貴公子はいじらしさを愛でる
今夜のリリーは、とてもおとなしい。
「……坊ちゃま」
膝に温かいクマのぬいぐるみを抱いて、時々エドモンドを呼ぶ。
いつものようにリリーとロビンをエドモンドが抱いているのだから、首をひねればそこにいるのだが。
「なんだ」
最初は聞き返していたエドモンドも、三度四度と続けば「返事は不要」と判断したらしく、呼ばれるたびに頭を撫でるだけになった。
髪が乾くとすぐに「坊ちゃま、遊ぼう」と珍しく自分から誘い、了承したエドモンドが「好きなものを持ってこい」と、本や玩具が置いてある棚を示した。
なのにリリーはエドモンドの膝上から動かなかった。
では代わりにいくつか見繕って、と考えた家令ロバートを、視線だけでエドモンドが止めた。
結果そのままリリーは片手でエドモンドの指を握り、もう片手でロビンを抱きながら、物憂げな顔つきで暖炉の火を眺めている。
たまに「ほうっ」と息を吐いているとは自覚もないのだろう。
小さな貴婦人には何かお悩みごとがあるらしい。
ロバートはそう推察した。
「大人ならば浮かない顔をしている時は、抱けば大抵事足りるのだが、子供ではそうもいかない。難しいものだ」
うとうとした眠りから熟睡に移行したリリーを見下ろし、そのような発言をするエドモンド。
家令ロバートは「いきなり、それですか」と内心呆れても微塵も顔には出さない。エドモンドが言うからには美男子共通の認識で、自分の知らない真実なのだろう。
「理由はお分かりになりますか」
それだけ密着しているのだから、特異な能力の持ち主である若き主ならばリリーの悩みの種も読み取れていると思われる。
「さあ。やるせない気持ちは伝わってくるが、コレのなかで折り合いはついているようだ」
ロバートの予測に反して、エドモンドはリリーの内心を覗かなかったらしい。
くったりと全ての力を抜きエドモンドに身を委ねているリリーの頬は、形容しがたいほど美しいピンク色で、エドモンドでなくても撫でたくなる滑らかさだ。
指の背ですいっと撫でていても、リリーが目覚める気配はまるで無い。
「少ししょげているのも、いじらしくていいものだな」
なんとも酷いことを口にするが、ロバートにも分かる気はした。
息子エリックが友人にやり込められて帰宅した日、普段よりも静かに少しだけ耐える様子で、母親に色々と話しかけたらしい。
「可哀想なのがまた愛しくて胸がいっぱいになった」と妻が話していたのを覚えている。
「今日はなんだ」
エドモンドが問うのは、お目覚めのおやつのことだろう。
「カスタードプディングをご用意致しております」
先日初めて出したところ「また食べたい」と可愛らしいおねだりのあったものだ。
「クリームを添えてやれ」
カスタードプディング自体がクリームのようなお味でございます。とは言わずに「でしたら、栗の甘煮を裏ごしいたしまして、添えましょう」と提案する。
栗の甘煮は数あるリリーの好物のひとつだ。もっともエドモンドに言わせれば「お前は甘ければ何でも美味しいのだろう」となるが。
「他の子供は知らないが、コレは甘いもので機嫌をとれるか。単純でいい」
そう言ってエドモンドの浮かべた微笑は見とれるほど美しかった。




