第八章(2)
ベルフォートの夏祭りは、八月の最終日――二十八日に行われる。正午から始まり、深夜までずっと続くお祭りだ。
標高が高く、寒い気候のベルフォートでは、この八月がもっとも実り豊かな季節だから、もともとは収穫への感謝を神に捧げるために始まったらしい。
「今はどっちかというと、労働者への感謝のお祭りなんだ。勤労感謝祭の色が強いかな」
「なるほど……」
バスを降り立った僕のそばで、市街地へ続く道を指差しながら、ハーベストが説明してくれる。
バス停は鉄道駅に併設されていたから、すごく混み合っていた。遠方から来た観光客や業者が駅から雪崩のように流れ出し、数人の同級生が人波に飲まれそうになっている。
「俺たちベルフォート校出身は、市街地に拠点があるからさ。今夜は寮に帰らない。セルグ第二、第三の人と、他の人たちは、メインイベントが終わったらちゃんとバスに乗って帰るんだぞ」
はぐれてしまう前にと、ハーベストは皆に注意事項を伝えていた。メインイベントとは、夜七時から数時間かけて行われる、『送り火』という催しだそうだ。
僕たちはぞろぞろとまとまって歩き、市街地へ向かう。
「ハーベストってさ、すごく良いやつだよね」
僕は何気なく、そんな感想を口にした。
彼は先日、“微妙な均衡”がどうのこうのと言っていたくせに、結局は同級生のほとんどを祭りに誘ってくれた。仲間外れにされたセルグ第一のグループだって、一応は誘っていたのだから。
「彼は“ロートシルト”だからね。ロートシルト家は昔からそうなの。他州とうまくやっていこうと尽力しているのよ」
「そうかなぁ。ロートシルトがどうとかじゃなくて、単にハーベストが良いやつだからじゃないかなぁ」
貴族特有の考え方がやっぱり少し苦手で、僕はそんな願望を口にした。
「ライズはどう思う?」
流れで反対側の友人にも話を振る。ライズはまだ眠気が取れないのか、普段より数段目つきの悪い顔で僕を睨みつけた。
「どうでもいい……」
「そ、そうだよね。ごめんね……」
そういえばライズは以前、ハーベストのことを「いけすかない」と言っていた。
反りが合わないのなら、話題に出さないほうがいいのかもしれない。
市街地に近づくにつれ、周囲の飾りつけがだんだんときらびやかになっていった。紐にくくりつけられた色とりどりの鉱石ランプが、街灯から街灯、屋根から屋根へと渡されている。
商店街は人でごった返し、どの店も扉を開け放って開放的に客引きをしていた。飲食店は軒下で軽食を振る舞っていて、そこには目立って行列ができている。
甘くて香ばしい匂いが漂ってくる。焼き菓子の匂いだ。
クラスの女子たちが誘い合って駆け出し、紙に包まれた鉱石型のケーキを買い求めていた。
「わたしたちも何か買う?」
マーガレットがそう提案してきたけど、僕は首を横に振る。
「食べ物は別にいいかな。ふたりは買いたいなら、買ってきてもいいよ」
そう促したのに、ライズは眉間にしわを寄せ、憎々しげに言い放つ。
「こんな場所の食べ物なんて、油がギトついてて嫌だね」
あれを見てよ、訳のわからない派手な色をしていて気持ち悪い、などと毒まで吐き、周囲の女子たちをドン引きさせている。
「あなた、いちいちそういうことを大声で言わないの!」
マーガレットが至極まともなことを言い、ライズの代わりにクラスの女子たちへ謝った。
飲食店街を歩いているうちに、数人とはぐれ、また数人とはぐれ、いつの間にかハーベストたちベルフォート校のグループと、僕たちだけになっていた。
大通りでパレードが始まったらしく、人だかりがそちらへ集中していく。そのおかげで、歩道脇に並ぶ露店の商品がよく見えるようになった。
「おい、フリック。あそこにくず石が売ってるぜ!」
前方でハーベストの声がして、僕は彼の指差す先を見た。
露店には『錬石あります』と書かれた板が立てかけられ、木箱が整然と並んでいる。中には黄色や赤、水色の砂が入っていたり、拳大のランプ石がごろごろと転がっていたりした。
僕は駆け寄って、木箱をのぞき込む。
「これは錬石の屑だよ。魔力はほとんどないんだけど、あまり一般市民向けには出回らない珍しいものだよ」
店員さんがそう説明してくれた。
「そうなんですね……」
木箱には『一掴み 十シウス』と書かれている。
シウスは銅貨の単位で、十シウスはだいたい機関車の一駅分の運賃に当たる。
やっぱり高いなぁ、と思いながら、くず石を眺めた。
授業で習ったどの単晶の形とも違う、不定形な石。砂粒と同じくらいの大きさだし、確かにほとんど魔力はないだろうと思う。
錬石は、単晶や連晶の形が崩れる際に発せられる特定の『音』を起点に、魔力が発生すると授業で習った。つまり結晶構造が単晶や連晶になっていなければ、魔法は発動しない。
「おい、フリック!」
ハーベストの声に振り向いた瞬間、何かが放られてくるのが見えた。
とっさに両手で受け止め、手の中を覗き込む。そこには、半開きになった小さなクルミの殻があった。
「あっちの公園でやろうぜ」
そう言って、ハーベストたちはぞろぞろと移動を始める。
僕はマーガレットとライズの様子をうかがってから、ふたりと一緒に公園へ向かった。
「これはクルミ爆弾って言うんだ」
これをやるのが祭りの醍醐味なんだよな、などと語りながら、彼らは地面にたくさんのクルミを並べ、その周りに集まる。
まずクリスが、親指と人差し指で挟んだクルミの口を、パキッと音を立てて閉じた。
するとどうだろう。
手のひらに乗せていたそのクルミの中から、突然、閃光が漏れ出した。
「これは『グロウリーグロウ』だな。ハズレだ、ハズレ」
じゃあ次は私たち、などと言いながら、ニースとカレン、サーシャの三人組が次々にクルミを割っていく。
ニースとカレンはクリスと同じ結果だったけれど、サーシャが割ったクルミからは、ひらひらと蝶々が飛び出した。
「きれい!」
「可愛い~」
黄色い声を上げてはしゃぐ女子たち。
確かにこれは面白そうだと思った僕は、先ほどハーベストにもらったクルミを指で挟んでみる。ぐっと力を込めると、パキッと音を立てて口が閉じ、手のひらに乗せると、力なくパカリと殻が開いた。
中には何も入っていない。
ほんのりと温かくなった殻から、とても良い香りが立ち上ってきた。
「フリック、当たりだよ。良かったな」
「ありがとう。でもこれは、一体どういう仕掛けなんだろう?」
「さあな。錬石のくず石を使って仕掛けを作ってるみたいだけど、どの店主も『企業秘密だ』って言って、教えてくれないんだ」
「僕たちも風見鶏でいろいろ勉強したんだから、仕掛けを予想してみるのもいいかもしれないね」
バートがそう呟きながら、パキッとクルミを割る。
すると、ポン、と破裂音が響き、何かが勢いよく飛び出してきた。
全員がバートに注目する。
彼の髪の毛には、色とりどりの細いリボンが絡みついていて、僕たちは唖然としてしまった。
「良かったわね! 当たりよ! きっと大当たりよ!」
沈黙を破ったのはマーガレットで、弟を指差しながら爆笑している。
「何だよ。笑っていないで、きみもやってよ!」
バートは手元にあったもうひとつのクルミを投げつけた。
マーガレットは不敵に微笑みながら、それを割る。
ポン、と破裂し、再び飛び出すリボン。
まったく同じように頭にカラフルなリボンを被った双子の姿に、同級生たちは腹を抱えて笑った。
「もう一回やろう!」
みんなは次々にクルミを破裂させ、さまざまなアクシデントを引き起こした。生き物が飛び出してきたり、破裂して何かが飛び散ったり、インクが流れ出て手が汚れたりする。
不思議なことに、それらのほとんどは、時間が経つと綺麗に消えてしまう。
幻のような現象が多いのが印象的だった。
「このリボンはどうして消えないのよ」
「これは本物のリボンが入ってたからだよ」
「じゃあ、他のものはどうして消えたのよ」
「魔法で作られたものだからじゃないかな」
珍しくアレクサンドラ姉弟が話し込んでいる。
さすが、長年連れ添った双子だ。会話のテンポがとても良い。普段も、これくらい仲良くすればいいのに、と思ってしまう。
「ほら、グロウ錬石は光を操るものが多いって習っただろう。光には実体がないし、そのせいじゃないかな。グロウは岩石にいちばん含まれる大元素とも言っていたし。くず石として出回るのは、グロウ錬石ばかりなんだよ、きっと」
ハーベストが自信たっぷりにそう語り、なるほどな、と思った。
僕はクルミの殻の内側をしげしげと眺め、クルミ爆弾の仕組みを分析する。
「ここが、てこみたいになってるね。先端にトゲがあって、ここに錬石らしき粉が残ってる」
僕のクルミには赤い粉が残っていたから、赤い錬石が入っていたのだろうと予想した。
「『グロウリーイグニド』かな。グロウ錬石で赤いのって、それだけだよね」
僕が持論を述べると、その空気が伝染していく。
皆が自分の割った殻を見て、仕掛けに使われた錬石の予想を始めた。
皆の予想をまとめると、グロウ錬石のくず石には『光を出す』『色を変える』『温める』『破裂させる』『幻の生き物を出す』といった効果があり、それがクルミ爆弾に利用されている、という結論に落ち着いた。
それからも、別の露店でクルミ爆弾を買ってきて、皆で爆発させて遊んだ。
ときどきパレードを眺めたり、軽食をつまんだりしながら、日中を過ごしていく。
マーガレットは、いつの間にかバートとのわだかまりもなくなったようで、すっかりあちらのグループに溶け込んでいた。
ライズだけが、楽しいのか楽しくないのかよくわからない顔で、なんとなく僕の隣を歩いていた。
やがて空は少しずつ暗くなり、ハーベストが皆を連れて広場へ向かっていく。
彼は道端でたくさん売られていた何かを人数分仕入れて、僕たちにも配ってくれた。
「そろそろメインイベント、『送り火』が始まるぞ」
「『送り火』って、どんなイベントなの?」
僕が尋ねると、ハーベストは丁寧にその概要を語ってくれた。
送り火とは、紙でできた小さなランタンを、空に向けて飛ばすイベントらしい。
「ここに願い事を書いて飛ばすんだ。昔からな、空の月や星は、天界にいる神さまやご先祖様が、こちらを覗いてる穴だって信じられている」
それは現在のアスティリア神教だけでなく、帝国神教や、それより前の土着信仰などでも共通する概念なのだそうだ。
天界に向けてメッセージを飛ばし、もし届けば、願い事が叶うと言われている。
「面白そうだね」
「だろ? フリック、何でも書いていいんだぜ。『風見鶏の錬成師になりたい』でも何でもな」
「えっと……そうだね。考えてみるよ……」
僕は二人分受け取ったランタンと鉛筆のセットの片方を、ライズに差し出しながら言った。
「何て書こうかな。ライズは何て書く?」
「いらない」
「え……?」
「きみがふたつ書きなよ。ぼくはいらないから」
どうしてそんなことを言うんだろう。
折角来たんだし、意地を張らずに楽しめばいいのに。
僕が困惑していると、彼は思い切り口をへの字に曲げて、妙なことを捲し立てた。
「こんなものを空に飛ばすより、学長自慢のエレベーターの穴にさ、紙を丸めて投げ込んだほうが、よっぽど確率高いんじゃない?」
エレベーターの穴? 何の話をしているんだろう。
よくわからないけれど、ライズはとても機嫌が悪そうだ。今はそっとしておくのがいいのかもしれない、そう考え直して、僕は自分のランタンに向き直った。
さて、何て書こうか。
周りのみんなと同じように、広場の芝生に座り込み、鉛筆を握って考え始めた。




