キスツス・アルビドゥス【短編】
何故、この結末になったのか考察して頂けると嬉しいです。非常に単純ですが、分かったら感想やコメントで教えてください。
「おい。なんとか言えよ」
思い切り引っ張られた体は体育館の壁とぶつかって重い、空気を裂く音が鳴る。
「っ……ㇰハ」
辺りどころが悪く肺から無理矢理押し出された空気が弱弱しく口から漏れ出てしまった。
その様子を私の周りを囲む数人の女子生徒——と言っても同学年だが——は気味悪く笑うだけで何もしない。口の中が少し切れてしまったようで鉄の味がする。
その中でも一番私に近いところに立つ生徒がわざとらしく私の足を踏む。
痛い。
「なぁ、午時? わたしゃ、お前に今日までに三万持って来いって言ったよなぁ?」
「何度も言ってるでしょ? あんたに払う金はない。それより早く足どけて」
吐き出すように言うと、口の中に溜まった血が少し出た。
「うるさいーなー。お前の意見とかどうーでもいーんだよ。明日までには持って来いっていってんだよ」
彼女はそれだけ言うと、踏んでいた足をどかしてもう一度私を壁に叩きつけた。
ガツンっと骨と金属がぶつかる独特な音がする。街中で聞けばぎょっとするほどグロテスクなそんな音だ。
でも、何度も聞いた音だ。
私を取り囲んでいた生徒たちは品なく笑ってから続々と校舎の方に向かって歩き出した。お、いつもより短い。もしかしたら途中で吐き出した血にビビったのかもしれない。次からしっかり血を吐き出すのもありかも。受験も近いし、皆苛ついてるんだろう。最近怪我することが増えた気がする。
ほんと、いったいなぁ。私はおもちゃかなんかっての。
少し痛む背中をさすりながら大きすぎる外傷が無いかと確認する。背中が痛いのと、足が多分痣になったぐらいか。
あーあ。ほんと生きてるのが嫌になる。つーと頬を滑る水もいつの間にか日常の一部になってしまった。なんで私は、放課後に、体育館裏で、同学年の女に殴られて、蹴られて、そんで泣いてるんだろうな。あー、ほんと嫌になる。そんなこと、思ってると馬鹿になってしまった自分の脳がどんどん目から水を流してくる。涙が流れれば流れる程、体育館裏で虐められている自分が浮き彫りになるようでもっと嫌になってくる。
「あ、あの」
「ん?」
全員帰ったと思っていたが、まだ残っている奴がいたらしい。なんだろうか。私に個人的な恨みかなんか有るのか? 泣いている私を放置するぐらいだし、相当なものかもしれない。まぁ、そいつを私は覚えていないけども。良く分からないが、長くならないといいな。そんなことを思っていると、目の前生徒は足を震わせながら絆創膏を差し出した。
だっさいなぁ。なにしてんだろ。
「これ、つかって、くだ、さい」
「は?」
よくわからずその絆創膏を受け取ってしまうとその女生徒は行ってしまった。
普通さっきまで虐めてた奴に絆創膏を渡すかね。足も震えてるし、私が貼るにしては少し可愛らしすぎるし。適当に切れた——切られたの方が正しいかもしれない——指に張り付ける。
涙の張り付いた頬は気にしない。流れてなければどうとでも誤魔化せる。
さっさと帰ろ。
変なところに当たったらしく胸の辺りがズキンと痛んだ。
***
私を虐めてた奴らが帰るまで先生の目が届く場所で適当に時間を潰してから帰るために、下駄箱に向かう。こういう時、やたら職員室に近いトイレとかは便利だ。
三十分ぐらいしてから、靴を履き替えて校門に向かう。正門から出るとあいつ等がたむろしてると面倒くさいので、裏門に回る。
そうすると、そこには、さっき絆創膏を渡してきた奴がいた。誰か、友人でも待っているのだろうか。良いご身分なこった。人は虐めておいて、自分は友人と楽しく帰ると。
目を合わさないように速足で通り過ぎると友人が来たらしく、「あ、やっと、きた」と声を発している。ほんと、私は玩具なんだろう。良い声が出るお人形とか。
「ちょ、どこいくの」
その声が私を呼び止めていることに気付くまで短編が一つ読めそうなぐらいは経っていた。帰る方向が同じとか嫌だなとか思っていたが、どうやら違ったらしい。
「もしかして、あんたが呼び止めてるのはあたしか?」
「もしかしなくても、ずっとそう」
やっと気づいたと言わんばかりに深い息を吐いたそいつはヒラヒラと手を振ってくる。体育館裏での怯えようはどこに行ったんだろうか。
「なんのようだ」
冷たく問うと、そいつはあははと気軽気に笑って見せた。
「何の用というか、今日の事謝ろうと思って」
「今日の事?」
「今日の放課後の事」
今日の放課後、こいつと会ったか? まず同じクラスなのかすら分からない。
「話が見えないんだが」
私が直接的な言葉を催促すると、そいつは妙に言葉を濁す。
「あー、なんて、いうか。今日の放課後に白雪さん達と貴方に酷いことしたこと」
罰の悪そうに声に出した。つい、鼻が鳴る。
「はん。虐めてた奴が、後になって自発的に謝るなんて天変地異か何かか?」
「いや、聞いて欲しいことがあって。私だって、好きで午時さん虐めてるわけじゃなくて――」
名前も分からないそいつはそこから数分に渡って自分自身が私を虐める正当性を主張してきた。どうにも、知らなかったが、こいつはクラスメイトらしく私と同じくいじめの標的だったらしい。私を虐めるのに加担すれば、ターゲットにしないと言われ、仕方なく従っているそうだ。具体的な被害状況は分からないが、私よりも酷い虐めを受けていたらしく、まだ私の方が楽なそうだ。
「――と言うわけ、分かってもらえた? 私だって今の状態は嫌だよ? でも、私も思い出すだけで体震えちゃうぐらいひどいことされたの。だからさ、、私も私で仕方ないんだよ」
「反吐が出る」
こんな経験が初めてだったからかもしれない。ノータイムでそう切り返した。私が反撃してくると思っていなかったらしいそいつに言葉を続ける。
「自分も虐められ、貴方の気持ちも分かるけど、自分の方が大変だったから大丈夫? 自分の方が大変だったから仕方ない? 意味の分かんないこと言うな。お前なんかに何が分かるんだよ。やっすい同情ごっこがしたいなら演劇部にでも入れ」
「ちが、私はただ事実を」
「事実? 人をおもちゃにして、殴って、蹴ることでしか自分の優位性を示せないような奴の思考にどれほどの確実性があるんだよ。バカなことばっか言ってんじゃねーよ」
「違う、違う。私は貴方に暴力何て振るってない。それに、絆創膏まで上げ」
「違う? 暴力を振るってるのを見て、何もしなかったことがか? 全部終わった後に絆創膏一枚で全部解決できると本気で思ってんのか? 舐めるのもいい加減にしろよ。私が泣いてるのをずっと見て、何もせずに適当なところで小っちゃいテープ一個渡して終わりかよッ!」
いつの間にか大きくなった声に目の前の女子はビックと肩を震わせた。
「わたしは、そん――」
「お前らの意見なんか知るかってんだよ。目の前のことから逃げまくってるだけじゃねーか。結局は自分が安全なところに居れればいいだけだ。感情的に自分より下そうなやつを殴って、蹴って、さぞ気持ち良いだろうな。自分の意思も無しに護身のためだけに行動してよー。そこに合わせて、自分の好感度まで稼ごうってのか? いじめられっ子に手差し伸べて挙げる私にカッコいいぃーてか? ふざけてんじゃねーぞ。お前のオナニーに私の事使ってんじゃねーよ。悪いと思ってるなら、今の状態が嫌だって言うなら、自分で動いてみろよ。周りに良いように使われてんじゃねーよ。んなことも出来ないのに、かっこつけた事ばっかやってんじゃねぇッ」
そこまで言って、初めて、目の前の奴の顔を見た。つーと滑るように涙が零れる。
涙は太陽光を受けて鏡のように反射して、少し土の着いた私の顔を映す。
ばちん
初めて聞く軽い音と共に、私の頬に衝撃が走る。
「もうッ、いい!」
それだけ言って名前も分からないそいつは勢いよく振り返って、帰っていった。
その日、私は。初めて家で泣いた。『葵? どうしたの⁉』なんて言う母親の声も聞こえないぐらい、ワンワン泣いた。自分の部屋の扉のすぐそこで聞こえた母親の気配が一階に消えても、止まることなく涙があふれた。
初めてだった。こんな思いをするのは。心が棘で巻きつけられたみたいに痛むのは。
心を満たした水が、全て抜けきってしまうかのように涙があふれた。
『殺してやる』
おもちゃの人形の目に私が写った瞬間、人形の胸を貫いた。
ヒント:主人公の名前は午時葵
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悠公 掴揺