初めての遊びへの誘い・2
「――お舟。せいかい!」
言いながらエドモンドの膝に飛び乗るようにして、首にかじりつく。
久しぶりに見るリリーの屈託のない明るい表情。安堵したロバートは、止めていた手を動かした。
「『正解』は私が言うべきだが。そう、舟だ。乗せてやろう」
エドモンドはきゃっきゃとするリリーをなんなく抱き止めて、更にリリーを喜ばせる。
「お舟に? 見たこともないのに!」
「お前の行動範囲の外に運河がある。上流まで行きそこから舟に乗って運河を下って来よう」
計画を聞いてリリーの丸い目がさらに丸くなる。
「今は季節が良い。行く途中で、ピクニックのように外で食事をするのもいいな。動いているウサギも見られるかもしれない」
リリーの見るウサギは、市場で売られている食べる直前のものだ。跳ねているところは見たことがないと以前に言っていたのを、主は覚えていたらしい。
リリーの眼の輝きに気をよくしたエドモンドは、いつになく饒舌だ。
「料理人も連れて行けばいい。焼きたての魚を食べたことはあるか?」
リリーはポカンと口を開け「ない」と一言だけ返す。
優秀な家令といえども、本格的な料理までするのは難しい。ここでの食事は宮から運ぶものが大半だ。
喜色に溢れた笑顔のまま、リリーが視線を下げた。
「そうできたら、うれしいけど……」
実現が難しいと子供ながらに知っているのだろう。何しろロバートもたった今聞いたばかりの話で、まだ何の手配もしていない。
そしてリリー最大の懸念は、母の存在と日程の調整のはずだ。
「出来ない、と思うか」
エドモンドの片頬があがる。
おそる恐るという風に、リリーが素早くうなずく。
「そこは私ではなく、ロバートの職務の範囲だ。上着の裾でも引き『舟遊びに行きたい』と言ってみろ。お前の願いなど一瞬で叶う」
主の笑い方を見て嫌な予感がしていたロバートは「やはりそう来ましたか」と、再び仕事の手を止めた。
さあ行ってこい、と膝から降ろされたリリーが一直線に寄ってくる。一歩手前でエドモンドを振り返った。
顎で軽く「ほら」と促され、教えられた通りにロバートの上着の裾をつまみ、つんつんと引く。
リリーと共に最初から聞いており、頭の内にほぼ段取りが出来上がっていても、ここは聞かねばならない。
「なにかご用でしょうか、お嬢さん」
「おじ様と一緒にお舟で遊びたい」
部屋を横切るうちに、おねだりの破壊力が格段に増していた。
笑いを堪えきれず笑み崩れる珍しいエドモンドの姿が、ロバートの眼の端に入る。
「是非ご一緒したいと存じます。お出掛けに関するお嬢さんの不都合は、私がなんとでもいたしましょう。舟遊びををどうぞお楽しみに」
安心させるようと微笑を添えると、リリーの顔から一気に憂いが消えた。それはもうロバートの気持ちまで晴れやかになるほどだ。
「ありがとう、おじ様。――大好き」
ぎゅっと抱きつくリリーの背中に手を添えながら、ずいぶん背も伸びたと実感する。
「私も大好きでございますよ」
返しながら主の機嫌を窺う。「早急に」と唇の動きで告げるエドモンドは、思いの外穏やかな表情をしていた。




