家令は全ての不安を除く所存である・3
「耳と觜がないと、急に大人びて見える」
うさぎバスローブとひよこバスローブの事と思われるが、何の感慨もない様子でエドモンドが感想を述べた。
たしかに夜着を新調したエドモンドにあわせて試しに作らせただけの今夜のバスローブには、そういった工夫はなされていない。
ロバートも主の視線の先を追ってリリーの寝顔を眺めた。
まだあどけないが、泣いたせいもあり憂いが頬に影を落とし、エドモンドの言葉通り少女らしくなったと感じさせる。
これではまるで幼妻のようでは。
色を揃えたのは宜しくなかったのではないか。
そのあたり若き主の感覚がズレているのについ自分も感化されたようだ。ロバートの今更の反省も、今回に関しては取り返しはつかないが。
「それとは別に、ロバート」
エドモンドが国の名を二つあげた。どちらも先の大公の時代も今も儀礼的な書簡でしか付き合いのない国で、ほぼ往き来はない。
「調べておけ」
エドモンドが簡潔に告げた。
「どのような内容を」
「お前が住むとしたら知りたい事を全て、だ」
お決まりの考えの読めない表情のエドモンドに、ロバートは「かしこまりました」と返した。
実のところ、若き主の留学が本決まりになった事は、タイアン殿下の侍従長ファーガソンより聞き及んでいる。
ファーガソンは早耳である上その情報は正確だと、誰もが認める優秀な男だ――話が長いだけで。
何かしら言いかけたエドモンドが、口をつぐんだ。
リリーが眠ったまま手を伸ばし、エドモンドの居場所を探している。
寝具が柔らかすぎて体が沈む夢を見るというリリーは、こうしてエドモンドを探しては、半身乗り上げるように重なって眠るのが常だ。
見かねて「硬いものにかえては」と進言したロバートに、若き主は「なぜ私がコレの好みに合わせねばならない」と不機嫌を滲ませた。
ごもっともでございます。
即座に引き下がるロバート。硬い寝台に寝るよりはリリーをよじ登らせている方がいくらかマシだと主が判断するのなら、家令に異存はない。
眼を閉じたままもぞもぞと移動し隙間なく身を寄せたリリーに、エドモンドが「ここにいる」と声をかけ、頬に張り付いた髪をよけてやる。
「今夜はもう休む。お前も下がれ」
その言葉を機にロバートは退出した。
今後について馭者と打ち合わせる必要があるが、他にも考えるべき事が山積している。
国の選定から始めるエドモンドの留学は、実際に行くまでまだ日があるが、行けば先例からみても数年は帰国しない。
妻は公国に残すとして、エリックは後学の為に同行させるべきか。歴史も古く文化水準も高い両国での経験は、したいと思ってもなかなかできるものではない。
息子を同行させるべきか。それとも年の近いリリーの守護要員として置いていくべきか。そんなことまで考えねばならない。
階段を常よりゆっくりとした足取りでおりながら、ロバートはふと思い出した。
泣くリリーに気をとられて「おめでとうございます」と言い忘れた。
男である自分に言われて嬉しいかどうかは不明ながらも、女の子のお祝い事のひとつには違いない。
何かさりげない形で祝おうと、頭の中にあるすべき事のリストの一番上に付け加え、ロバートはリリーの幸せを願った。




