表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衰退世界の風見鶏  作者: 小柚
2年目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/118

第十一章(2)

 マーガレットとの待ち合わせ場所は、寮の前の広場だった。

 消灯時間を過ぎた午後十時、僕はこっそりと部屋を抜け出し、忍び足で寮の出口へ向かう。

 深夜になっても出入口が施錠されることはない。気にする相手といえば、見回り役のノギスさんくらいなものだ。幸い、その姿は見当たらず、僕は特に苦労することもなく集合場所に辿り着いた。

 マーガレットはすでに来ていて、広場脇の林の木陰から、そっと手招きをしてきた。

「フリック。夜に出歩いている人って、結構いるのね」

「そうなんだよ。僕も最初は驚いた」

 彼女の視線の先には、広場のベンチで肩を寄せ合っているカップルがいる。さらに少し離れた場所にも、もう一組見えた。

 たしかに、「結構いる」という印象は間違っていない。

「わたし、校則を破るのは初めてなの。意外と緊張するものね」

「そうだね。僕も……慣れてるってほどじゃないから」

 そう答えながら、僕はマーガレットの様子をそれとなく観察していた。

 また別人が現れるんじゃないかと、どこかで疑っていたからだ。けれど、仕草も声も、間違いなく彼女本人だ。

 本物だと確信して、ようやく胸を撫で下ろす。

「ここ、ちょっと気まずいわ。早く講堂に向かいましょう」

 近くのカップルから大げさに目を逸らしながら、マーガレットが小声で言う。

 僕も同意見だったので、軽く頷き、並んで歩き出した。

「講堂の上の部屋のことなんだけど」

 道中、僕はこれまでの経緯を順を追って説明した。

 部屋の前に石像があること。

 その石像は恐ろしい番人などではなく、幻であること。

 そして正体は、可愛らしい小さな犬だということ。

 事前に話しておかないと、確実に混乱する。そう思ったからだ。

「子犬が、石像に化けているの?」

「うん。しかも、かなり賢い。錬石も扱えるんだ」

「すごいわ! 早く会ってみたい」

 僕は少し迷ったものの、秘密を打ち明けることにした。

「それから……その犬、喋るんだ」

「えっ? 喋る犬って……七不思議の七つ目、『学長の喋る犬』?」

「たぶん、そうだと思う」

「学長の犬って、いつも側にいる細長い犬じゃないの?」

「よく分からないんだけど、その細長い犬と、石像の子犬は同じ犬らしいんだ」

「…………」

 マーガレットはしばらく唸り、頭の中で情報を整理しているようだった。やがて大きく息を吐く。

「あなた、その話、いつから知ってたのよ」

「えっと……結構前から」

「どうして教えてくれなかったの!」

「だ、だって……あの犬、すごく難しい性格をしてるから……」

 ディクティスは、小さな女の子のように気難しい。

 彼女から口止めされていたんだと正直に話すと、マーガレットは呆れたように肩をすくめながらも、納得してくれた。

「まあいいわ。すぐ会えるんでしょ? 友達になりたいわ」

 きっと、仲良くなれるだろう。

 マーガレットとディクティスは、どこか雰囲気が似ている。もしかしたら、僕よりも気が合うかもしれない。

 講堂に辿り着いた僕たちは、裏口から中へ入り、階段を上った。

 天井から吊るされた鉱石ランプは、相変わらず美しい。

「星空が落ちてきたみたいね」

 マーガレットが、ぽつりと詩的に呟く。

 バルコニーを抜け、六角塔へ入る。

 螺旋階段を上るにつれ、彼女も緊張してきたのか、自然と会話が途切れていった。

「この上だよ」

 月明かりが差し込む階上を指差すと、マーガレットはごくりと唾を飲み込み、強張った表情で頷いた。

 二人並んで、ゆっくりと頭を出す。

 そこには、いつものように石像が――

「あれ?」

「……何もないじゃない」

 おかしい。

 僕は思わず目を擦り、もう一度前を見る。

 階上の部屋は広く、アーチ状に口を開けた壁が中央を区切っている。

 外周の壁から差し込む月明かりが、室内全体を薄く照らしていた。

 何度見ても、アーチを塞ぐように置かれているはずの石像がない。

 小さな犬の姿も、どこにも見当たらなかった。

「どういうこと? フリック」

「さあ……」

 怪訝に思いながらも、僕は部屋に足を踏み入れた。

 ディクティスも、毎晩ここにいるわけじゃないのかもしれない。今夜はたまたま席を外しているだけ――そう自分に言い聞かせる。

 室内には相変わらず、玩具のような物が積み上げられていた。

 棺も、いつもの位置にある。

 だからこそ、僕は異変にすぐ気付かなかった。

「これが……神子の棺?」

「そうだよ。中に男の子が眠っているでしょ?」

「……誰もいないわよ」

「えっ?」

 僕は、慌てて棺に駆け寄った。

 石でできた棺の中には、柔らかそうな羽毛が敷き詰められていた。

 人の形に沿った窪みがあり、誰かが横たわっていた痕跡ははっきり残っている。

 それなのに――中は、空だった。

 どういうことだ。

 一体、何が起こっている?

 僕の脳裏に、過去の会話が鮮明に蘇る。


 ――神子は、ずっと眠っているのかな。どうすれば起きるんだろう。

 以前、僕がディクティスにそう尋ねたとき、彼女はきょとんと目を丸くして答えた。

 ――起きますよ。たまに起きます。

 彼女の話によれば、神子はごく稀に目を覚ますのだという。

 目を覚まし、棺から抜け出して、ふらふらと学内のどこかへ行ってしまう。

 そして大抵は、どこかに隠れるようにして、また眠りについてしまうのだそうだ。

 ――ワタシが居眠りしているとですね、探すのが大変なのですよ。

 学内を、姉弟で手分けして探すらしい。

 弟のほうが探すのが上手く、いつも先に見つけてくるのだと、彼女は言っていた。


 弟……。

 ディクティスの弟……。


 僕の頭の中で、これまで不可解だった情報の断片が、音を立てて噛み合っていく。

 ばらばらだったピースが、ひとつの絵を結び始めた。


「――『赤い瞳の幽霊』だ……」

「え? 何?」

「赤い瞳の幽霊だよ、マーガレット」

 僕は勢い込んで言った。

「『赤い瞳の幽霊』は、目を覚まして学内をさまよっている神子のことなんだ」

 なぜそんな結論に至ったのか、マーガレットは詳しい説明を求めてきた。

 うまく説明できるか不安だったけれど、僕はひとつひとつ、言葉を選びながら整理していく。


 神子は、普段は棺の中で眠っている。

 けれど、たまに目を覚まして外へ出てしまうことがある。

 ディクティスは神子の世話係で、弟とふたりで神子を管理していた。

 神子が起きてしまったとき、姉弟で学内を探し回る。

 そして――ディクティスは、キュービット先生のことを「弟」と呼んでいた。


「キュービット先生が、『赤い瞳の幽霊』の噂が出る時期に講義を休むのは、神子の行方を必死に探しているからなんだ。

 それに、ディクティスが今夜いなかったのも、同じ理由だと思う」

 つまり。

 『赤い瞳の幽霊』とは、目を覚ました神子そのものなのだ。

 マーガレットは、しばらく考え込んでから、ゆっくりと頷いた。

「……なるほどね」

 その晩は、それ以上深追いせずに話を切り上げた。

 翌日の紫曜日、全体朝会のあと僕たちはいつものように図書館に集まり、課題をしながら状況を共有する。

「――というわけなのよ。とんでもないことになってるらしいわ」

 マーガレットがライズに説明するが、彼は相変わらず気のない様子で、

「ふーん」

 と短く返しただけだった。

「『赤い瞳の幽霊』を見たって人に、話を聞けないかな」

「何を聞くの?」

「どこで見かけたのかとか、どんな様子だったかとか……」

「『幽霊』って呼ばれているくらいだから、元気に走り回ってる感じじゃないでしょうね。

 先生たちがなかなか見つけられないってことは、同じ場所に留まってもいないんじゃないかしら」

 とりあえず、目撃者を紹介してもらおうということになり、僕とマーガレットはクラフティドームへ向かった。

「ハーベスト君の部屋は十五号室よ。でもね、さっき友達と出掛けたところで、そのまま街に泊まるんじゃないかしら」

「そうですか。ありがとうございます」

 寮にいた先輩にそう告げられ、僕たちは肩を落として図書館へ戻る。

 ハーベストたちがいないのなら、打つ手はない。

 途方に暮れる僕とは対照的に、マーガレットは目を輝かせて言った。

「ねえ。休日の間、わたしたちも学内を探してみましょうよ。

 キュービット先生や、ワンちゃんに会えるかもしれないし」

 僕は、その提案にすぐ頷いた。

 ライズは面倒くさそうに、

「ふたりで行ってきなよ」

 とぼやいただけだったので、僕たちは次の日の白曜日、ふたりで学内の探索に乗り出すことになった。


 まずはいつも通っている場所から。博物館、食堂、講義棟、実習棟、中庭、実習場……しかし、どこにも異変は見当たらなかった。

「あっちのほうに行ってみない? 今日はお休みだし、あまり人はいないでしょう」

 次にマーガレットが指差したのは、森を挟んだ向こう側にある第二実習場と第二実習棟だった。

 そこは主に錬石の実使用を目的として使われる場所で、用事のない者は近寄ってはいけないと言われている。

「わたしたちも二年生になったんだし、入っても怒られたりはしないでしょ」

「そうだね……」

 通常、あちらに立ち入るのは錬石関係の実験を行う三年生以上の学生と先生だけだ。

 けれど二年生は一年生と違い、色付きのスカーフを身に着けている。遠目には学年までは分からない。

 堂々としていれば、気づかれないだろう。

 眼下に森を望みながら、吊り橋を渡る。幅も広く、造りは頑丈そうだが、かなり年季が入っており、ところどころでミシミシと音を立てた。

 長い橋を渡った先には、高いフェンスに囲まれた石床が並ぶ広大な平地が広がっていた。

 たしかここが第二実習場。その端に建つ古ぼけた建物が第二実習棟だ。

「なんだか不気味ね……」

 マーガレットが、第二実習棟を見上げてぼやく。

 歴史のある風見鶏の中でも、最も古い建物だと聞いたことがある。ひび割れた石壁には苔や枯れた蔦がこびりつき、茶黒い染みを作っていた。

 僕たちはなかなか中に踏み込めず、外周をぐるりと回って一階部分の窓を覗き込む。中には錬石を取り出す前の鉱石がごろごろと置かれ、掘査に使われる道具が点在していた。

「どうする? 入ってみる?」

「そうだね……」

 白曜日だからか、人の気配はほとんどない。

 僕たちは錆びついた扉を押し開け、棟内へ滑り込んだ。

 灯りのない内部は薄暗く、板張りの床がギシギシと音を立てる。

「こっそり捜索するのは無理ね」

「うん、足音が響きすぎる」

 足音を忍ばせるのは諦め、開き直って普通の足取りで進むことにした。

 一階はおそらくキンバリー先生とスタン先生が使用しているのだろう。採掘されたばかりの鉱石や、錬石を削り出す途中のものが並んでいる。

 一番奥には二階へ続く階段と、地下へ降りる階段があった。僕たちはその手前で足を止める。

「どっちに行く?」

「どうしようかしら」

 希望するなら、明るそうな二階だ。

 けれど僕は、なぜか地下のほうが気になった。そちらから、妙な匂いが漂ってくる気がしたからだ。

「何か匂わない? 地下のほうから」

「え? どんな匂い?」

「甘いような、煙たいような……不思議な匂いだよ」

 その匂いは、なぜか無性に懐かしかった。

 けれどあまりにも微かで、すぐに途切れてしまう。

「さっきは確かに匂ったんだけど、今はしないや」

「そうなの?」

「ごめん、変なことを言って」

 安全そうな二階から調べようと話していた、その時だった。

 階下から、ギシギシと床を軋ませる足音が聞こえてきた。

 僕たちは慌てて近くの部屋に駆け込み、息を潜める。

 足音の主は僕たちに気づくことなく、地下から二階へと上がっていった。さらに、二階から一階へ数人が下りてきて、談笑しながら廊下を通り過ぎていく。

「結構、人がいるみたいだね。地下と上の階には」

「そうね。ハックフォード先生の研究室の人たちみたい」

「え、そうなの?」

「ええ。さっき地下から上がったのがハックフォード先生で、廊下を歩いていったのはティフォニードーム、緑のスカーフをした生徒たちよ」

 覗き見するなんて、よくやるな……。

 僕はすっかり弱気になってしまい、捜索の打ち切りを申し出た。

「そうね。今はちょっと良くないかも。人がこんなにいるんじゃ、神子もいないでしょうし。別の場所を探しましょ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ