第三章(4)
僕と同じように考えた生徒も多かったらしい。他の講義の時と同様に、ハーベストのグループの何人かが挙手をした。
「あの、先生……。質問なんですが……」
今回指名されたのは、ニース・フランクリンだった。
「神子様が私たちの国を作って下さったことは知っています。ですが、建国のあと……神子様がどこに行かれたのか、誰も教えてくれません……」
彼女は先生の様子を伺いながら、懸命に言葉を選んで質問を続ける。
「神子様は今、いったいどこで何をされているのでしょうか……? 天に帰られたのか、それとも……どこかでお眠りになられていたりするのでしょうか……?」
ニースは明らかに、『神の子の棺』について探っている。七不思議で言及されているくらいだから、神の子の棺が風見鶏のどこかにあるんじゃないかと考えている。そしてもしかしたら、そこに神子の遺体が安置されているのではないかと考えている。
キュービット先生は無表情だから、何を考えているのか読めない。ニースの質問について、七不思議に関わることくらいは既に見当がついているだろうが……彼は七不思議を探ることに関して好意的なのか、嫌悪を示すのか、果たしてどちら側なのだろう。
クラス中が注目するなか、キュービット先生が口を開く。
「ニース・フランクリンさん。あなたは、神子の存在を信じていますか?」
「えっ」
まさか質問で返されるとは思っていなかったらしい。ニースはしばらく沈黙したあと、恐る恐るこう答えた。
「もちろん、信じています」
「そうですか。ところで、あなたの父上……フランクリン卿は、国営党員でしたね?」
「は、はい。国営党員で……ベルフォート市の副市長を務めております」
突然の質問に、ニースは戸惑っている。キュービット先生は無表情のまま、戸惑う彼女にこう言い放った。
「それでは、あなたは神子の存在を信じていないといけませんね。アスティリアは神子の国です。神子を信じないものは国営党員に相応しくありません。神子を信じるということは、この国の統治が神子から直々に執政官に委託されていることを信じないといけません」
「…………」
「神子が今どうされているかなど、知る必要はありません。知ろうと思ってもいけません。あなたがた、国を動かす立場の人間は、神子が委託した国の運営という仕事をつつがなくこなすことにのみ、注力しなくてはならない」
「……………………」
「疑うことは許されません。探ることも許されません。あなたがたに許されるのは、粛々と国を運営することだけです」
良いですね? そう念を押して、キュービット先生は黒板に視線を戻した。
クラス内は、今までに無いほど静寂に包まれていた……。
僕は講義が終わったあと、いつものように午後を図書館で過ごしてから、午後六時過ぎにライズと夕餉に向かった。
話し合いには参加しないと言い切るライズと食後に別れて、僕はクラフティドームの席に向かう。約束の七時の五分前には以前のメンバー全員が揃っていて、みんな神妙な顔をして向かい合っていた。
「こんばんは。僕、マーガレットに誘われて……」
「聞いてるぜ、フリック。空いてるとこに座れよ」
リーダー格のロイドさんにそう言われて、僕はマーガレットの隣に腰を下ろす。マーガレットは微笑みかけてくれたけど、他の人たちは暗い顔をしてロイドさんを見ていた。
「全員揃ったし、会議を始めよう」
彼がそう言った途端に、レニーの隣に座っていた女の子が悲鳴のような声を上げる。
「聞いてください! 今日の講義で……キュービット先生が」
彼女は午前中に起こった出来事について、ヒステリックに語りはじめた。
「私たち、もう怖くて……。あれって、神子様の棺を探そうとすれば、実家ごと粛清されるということですよね?」
「あー……そうか。第一の関門にぶち当たっちゃったか……」
ロイドさんはポリポリと頭をかきながら、先輩仲間二人をみやる。ロイドさんと同じく黄色いスカーフを巻いた女の先輩が、苦笑いしながらこう返した。
「毎年ね、その第一の関門で半分くらいは七不思議を諦めちゃうのよね……」
「第一の関門? キュービット先生がですか?」
アイビー先生もかなり厳しかったけど。そう呟くと、ロイドさんたちはアハハと笑った。
「アイビー先生は口だけだからなぁ。キュービット先生とは違う」
「本気でヤバいのは、キューちゃんとオッピーだよな」
「そうそう。ガチで潰しに来るからね」
キューちゃんとオッピー? 僕たちが目を丸くしていると、先輩たちは笑いながら言った。
「キュービット先生とハックフォード先生のあだ名だよ。本人の前で言ったら殺されるけどな」
「ハックフォード先生?」
「あれ? まだ講義に出てきてない? 広域戦闘学の、軍器学研究室のハックフォード・オッペンハイム先生だよ」
広域戦闘学ということは戦闘学基礎Ⅰの担当教授のはずだけど、まだその講義には兵学研究室のヘルムート先生しか現れていない。
そう話すと彼らは顔を見合わせてニヤニヤとした。
「オッピーって講義をよくサボるよな。広域戦闘学でも担当の日は自習ばっかだったじゃんか」
「研究に夢中で、生徒のことなんてどうでもいいのよね……」
「その先生には、七不思議の質問をしないほうがいいんですか?」
レニーが問うと、先輩たちは揃って深く頷いた。
「キューちゃんとオッピー、アイビー先生は駄目だな。サファー先生、コリウス先生とかは逆に凄く協力的だよ。直球で質問とかしても、頑張れよーって言ってくれるね。他の先生はどっちでもない感じかな」
「学長も意外と優しいのよ。さすがに話せる機会があまりないけどね」
「どうしてそんなにも、先生によって反応が違うの?」
マーガレットの問いに、先輩たちは首を傾げた。
「深く考えたことなかったな。何でなんだろ」
「何かバレちゃヤバいことがあるのかな。それとも、七不思議を解明するのは俺たちだ! って先生方も思ってたりする?」
「アイビー先生については、違うグループが議論してましたよ。アイビー先生のご先祖様の腕が、不思議四の『腐らない腕』だから、何か隠し事をしているって……」
僕がそう述べると、ロイドさんは手を顎にやって神妙な顔をする。
「それな、俺たちの間でもだいぶ前に噂になったんだが……どうやらガセらしいと結論付けた」
「どうしてですか?」
「アイビー先生は、クラフティクラフトの樹状連晶について聞いたら凄く怒るんだが、腐らない腕については怒らない。"そんなわけないでしょ、バッカじゃないの"って言われるだけだ」
「それに、ある噂があってね……」
女の先輩がそう言いながら頬に手を添えて前かがみになると、他のみんなも顔を近づける。
「オッピーの研究室に行った子の話なんだけど、『腐らない腕』はオッピーが隠し持っているらしいって言ってたんだ」
「えぇ?! そうなんですか?」
「そう。これは本当に極秘ネタなんだ。絶対に誰にも言わないでね。その子の身が危ないから……」
それは僕たちに話しても良かったんだろうか。名前も知らないその先輩の身を案じながら、僕はこの会議に参加して良かったと思った。
多分この先輩たちは、生徒の中で誰よりも七不思議の真相に近いところにいる。ハーベストたちも色々情報を得ているみたいだけど、この人たちよりだいぶ入手が遅い。
ぶるぶる震える演技をして女の子たちが遊んでいる傍らで、ロイドさんはひとり真面目な顔をしている。ふと目が合って、僕は驚いた。彼が僕を見て、いたずらっぽく目を細めたからだ。
彼は前のめりになって、こんな話を始めた。
「実はな。俺たちは他の極秘ネタも持ってる。神の子の棺がどこにあるか見当がついてる」
「えぇえー!! 本当ですか?」
「シッ、声が大きい!」
すいません、と謝りつつ、女の子たちは身を乗り出した。僕も顔を寄せて、話を聞こうと努める。
「俺たちはキューちゃんの研究室に所属してるから、キューちゃんが妙な行動を取っているのを知ってる。アイツはな、月に一回くらいの割合で、とある場所にひとりで向かうんだ」
その"とある場所"とは、講堂のてっぺんにある六角形の塔。回らない風見鶏が取り付けられている小さな塔だ。
「回らない風見鶏って、六つ目の不思議のことですか?」
「ああ。講堂のてっぺんにある風見鶏は、一度も回っているのを見たことがないって、みんな言ってる」
「あれは学校のシンボルだから、初めから回らないように作られているだけなんじゃないですか?」
「でも、風見鶏って普通回るだろ? 回らないと風見鶏としての役目を果たさないじゃんか」
そういうものかな。僕は首を捻ったけど、今はその話を掘り下げても仕方ない。再び棺の場所の話になるのを、僕は黙って待った。
「ともかく、キューちゃんは講堂のてっぺんに定期的に通うんだよ。だから俺たちは一度その場所に忍び込んでみたんだ」
講堂は昼間には、清掃スタッフが何人も出入りしているので、誰にも見つからない時間帯は夜間しかない。
真っ暗な階段を登り、最上階に辿り着いた彼らが見たものとは……。
「恐ろしい姿をした、巨大な石像があったんだよ!」
「石像?」
棺じゃなくて? という僕たちの視線に、ロイドさんは眉を寄せてこう弁解した。
「ほら、正門の上に『守りの悪魔』ってあるだろ? あれと同じものかもしれないと思うと、それ以上近付けなくてだな」
守りの悪魔といえば、オリエンテーションの時にサファー先生が解説してくれた設備だ。「非常時には動き出して侵入者を撃退するそうです。普段は目に嵌め込まれた錬石を通じて、校内外を監視しています」……という話だったっけ。僕は記憶を掘り起こして納得する。
「もしその石像を通じて侵入がキュービット先生にバレたら、実家ごと粛清されちゃう可能性があるからですか?」
同級生の女子が問うと、ロイドさんは苦笑いして頷いた。
「石像の後ろには部屋があったんだ。きっとあの中に棺があると思うんだが、それを確認する勇気がない」
「守るものが大きすぎるよね。僕たちの家は国営党員が何人もいるからさ……問題を起こすわけにはいかないんだよ」
もうひとりの男の先輩もしみじみとそう言い、目の端でちらりと僕を見た。
「こういうときは羨ましいよな。国営党員じゃない普通の貴族とか、平民の身分のやつとか……」
「そうそう。フリックって、平民なんだよな? 国営党員じゃない普通貴族の家出身のやつですら珍しいのに、まさか平民の生徒が入学するなんてさ」
ビックリだよねー、前代未聞だよねーなどとみんなが揃って語りだし、急に僕が会議の中心に据えられる。
「フリックだったらさ、そこに棺があるのかどうか確認できるんじゃない?」
女の先輩が白々しくそう提案して、みんなが『名案だ』と騒ぎ始めた。僕はその展開の早さに唖然としてしまった。
「急にそんなこと言われても困ります……!」
僕だって問題を起こしたくない。変なことをして、折角入れた風見鶏を退学処分になったらどうしてくれるんだ。
「でもよぉ、フリック。お前も七不思議の真相は気になるよな?」
「そりゃあ、気になりますけど」
「お前がちょっと頑張ったら、今まで何十年も進展しなかったことが大きく前進するんだぜ?」
これは運命なんだよ! 神のお導きだなどと大袈裟にロイドさんは語る。確かに良く出来た偶然のように思えなくもない、と自分でも感じてしまい、ブンブンと首を横に振った。
「僕には荷が重いです……! 僕だけではとても無理です!」
「えー、じゃあどうする? もうひとり生け贄を決める?」
「そういうことじゃなくて……」
「いいじゃん。くじ引きで決めようよ。フリックと一緒に行く人」
絶対に嫌です、などと同級生たちが騒いでる中、隣で静かにやり取りを眺めていたマーガレットがスッと手を上げた。
「わたしがフリックと行くわ!」
僕は目を丸くして彼女を見た。他のみんなも、驚愕の表情で彼女を見つめた。
彼女は爛々と目を輝かせ、鼻息を荒くしてこう宣言した。
「神の子の棺を一番に見つけてみせるわ! そしてみんなに知らしめるの。マーガレットが学校で一番、勇敢で優秀な生徒だということをね!」




