているのかしら」

「ところで……『ミコ』って何だ?」

 マーガレットはぱちくりと瞬きをして、僕のほうを見る。

 少し考えてから、僕は説明した。

「『ミコ』っていうのはね、『神さまの子供』って意味だよ。イーノスは僕たちと違って歳を取らないし、お腹もすかないだろ? そういうところが、神さまみたいだって思われているんだ」

「神さまって何だ?」

「神さまっていうのは……空の上にいる、すごく偉い存在のことだよ。人間を創って、育てて、悪いことをしないか見ている存在、かな」

「そんなやつは知らない」

 イーノスは即座に言い切った。

「俺様たちの生みの親は、『チエノキ』だぞ」 「『チエノキ』?」

 どこかで聞いた響きだ。

 その言葉を頭の中で転がしていると、図書館にある巨大な樹のオブジェが思い浮かんだ。

「……『知恵の樹』?」

「『知恵の樹』、かしら」

 僕とマーガレットは顔を見合わせ、再びイーノスを見る。

「イーノスの生みの親は、『知恵の樹』なの?」

「そうだ。エルフルトがそう言ってた」

「エルフルト……?」

「俺様の姉だ」

「……お姉さん?」

 イーノスは当然のことのように頷いた。

 しばらく、彼の話を遮らずに聞いてみることにした。

 要約すると、こんな話だった。

 ――仲間はみな、知恵の樹という巨大な樹から生まれた。

 根元から仲間が生まれ、枝には小さな実がなる。

 空腹や体調不良のとき、その実を食べることはあるが、それ以外のものを口にしたことはない。

「知恵の樹って……確か、聖地にあるって言われていなかった?」

 じゃあ、やっぱりイーノスの故郷は聖地なのか。

 神政学基礎の授業で見た地図が脳裏に浮かぶ。

 大陸の中央に描かれた、小さな円。

 何人たりとも立ち入ることを許されない、聖なる場所。

「聖地って、ザイヴァに荒らされて、今は荒廃しているんだよね」

「ええ。復活させるために、アスティリアが管理しているのだけれど……」

 イーノスは、不安そうな目で僕たちを見つめていた。

 マーガレットは一瞬言葉を詰まらせ、それから努めて明るく微笑んだ。

「ごめんなさいね、イーノス。あなたの故郷について、わたしたちはあまり詳しく知らないの。調べてくるから……少しだけ、待っていてもらえるかしら」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。