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クレマチスのあるテーブルと絵画教室

「『旅人の喜び』とは、何から連想すればそんな言葉に行きつくのか理解不能だな」


 朝食のテーブルを片付け、残された紫色のクレマチスの花を眺めたエドモンドがリリーの書き付けを読み上げた。


 リリーは時折花を持ってくる。「いつも優しくしてくれるお礼」だと言って、花代は頑なに受け取らない。


 ある時、エドモンドが花言葉に詳しくないと知り、紙切れに花言葉を書いて置くようになった。


「お嬢さんは、よくご存知ですね」

 大半の男性は花言葉などひとつも知らない。女の子は違うと誉めるロバートに、ニコリともせず答えるリリー。


「売れ残りの花でも、花言葉が素敵だと買ってくれるお客さんもいるの。知っていて損はないわ」


なんとも現実的な理由だった。



 朝食を済ませたリリーは、花を仕入れるために市場へと元気に出掛けて行った。


 珍しくこれといった用事のないエドモンドは、リリーの前では飲めない食後のコーヒーを楽しんでいるところだ。



「字は上達したのに、絵はなぜだ」

エドモンドの表情が微かに悩ましげになる。


下手(へた)」と声に出さないのは優しさだろうか。

ロバートはエドモンドの手に持つ紙を、後ろからさりげなく覗いた。


 昨夜リリーとエドモンドは向かい合わせでお互いの顔を描いていた。


 若き主は、本人曰く「三日で絵画教師が『お教えする事はございません』と言った」ほどの腕前。


「彩色は習わなかったからどうだか」と言うが、少ない線で簡単に描かれたリリーは、特徴も愛らしさも本人そのもので、このまま額に入れようかとロバートが思う巧みさだ。



一方のリリーは、と言えば。


「恐れながら異能をお使いになっても、なんとかなりませんので?」


「すでに使っている。頭では理解しているようだが、指先に伝わる回路がないらしい」


ロバートの問いに対して、エドモンドは酷いことを言う。


「――数多く描くうちに上達なさるのでは」

「字が美しくなるのは、すぐだったが?」



「ですが、この目の部分は人探しに使う似顔絵にも匹敵するほどお上手でございますよ」


誉める所を探して、ロバートはそう指摘した。


 リリーの描いた絵は、顔の輪郭が歪み口と鼻の位置もずれているのに、眉と目だけが妙に本格的で、それこそ眼だけでエドモンドだと、すぐにわかる。


 逆を言えば、他が子供らしい絵なのに対して、目元だけが特別上手く書けているせいで、おかしさが目立つのかもしれない。



「お前の親バカも、天井知らずだな」


 呆れを露にするエドモンドに「失礼ながら私は『親』ではございません。それを仰るならあなた様の溺愛ぶりも相当なものでございましょう」と返したいところを、一礼のみに留めるロバート。


「音楽と絵画教育は必須だが――」


 などと若き主は言うが、それは上流階級の話であり、リリーには刺繍や縫い物などの針仕事を教えるべきだろう。


 花売りの仕事が忙しく家にいる時間のないリリーは、女親から仕込まれるべきものがずいぶん欠けている。


 いくらエドモンドが多才といえども、刺繍と縫い物はさすがに範囲外で、リリーに教えられはしないだろうが。



「コレの教育には偏りが大きい。ダンスは見ていないが、多少は踊れるのか」


 問われたわけでもないので、ロバートは発言を控えた。この場合のダンスは庶民が祭で楽しむような類ではなく、舞踏会でのものだろう。


 リリーには無用のもので、知るわけがない。

知識と教育に偏りがあるのはリリーではなく、我が主の方ではないか。

などと考えるロバートにエドモンドが呟く。


「何も考えずに季節の花として持ち込んだのだろうが」


エドモンドの視線の先にあるのは、紫のクレマチスだ。


「旅人などと書かれるとは。アレは考えなしだと分かっていても――」


 最後までは言葉にせずコーヒーを口に運ぶエドモンドに、ロバートはそっと背を向けた。



 花言葉を書くときにリリーは、ふたつの内で迷っていた。止めたひとつをロバートは知っている。

屑籠に捨てたのを拾い上げて確かめたからだ。


そこに書かれていたのは「甘い束縛」だった。


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