家令は全ての不安を除く所存である・1
そろそろ夜でも暖炉に火をいれなくなる季節。
エドモンドが浴室へ行くとすぐにリリーがロバートの隣に立った。
こうするのはいつも「坊ちゃまには内緒のお願いごと」がある時だ。
パンケーキの蜂蜜をもっとたくさんにして欲しい、とか。まだ苺のシロップ煮の季節じゃないのか、とか。
ほぼ食べ物がらみではあるのだが、出会った頃に比べれば少しずつおねだりが出来るようになったリリーが可愛らしく、ロバートは小さな願いを聞くのを楽しみとしていた。
「どうかなさいましたか」
ロバートの問いかけにリリーがゴクリと喉を鳴らした。言いにくいことであるらしい。
ためらいつつ遠慮がちに切り出す。
「白いうさぎのも、黄色のも大好きだけど……濃い色のが欲しいの」
手で袖口を引っ張るようにして口にするのは、今着ているバスローブのことだった。
「濃い色、でございますか」
聞き返すロバートに、どこまでも真剣な顔つきでリリーが小さくうなずいた。早くも涙目になっていて、その丸い目からは今にも涙がこぼれそうだ。
「……寝てるときに汚れちゃうといけないから」
ああ、と思い当たる事があり、ロバートは腰を屈めてリリーの顔を見た。できる限り柔らかな声を出す。
「それでしたら、ちょうど明日あたりから、ベッドシーツを紺色に変えようかと思っていたところです。色を合わせてエドモンド様の夜着も作りましたので、同じ色でお嬢さんのバスローブも用意してごさいますよ。よろしければ今夜からお使いになりませんか」
提案すれば、リリーの唇が微かに震えた。そんなにふるふるとしていたら涙が――と思うロバートの眼前で、珠になった涙がこぼれた。
次々に等間隔で落ちるのを、美しくも器用なものだと眺める。この技術が欲しい貴婦人はたくさんいるに違いない。しようと思っても出来ることではないだろうが。
「おや、そんな風に泣かれては、私がエドモンド様に叱られてしまいます」
おどけながら内ポケットから出したリリー専用の涙拭きタオルで頬を押さえてやる。
「おじ様、ワガママを言ってごめんなさい」
涙を堪えようとする努力もいじらしく思えて、ロバートはリリーの赤い髪を撫でた。
「ひとつも我が儘ではございませんよ。他にも思うところがあれば、何なりと。お体の調子が悪い時や気分の優れない時に、エドモンド様に申し上げにくければ、今のように私に教えてくださればいいのですよ」
分かりやすく伝えれば、ますます涙がこぼれる。これでは本泣きになり止まりそうにない。
どうやら失敗したらしい、とロバートは苦笑した。
まだ浴室から水音はしているが、若き主が出てきたときに真っ先に目にするのは、リリーの泣き顔となる。
笑い事ではなかった。早々にこの涙をなんとかしなくては。エドモンドの渋面が目に浮かび、ロバートは笑いを引っ込めた。




